碧き舞い花Ⅱ
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「がはっ……うぅ…………」
吐いた血は赤かった。ヴェールも色を取り戻していた。色が褪せたのは一瞬だけだったようだ。これもバーゼィの力だとしたら、また謎が増えたということだ。
呪いも解けていた。セラはバーゼィを見上げ、目を瞠った。周囲に白黒を漂わせるヌロゥが、頭を掴まれ持ち上げられていた。その顔は苦悶に歪んでいた。視線を巡らせユフォンを見やるが、彼はまだ気を失っていた。
ヴェールが消えなかったことが救いだった。セラは目を閉じ、そして開けた。それで自身の身体を治した。大きく力を使ったことで、ヴェールが薄らいだ。それでも消えていない。限界はおおよそ見極められている。彼女は次いで、バーゼィを残してその場から消えた。
「すぐに追ってこられる。説明してヌロゥ」
セラはヌロゥの姿を手で視界から隠しながら聞いた。次に視界に入った彼は無傷の姿で訝んでいた。
「早く!」
ヌロゥを急かしながらヴェールを自ら解くと、セラはユフォンの様子を見る。意識がないだけで、命に別状がないのなら、戦いから離れた場所で寝かせておいた方がいいと考えた。脈を測ろうとすると、ヌロゥが口を開いた。
「筆師には雲片を吸わせた。薬でどうにかできるだろ、お前なら」
どういった状況でそうなったのか、問いただそうとしたが、そんな時間はないと思い直し、すぐに解毒薬の調合をはじめる。
「早く説明して。どういう状況なの。バーゼィになにが起きたの」
「やつは、青雲覇王を喰ったのさ。いいや、きっとそれだけじゃない。気付いているか? 中央の光がなくなってるのを」
ヌロゥの言葉に作業の手を止め、迷宮の中央を見やる。確かに、そこには光の柱がなかった。
「あいつは完全に三権を手にしたんだろう」
作業を再開させてセラは問う。「ィエドゥは?」
「あの軟弱者? 俺が殺した。あいつがズーデルと戦ってる間にな」
「でもそれじゃあ……」
「言いたいことはわかる。二人で辿り着いた組に、それが提示された条件だ」ヌロゥは自嘲気味でいてどこか楽しそうに笑った。「くくっ、俺たちは最初に振り分けられた二人でだと、まんまと勘違いしたわけだ。二人なら、誰とでもよかったってことだろう。あいつと覇王がどういった経緯で中央まで行ったかは知らないがな」
「そっか」
相槌を打ちながら、セラは完成した解毒薬を注射器に込め、ユフォンに注入した。それが終わると、迷宮の、自分たちが最初に立っていた場所を思い浮かべて、彼を跳ばした。
「二人ついでに聞いておく。舞い花、やつらの透過の弱点には気づいているだろうな?」
意地を張っても意味がない。セラは首を横に振った。「ううん」
「存在だ。やつが一度にすり抜けられるのは一つの存在だけだ。床や壁、つまりこの迷宮をすり抜けているとき、俺やお前から出た攻撃にはすり抜けられない。俺のをすり抜けている間はお前の好機で、反対も然りだ。理解したか」
「わかった。でもよかった。三権を手にしたせいかな、気配が読めるようになってた」
「だが色を奪われればお前はほとんど無力だ。これを使え」
そう言ってヌロゥは指輪を光らせ、小瓶を三本、セラに差し出してきた。白と黒が蠢く小瓶だ。
「異空の空気だ。色を失っても使えるうえ、やつの動きを空気で感じ取れる。お前なら使えるだろう」
セラは受け取りつつも訝る。
「……気持ち悪いくらい協力的」
「すり抜けの件もあるが、どのみちあの人外の強さはぶっ飛んでる。共闘しないという選択を取れるほど余裕がないことくらい、わかっていたと思ったが。期待外れだな」
「外れてない。わたしだってなにもかも背負えるとは思ってない」
言いながら、セラは瓶の一つを割った。白と黒が纏わる。
「不思議な感覚……っ!」
いま纏っているのは異空の空気だが、単純に空気を纏うのとは違う、世界を纏う外在力の神髄。実際にやるのは初めてだった。その新しい感覚に新鮮さを覚えていると、彼女に纏わった白と黒が、勝手に碧き花となって消えてしまったのだ。
ヌロゥとの違いに、世界を纏うことを失敗してしまったのかと思ったセラだったが、自分の中に沸き上がるものを感じて頬を綻ばせた。
「想造の力が回復した」
今までの戦いや、自身とヌロゥを回復させたことで大きく消耗した想造の力。それがまるで嘘のように万全に戻ってきたのだ。纏い直せば、碧々としたヴェールが現れた。
「どうしてかな」
渡界の民だからか、想造の民だからか。定かではないが、僥倖と言えた。異空の空気を纏うことで想造の力が戻るのならば、普段より長くその力を発揮できる。
ヌロゥが後ろを向いた。「くくくっ、彩りあってこその舞い花か」
「異空の空気、使えなかったけど」セラも後ろを向く。「期待外れとは言わせないから」
二人の後方には上裸の男。
