碧き舞い花Ⅱ

御島いる

306:分散

「この瞳に舞い花以外を映す羽目になるとはな」

 バーゼィが動きを止めた直後、色の戻ったセラは自身とヌロゥの怪我を治し、新たに異空の空気の入った小瓶を割って想造を回復させながら、ヌロゥの隣に立った。彼が左目を開けているのを確認すると、すぐにそこから目を逸らす。

 フォルセスをその手に戻しながら呟く。「処刑鏡……」

「幾重にも重ね、球状に加工……成功させるまでに何人の職人が死んだと思う?」

 ヌロゥはバーゼィのことを見ながら、歪に口角を上げて見せた。

「二度目はない」

「言い切れるか、舞い花? この男にだって効果があるんだ」

「そんなに余裕に構えてていいの? 相手は三権の力なんだけど」

「処刑は一方的だ。どう足掻いても、その拘束を解くほどの抵抗はできない」

 確かにヌロゥの言うように、バーゼィはすでに口もきけなくなくなっていた。ただ目を見開いてヌロゥの瞳に釘付けだった。それでもセラは警戒を解けないでいた。バーゼィ本来の力も、三権の力も侮れない。

「楽にして見てろ、舞い花。数分もすればこいつの命は終わる」

 ぐちゅ……。

 ペキッ……パリン――。

「ぐぬぁぁっ!」

 一瞬だった。生々しい音と、ガラスが割れる音がしたかと思うと、ヌロゥが左目を押さえて膝を着いた。その手を血だらけにする彼を横目で確認すると、セラは振り返った。

 万華鏡の球体を今まさに握り潰し終えたバーゼィの背中があった。

「万能神ネブレン……」

「ん?」バーゼィがセラを振り返った。「……ああ、確かそんな名前の食べ物だったかもしれないな。頭の片隅に覚えてやってるんだ。だってこの力は重宝してるからな」

 東の病も、西の農耕も、南の飢餓も、北の争いも。そのすべてに手を差し伸べる。それこそが神。それが神となったネブレンの考えだった。その考えに適した能力を持っていた。しかしそんな彼を民はないがしろにした。便利な小間使いだと勘違いした。そしてネブレンは自分の全ては自分のためだけにと、決めたという。神々との修行の中、セラはそうザァトから聞いた。

 そんな彼がセラの修行に参加することはなく、彼女は彼の能力について聞き及ぶに留まり、体験することはなかった。

「ヌロゥ戦え――」

 問い掛けが終わる前に、風圧が彼女のわきを通り過ぎた。バーゼィがヌロゥの頭を掴み、地面に擦りつけながら走り抜けていったのだ。

「回復はさせねえ! 一人ずつ、殺すさ!」

 当然セラは追いにかかる。だが彼女の道を塞ぐように、破壊された迷宮が再建され、バーゼィの後ろ姿を気配共々隠した。

 気配で追えないのなら、目で追えばいいと、セラは空を見上げた。床フロアの術式を使って昇っていく。迷宮の壁の高さを大きく超え、見渡す。大きな動きがあればすぐに見つかる。バーゼィなら、姿をくらましながらもそういう可能性があり得る。またヌロゥが目印となるようなことをしてくれる望みもあるが、薄いだろうと思う。ヌロゥは誰がどう見ても危険な状態だった。

 あのヌロゥ・ォキャだ。簡単に殺されることは良しとしないだろう。どんなに状況が悪くとも、なにか手を打つような男だ。しかし今回ばかりはセラの心は急くばかりだ。敵であり、心を許したわけではない。バーゼィの次はヌロゥだ。それでもバーゼィを倒すためには協力が必要不可欠なのだ。死なれては困る。

「どこっ……!」

 どこを見渡しても同じ景色に見える。バーゼィが駆けて行った方を見ても、戦いの動きは見えなかった。

「ゼィグラーシス」

 セラは碧き花舞うステンドグラスを足元に、空を駆け出した。





「う……うぅ……セラ」

 空を駆けるセラの姿を、ユフォン・ホイコントロは見上げていた。

 頭からぼんやりを振り払い、彼は壁伝いに立ち上がった。

「どうなったんだ……」

 セラは誰と戦っているのか。ヌロゥだろうか。記憶が曖昧で、考えがまとまらない。とにかく、セラの元へ。三権を手に入れるための条件は二人で辿り着くことなのだから。

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