碧き舞い花Ⅱ

御島いる

301:英雄と英雄

 ビズラスがセラを離す。そして真剣な表情でセラを見つめる。

「セラ、これも一瞬ことだ。理由はわからないけど、支配がちょうど弱まったからに過ぎない」

「え? でも――」

 言葉を発しようとするセラを止め、ビズラスは続ける。

「だから、俺はすぐにまたセラに剣を振るうことになる。けど、大丈夫。セラなら俺くらい倒せる。ゼィロス伯父さんが俺より大きな才の器を見出したんだから。それを嘘にしちゃいけない。今、証明するんだ」

「やだよ! わたしはビズ兄様とは戦いたくない!」

「今戦ってたじゃないか」

「それはっ……! 助けるためで」

「うん。じゃあ助けてくれるね、セラ。大丈夫、俺はもう死んでるんだから」

 ビズは早口でそう言って、最後に笑みを浮かべたかと思うと、それから感情が消えた。

 殺意だけがセラに向いた。刹那オーウィンが振るわれ、セラは横に跳び退いてそれを躱した。

「ビ……」

 呼びかけようとして、やめた。

 もう、言葉は届かないだろう。

 セラはフォルセスを握る手に力を込めて、それからふっと弱めた。

 でも、ビズラスの言葉はセラに届いた。

 助けてくれと頼まれた。

 背中にフォルセスを納める。

 ゼィロスの言葉を本当のものにする時だと言われた。

 腰のウェィラを抜いた。

 ツバメにフクロウを。

「セラフィ・ヴィザ・ジルェアス。ゼィロス・ファナ・ウル・レパクトの教えを受けし者。師の言葉を胸に、兄弟子ビズラス・ヴィザ・ジルェアスを、今……」

 鼻に覚えた痛みを振り払うように、宣言する。

「超えます!」

 答えは返ってこない。代わりにセラに向かって駆け出したビズラス。

 セラも駆け出し、二本のオーウィンが交わる。

 セラは剣軸を捻り、ビズのオーウィンを抑え込むように回すと、足で踏みつけた。そしてオーウィンを振り上げる。ビズが顔を逸らしてそれを躱すと、セラはオーウィンをウェィラに戻し、右手で逆手に持ち替えてさらに斬り込んだ。

 体勢を崩したビズの喉元にウェィラが迫ったその時。セラの右腕をビズの左の裏拳が弾いた。その直後、ビズラスがオーウィンを手放したらしい、右手もセラに向かってきた。セラの顎を狙うその拳を、彼女は手の甲で防いだ。セラは払われた右手を振り直し、再びビズを狙う。その最中、彼女は視界の左端に、浮かび上がってくるものを見た。

 オーウィンだ。ビズラスが蹴り上げたらしい。その柄を右ひじでビズが叩くと、振るったセラの腕に向かって回転した刃が落ちてくる。セラは咄嗟に手首を捻り、ウェィラでそれを受け止めた。その無理に捻ったセラの手首を、ビズの左手が掴んでさらに捻ってきた。それからビズはオーウィンを右手に納め、翻し、開いたセラの身体に向かって斬り上げてくる。

 セラは魔素で剣を造り出し、オーウィンを外側に弾いた。それからビズの捻りに合わせて、跳躍して回転する。ビズの拘束から解放される。

 すぐにウェィラを順手に持ち直し両手で持つ。オーウィンを再現し、横に振るった。ビズもそうしていた。

 二人の腕はすれ違い、振り抜かれた。

 二人とも自然と右手を離し、左手だけがオーウィンを握った体勢で止まっていた。鏡映しのように。

 ただ、違いが一つ。

 体勢こそ同じだったが、ビズの手にオーウィンは握られていなかった。代わりに彼の腕の周りには碧き花が散っていた。

 セラの触れないナパードだった。

 がくんと膝から落ちるビズラスを、セラも膝を折って迎い受けた。もう下敷きになる彼女ではない。腕を彼の背に回しウェィラと共に、対等なる英雄として消え入る英雄を送った。

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