碧と白と黒が並び立ち、バーゼィを迎えた。
吐いた血は赤かった。ヴェールも色を取り戻していた。色が褪せたのは一瞬だけだったようだ。これもバーゼィの力だとしたら、また謎が増えたということだ。
呪いも解けていた。セラはバーゼィを見上げ、目を瞠った。周囲に白黒を漂わせるヌロゥが、頭を掴まれ持ち上げられていた。その顔は苦悶に歪んでいた。視線を巡らせユフォンを見やるが、彼はまだ気を失っていた。
ヴェールが消えなかったことが救いだった。セラは目を閉じ、そして開けた。それで自身の身体を治した。大きく力を使ったことで、ヴェールが薄らいだ。それでも消えていない。限界はおおよそ見極められている。彼女は次いで、バーゼィを残してその場から消えた。
「すぐに追ってこられる。説明してヌロゥ」
セラはヌロゥの姿を手で視界から隠しながら聞いた。次に視界に入った彼は無傷の姿で訝んでいた。
「早く!」
ヌロゥを急かしながらヴェールを自ら解くと、セラはユフォンの様子を見る。意識がないだけで、命に別状がないのなら、戦いから離れた場所で寝かせておいた方がいいと考えた。脈を測ろうとすると、ヌロゥが口を開いた。
「筆師には雲片を吸わせた。薬でどうにかできるだろ、お前なら」
どういった状況でそうなったのか、問いただそうとしたが、そんな時間はないと思い直し、すぐに解毒薬の調合をはじめる。
「早く説明して。どういう状況なの。バーゼィになにが起きたの」
「やつは、青雲覇王を喰ったのさ。いいや、きっとそれだけじゃない。気付いているか? 中央の光がなくなってるのを」
ヌロゥの言葉に作業の手を止め、迷宮の中央を見やる。確かに、そこには光の柱がなかった。
「あいつは完全に三権を手にしたんだろう」
作業を再開させてセラは問う。「ィエドゥは?」
「あの軟弱者? 俺が殺した。あいつがズーデルと戦ってる間にな」
「でもそれじゃあ……」
「言いたいことはわかる。二人で辿り着いた組に、それが提示された条件だ」ヌロゥは自嘲気味でいてどこか楽しそうに笑った。「くくっ、俺たちは最初に振り分けられた二人でだと、まんまと勘違いしたわけだ。二人なら、誰とでもよかったってことだろう。あいつと覇王がどういった経緯で中央まで行ったかは知らないがな」
「そっか」
相槌を打ちながら、セラは完成した解毒薬を注射器に込め、ユフォンに注入した。それが終わると、迷宮の、自分たちが最初に立っていた場所を思い浮かべて、彼を跳ばした。
「二人ついでに聞いておく。舞い花、やつらの透過の弱点には気づいているだろうな?」
意地を張っても意味がない。セラは首を横に振った。「ううん」
「存在だ。やつが一度にすり抜けられるのは一つの存在だけだ。床や壁、つまりこの迷宮をすり抜けているとき、俺やお前から出た攻撃にはすり抜けられない。俺のをすり抜けている間はお前の好機で、反対も然りだ。理解したか」
「わかった。でもよかった。三権を手にしたせいかな、気配が読めるようになってた」
「だが色を奪われればお前はほとんど無力だ。これを使え」
そう言ってヌロゥは指輪を光らせ、小瓶を三本、セラに差し出してきた。白と黒が蠢く小瓶だ。
「異空の空気だ。色を失っても使えるうえ、やつの動きを空気で感じ取れる。お前なら使えるだろう」
セラは受け取りつつも訝る。
「……気持ち悪いくらい協力的」
「すり抜けの件もあるが、どのみちあの人外の強さはぶっ飛んでる。共闘しないという選択を取れるほど余裕がないことくらい、わかっていたと思ったが。期待外れだな」
「外れてない。わたしだってなにもかも背負えるとは思ってない」
言いながら、セラは瓶の一つを割った。白と黒が纏わる。
「不思議な感覚……っ!」
いま纏っているのは異空の空気だが、単純に空気を纏うのとは違う、世界を纏う外在力の神髄。実際にやるのは初めてだった。その新しい感覚に新鮮さを覚えていると、彼女に纏わった白と黒が、勝手に碧き花となって消えてしまったのだ。
ヌロゥとの違いに、世界を纏うことを失敗してしまったのかと思ったセラだったが、自分の中に沸き上がるものを感じて頬を綻ばせた。
「想造の力が回復した」
今までの戦いや、自身とヌロゥを回復させたことで大きく消耗した想造の力。それがまるで嘘のように万全に戻ってきたのだ。纏い直せば、碧々としたヴェールが現れた。
「どうしてかな」
渡界の民だからか、想造の民だからか。定かではないが、僥倖と言えた。異空の空気を纏うことで想造の力が戻るのならば、普段より長くその力を発揮できる。
ヌロゥが後ろを向いた。「くくくっ、彩りあってこその舞い花か」
「異空の空気、使えなかったけど」セラも後ろを向く。「期待外れとは言わせないから」
二人の後方には上裸の男。
碧と白と黒が並び立ち、バーゼィを迎えた。
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