碧き舞い花Ⅱ

御島いる

313:想造を咲かす力

「咲く……咲かす…………!」

 ユフォンは閃き、ヌロゥにしたり顔を向けた。

「ヌロゥ、君には『碧き舞い花』の先を越されたけど、今度は僕だ」

「あ?」

「あの力の名前……セラの、セラだけの力の名前。ヴェィルの想造を絶する力に対を成す力だ」

「口上はいい、もったいぶるな。聞く前に死ぬぞ」

「君を殺すのはセラだろ? それまでは死なない」

「先にお前を殺してもいいんだぞ、筆師」

 ユフォンはヌロゥの右目を見つめて、「ははっ」と笑った。それから、真剣な顔で碧を醸すセラを見やる。

「想造を咲かす力。想造をより強く、想いを超えて花開かせる。『碧き舞い花』にもぴったりだろ?」





 できる。

 その想いしかなかった。

 急にどうしたのか。自分でも、わからなかった。膨れ上がっていた想い。その昂りはそのままに、不意に心が凪いでいた。

 まだ焦った表情を隠さないバーゼィに、セラから広がる碧がじわりと迫った。その到達を前に、バーゼィは飛び退いた。

「怖いの?」

 セラは無意識に近い状態で聞いていた。その彼女の声が耳に届いた瞬間、バーゼィは身体をぶるりと震わせ、それから気迫のこもった声を一息吐き出した。

「はっ!…………怖い? そんなわけないだろ。俺は強すぎるんだからな!」

 セラはバーゼィに向けて歩き出す。すると中心である彼女に合わせて碧も動く。

「わたしも強がりは嫌いじゃない」

「あ゛んっ! 誰が強がってるって?」

 碧との距離、セラとの距離を測りながら怒鳴るバーゼィ。額に汗を浮かべて、喉を鳴らす。

 そのバーゼィの喉の音に隠れて、セラはナパードで彼の背後に立った。

「っ?」

 バーゼィはセラをまったく追えていないようだった。見失ったセラを捜すように頭を振る。そうして振り返ろうとするバーゼィの左腕に、セラは音のないフクロウの刃を閃かせた。

 ぼとりと、腕が落ちる。

 バーゼィから驚きの息が漏れる。

 彼の腕は切断面こそ塞いだが、それだけ。新たに再生しなかった。

 驚愕に身体を硬直させるバーゼィに対して、セラはさらに左脚を斬り離した。脚も同じく、傷が塞がるのみ。バーゼィは崩れ落ちていく。

「なん?……ふざ……ありえ、ないだろ…………だって、だって! ありえないっ!」

 激怒するバーゼィ。それと同時に、迷宮が大きく揺れた。

「……」

 セラはじっとバーゼィを見据えると、跳んだ。ユフォンとヌロゥの元だ。





 まだ戦いが終わったわけではないことはユフォンにもわかっていた。それなのに跳んできたセラに、ユフォンは首を傾げる。

「セラ? どうしたんだい?」

「バーゼィが迷宮を取り込む」

「取り込むってどういう……っ!?」

 ユフォンの言葉の最中、迷宮がバーゼィに向かって動きはじめた。

 セラが醸し出す碧の空間だけがその影響を受けず、三人はバーゼィが迷宮を取り込んで巨大化していく様を見届ける。途中、周りから壁と床が消え、青空と白雲の空間の見えない床に三人は残された。

 そしてバーゼィが、さっきまで彼たちの周りにあった迷宮の壁のように白と黒が波打つ肌を持つ、猛獣のような巨躯となったところで、揺れは収まった。

「はははっ!」

 空気をびりびりと震わせる声が響いた。

「三権は……俺は! お前らが及ぶような存在じゃない! 見ろ、これが俺だ! 飽食の権化だ! 全てを喰らう存在! 全ての頂点に立つ捕食者だ! ぐぁははははっ!」

 ヌロゥが小さく鼻で笑って零す。「化けの皮を剥いだな、人外」

「そんな暢気なこと言ってる場合じゃないでしょ、ヌロゥ! セラ、どうしてこうなる前に――」

 ユフォンがセラの方を見ると、彼女はそこにはいなかった。碧き花が舞っているだけだ。

「おいおい、筆師」ヌロゥが愉快そうに笑った。「お前の舞い花への信頼はその程度か? 舞い花の物語を紡ぐに値しないな、俺が変わってやろうか」

「なっ」





 ユフォンとヌロゥの元を離れたセラは、巨大な敵の上空にいた。

 フォルセスを両手で逆手に持ち、身体を弓なりにしながら振り上げる。そしては落下と共に、振り下ろす。

「ぐぁははは! 今さらなにをしたって無駄さ。だってそうだろ、お前なんて豆粒だ! 食って終わりだぁ!」

 バーゼィが大口を開ける。

「はああああああっ!」

 セラは碧き流星となって、巨獣の大口に降り注ぐ。





「ぐっかぁ……!」

 苦痛の声と共に、碧き一閃がバーゼィの巨躯に一直線に走ったのをユフォンは見た。その直後、迷宮を取り込んだバーゼィの身体が爆ぜた。

 碧き花びらとなって。

 大輪の碧き花が咲いた。

 そしてその中心にはセラがいて、元の姿のバーゼィの肩に足を乗せ、額から胴へフォルセスを突き立てていた。

 大輪の中に、見事な一輪挿しがあった。

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