碧き舞い花Ⅱ
297:面白みのない戦い
戦いの最中において、怒りは起爆剤となる。
普段押さえ込んでいる力を発揮することができる。
しかしヌロゥはその恩恵を受けるような戦い方をしないよう、どれだけ戦いを楽しもうとも冷静をな部分を残していた。
だが怒りの効果を知る彼は、敵に対してそれを用いることがあった。
怒りの起爆剤は副作用を持つ。
動きは単調で大振りになり、冷静さを欠き、視野を狭める。
中にはうまく怒りを制御して副作用が発現しないよう戦える者もいるが、ィエドゥはその限りではなかった。
容易い。
見た目に反して、子どもだ。
見たこともない道具を用いて攻撃をしてくるが、一度見れば、次は躱せる。相手の知らないものを使っている有利さを全く生かせていない。
素人だ。
道具の使い方は、利器の権化を名乗るだけあって上手いのだろうが、戦い方が下手だった。よくもここまで生き残ってきたものだ。あながち自身は安全な、危害が加わらないような場所から道具を用いて、戦ってきたのだろうと容易に想像がつく。
全く面白みのない戦いだ。早々に終わらせて、楽しみに興じたいものだ。
「終わらせるぞ、筆師!」
ィエドゥに隙を作った折、隣に移動させたユフォンに呼びかけ、マカの攻撃を促す。彼が指示に少々もたつくのも織り込み済みだ。その遅れに合わせて、異空の空気を放つ。
魔素の輝きと黒と白が混じり、ィエドゥに向かっていく。
「っ!」
合わせ技がその姿をヌロゥの視界から隠す寸前、彼はィエドゥの目が見開かれたのを捉える。
決まったか。そう思ったヌロゥだったが、考えを改める。異空の空気が、人外の空気感が迷宮の床の下へ移ろっていったのを報せる。
「床をすり抜けた……いや、違うな」
ヌロゥは振り返る。彼の右目が捉えるのは、ィエドゥ。床から生えるように、出てきていた。敵の空気感は床、そして壁全体から感じ取れた。さっきまでそんなことはなかった。
「床……いや迷宮と同化した? くくく、まあいい。ともかく、二人の存在を同時にすり抜けられないというのは正解のようだな」
「……」
「追い詰めている側だと思ってたんだろ? 深手を負った俺や、戦闘経験の浅いホイコントロ……いや、そもそもこの場にいる者に対して優位に立てる力を有していたこと。それを自分の優位性と勘違いしている。お前自身にそんな実力はないじゃないか。思い返してみろよ。俺を吹き飛ばしたのも、連れの男。戦い方も道具に頼ったもの。それがどうして、己が強いと思える?」
ヌロゥの言葉に、ィエドゥの表情は歪む。
「図星を突かれてなにも言い返せないか? 演者が舞台で黙るなよ。それとも、もう降りたのか?」
「べらべらとっ!」
突き出されるィエドゥの手。ヌロゥはその場で腕を払った。横の壁が大破する。戦いはじめに食らった目には見えない衝撃だった。それも今ではなんの不意打ちにもならない。
「やはりネタは尽きたか」
「まだだ!」ィエドゥは大きく長く息を吐いた。それから落ち着いた素振りで口を動かす。「……認めよう、親を愚弄され、冷静さを欠いたことを。だが、もう君の挑発には乗らない」
「……それもそうだな。もう、終わりなんだから」
「だから挑発には乗ら――」
「だから終わりだと言っただろ」
敵には唐突に思えたことだろう。
ヌロゥはィエドゥの心臓を背後から貫いた。
ぼんやりとする頭で、ユフォンはィエドゥの真ん前に立って、歪んだ刃を彼の心臓を突いていた。いつの間に、剣を持ったのだろう。いつの間にここまで移動したのだろう。
思い出せない。
ヌロゥの使う剣だから、きっと彼が持たせたのだろう。ヌロゥがユフォンのことを動かしているのだから、きっと彼が動かしたのだろう。
視界の端には、もう一本の歪んだ刃。ユフォンが刺し込んだ剣と交差するように、ヌロゥの胸から突き出ていた。ィエドゥの背後にいるヌロゥが刺しているものだった。
「がはっ……」
ィエドゥが吐血した。
「ははっ」
それがなぜだか無性におかしくなって、ユフォンは笑った。
