碧き舞い花Ⅱ

御島いる

294:利器の権化

「改めて、名乗ろう」

 粉塵がィエドゥの姿を晒す。

「ィエドゥ・マァグドル。またの名を利器の権化」

「権化?」

「『叛逆者』じゃ……」

「それは君たちの空で神々がつけた二つ名だ。信仰を奪う姿からな」

「……君たちの空って、一体何者なんだ」

「君たちとは、由来するものが……親が違うということだ」

 ィエドゥがゆっくりと腕を上げた。上がった手先からは、たくさんの糸が溢れるように、放出されていた。

「我、彼の者より利器の権化として生を賜りし者。よろずの道具を駆使し、敵を殲滅する」

 金属がすれる音や重低音がユフォンの耳を震わせた。空を見上げると、ィエドゥが伸ばした糸たちの先で、大量の大砲がユフォンたちに向かってその砲口を動かしていた。前方だけでなく、彼らを囲むように全方位から。

 見上げた視界の下端。ユフォンはィエドゥが腕を振り下ろすのを見た。

「筆師っ!」

 一瞬の轟音ののち、ヌロゥが叫んだ。心配の声ではなく、命令の声だとユフォンは思った。なにより、彼がユフォンの服を掴んでいた。

 この状態でなにをするべきなのか、すぐに判断した。

 二人の姿が渦を巻くように歪んでいく。





 重く床を抉る砲弾。炸裂する砲弾。火炎を発する砲弾。

 砲弾たちはさも己の爆音が一番だと言わんばかりに、音を重ね合う。その振動がユフォンの身体にも伝わる。かなり遠くを意識して移動した。当然、直撃は免れた。しかし、音だけでなく爆風もまた凄まじく、迷宮の壁を軽々と吹き飛ばしながら荒れ狂う。

 顔を庇うように腕を前に持っていき、目を細めて衝撃が納まるのを待つユフォン。だが、そんな悠長な態度を許されるわけがなかった。

 複数の銀色の円盤がすぐ目の前に飛んできた。爆風に乗ってきた物ではない。糸が見えた。明確にユフォンたちを狙うためにィエドゥが操作するものだった。

 不意に服を引っ張られ、ユフォンは後ろに下げられた。代わりに前に躍り出たヌロゥが白と黒の空気を上空へと吹かせた。円盤は白と黒の渦巻く空気に乗って、空へと逸れていった。そうして力を失って落ちてきた円盤たちは、細かい刃に縁取られていた。円状ののこぎりだ。

「気を休めるなっ。次だ」

 ヌロゥはユフォン共々空気で浮き上がり、その場から離れるように急上昇した。するとさっきまで二人がいた場所の床が盛り上がり、そこから捻じれた溝を持つきりが回転しながら飛び出してきた。

「移動と回避は俺がやってやる。躱しきれないのは適宜攻撃して身を護れ」

 ヌロゥの声が切羽詰まるものだった。ィエドゥが言ったように御守りをしながら戦うのは厳しいのだろう。ならばとユフォンはヌロゥに疑問を訴えかける。

「僕を見捨てればいいんじゃないのかいっ?」

 飛んできた錐を空気で捕まえ、へし折りながらヌロゥは言った。「俺が殺すと言っただろっ」

 空中の砲台から砲弾が飛んでくる。ヌロゥはユフォンを伴い、空中を移動してそれらを躱していく。その急な動きに舌を噛まないように気を付けながら、ユフォンは声を張り上げる。

「なら先に殺してから――」

 ユフォンは途中で言葉を止めた。おもりとなるユフォンを生かしておく理由は簡単だ。ィエドゥに攻撃を当てるには一人では駄目なのだ。それがヌロゥの仮説だ。

「ごめん。できるだけ頑張るよ」

「必死で死ぬな」

「筆紙は生業だ。任せて」

「ふん」

 ヌロゥは僅かに口角を上げた。それから険しい表情で後方を気にした。途端、自身とユフォンそれぞれを、身体を離すように動かした。

 二人の中央を高速で飛翔体が飛び抜けていった。

「なんだ、あれ?……飛行船?」

 ユフォンは方向転換をして再び迫ってくる飛翔体に首を傾げる。今まで目にしたことのないものだった。鋭利な印象を受ける。二つの翼を持った、鋼の飛行物体。翼の下には、細く尖った筒を携えていた。そしてその筒が飛行物体から離れ、ユフォンに向かって加速しながら飛んできた。

 ユフォンは身構える。衝撃波を放てるよう備える。だがその前に、身体が勝手に動き、筒から離れていく。そうしながらヌロゥに近づいていく。きっとあまり離れると空気を操るのに支障が出るのかもしれない。そんなことを考えていると、ユフォンは筒が自分のことを追ってきていることに気付く。

「ヌロゥ! ィエドゥが操ってるんだ。追ってきてるよ」

「違うな。あの砲弾には糸が見えない。奇異な飛行船を見てみろ。向こうは糸がある」

 言われて観察してみると、確かに周回する飛行船には糸がちらついて見えた。だが、追ってくる筒にはそれがなかった。

 戦いの中で視野が狭まる。その点ヌロゥは冷静に状況を見極めている。さすがだと感心してしまう。

「あの砲弾は操る必要なく、標的を狙う仕組みだろう。振り切れないのなら破壊だ」

 ヌロゥはユフォンの隣まで来ると、目の前に空気の壁を分厚く作り上げた。まるで迷宮の壁のように白と黒が波打つその壁に、しばらくして砲弾は直撃し、爆発した。

「……なるほど避けないか」

「え?」

「攻撃して破壊しなかったのは、防壁に対してどう動くか見るためだ。あの野郎が動かしていないのなら、生き物である可能性もあったからな。くくく、だが衝突し爆発した。無色透明の壁でもなかったのに、回り込まなかった。攻撃する意思を持っているわけではないということだ」

「な、なるほど」

 敵の分析を口にするヌロゥは、どこか楽しげに見えた。そもそも戦闘狂な男だ。結局のところ有利不利なんてものは関係なく、楽しんでいるのだろう。そこに頼もしさを感じながら、ユフォンは苦笑するのだった。

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