普段押さえ込んでいる力を発揮することができる。
しかしヌロゥはその恩恵を受けるような戦い方をしないよう、どれだけ戦いを楽しもうとも冷静をな部分を残していた。
だが怒りの効果を知る彼は、敵に対してそれを用いることがあった。
怒りの起爆剤は副作用を持つ。
動きは単調で大振りになり、冷静さを欠き、視野を狭める。
中にはうまく怒りを制御して副作用が発現しないよう戦える者もいるが、ィエドゥはその限りではなかった。
容易い。
見た目に反して、子どもだ。
見たこともない道具を用いて攻撃をしてくるが、一度見れば、次は躱せる。相手の知らないものを使っている有利さを全く生かせていない。
素人だ。
道具の使い方は、利器の権化を名乗るだけあって上手いのだろうが、戦い方が下手だった。よくもここまで生き残ってきたものだ。あながち自身は安全な、危害が加わらないような場所から道具を用いて、戦ってきたのだろうと容易に想像がつく。
全く面白みのない戦いだ。早々に終わらせて、楽しみに興じたいものだ。
「終わらせるぞ、筆師!」
ィエドゥに隙を作った折、隣に移動させたユフォンに呼びかけ、マカの攻撃を促す。彼が指示に少々もたつくのも織り込み済みだ。その遅れに合わせて、異空の空気を放つ。
魔素の輝きと黒と白が混じり、ィエドゥに向かっていく。
「っ!」
合わせ技がその姿をヌロゥの視界から隠す寸前、彼はィエドゥの目が見開かれたのを捉える。
決まったか。そう思ったヌロゥだったが、考えを改める。異空の空気が、人外の空気感が迷宮の床の下へ移ろっていったのを報せる。
「床をすり抜けた……いや、違うな」
ヌロゥは振り返る。彼の右目が捉えるのは、ィエドゥ。床から生えるように、出てきていた。敵の空気感は床、そして壁全体から感じ取れた。さっきまでそんなことはなかった。
「床……いや迷宮と同化した? くくく、まあいい。ともかく、二人の存在を同時にすり抜けられないというのは正解のようだな」
「……」
「追い詰めている側だと思ってたんだろ? 深手を負った俺や、戦闘経験の浅いホイコントロ……いや、そもそもこの場にいる者に対して優位に立てる力を有していたこと。それを自分の優位性と勘違いしている。お前自身にそんな実力はないじゃないか。思い返してみろよ。俺を吹き飛ばしたのも、連れの男。戦い方も道具に頼ったもの。それがどうして、己が強いと思える?」
ヌロゥの言葉に、ィエドゥの表情は歪む。
「図星を突かれてなにも言い返せないか? 演者が舞台で黙るなよ。それとも、もう降りたのか?」
「べらべらとっ!」
突き出されるィエドゥの手。ヌロゥはその場で腕を払った。横の壁が大破する。戦いはじめに食らった目には見えない衝撃だった。それも今ではなんの不意打ちにもならない。
「やはりネタは尽きたか」
「まだだ!」ィエドゥは大きく長く息を吐いた。それから落ち着いた素振りで口を動かす。「……認めよう、親を愚弄され、冷静さを欠いたことを。だが、もう君の挑発には乗らない」
「……それもそうだな。もう、終わりなんだから」
「だから挑発には乗ら――」
「だから終わりだと言っただろ」
敵には唐突に思えたことだろう。
ヌロゥはィエドゥの心臓を背後から貫いた。
ぼんやりとする頭で、ユフォンはィエドゥの真ん前に立って、歪んだ刃を彼の心臓を突いていた。いつの間に、剣を持ったのだろう。いつの間にここまで移動したのだろう。
思い出せない。
ヌロゥの使う剣だから、きっと彼が持たせたのだろう。ヌロゥがユフォンのことを動かしているのだから、きっと彼が動かしたのだろう。
視界の端には、もう一本の歪んだ刃。ユフォンが刺し込んだ剣と交差するように、ヌロゥの胸から突き出ていた。ィエドゥの背後にいるヌロゥが刺しているものだった。
「がはっ……」
ィエドゥが吐血した。
「ははっ」
それがなぜだか無性におかしくなって、ユフォンは笑った。
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