碧き舞い花Ⅱ
293:人外
「まずは魔素だ」
ヌロゥが言って、ィエドゥに駆け出した。それを見てユフォンは身構え、ィエドゥにマカをぶつける機会を窺う。肉体の鍛錬もマカの訓練も、セラの横に並び立つために頑張ってきた。しかし、いざ実戦になるとその経験は乏しい。セラの動きには合わせられる自信があった。それだけ彼女を想ってきた。しかし今共闘しようとしているのはヌロゥだ。彼が言ったように邪魔になるのが目に見えているのではないか。
そんなことを考えていたユフォンの身体が、不意に引っ張られた。
「えっ、なんだ?」
「すべてを任せるわけないだろう。お前には期待していない」
どうやら空気ごとヌロゥがユフォンのことを操っているようだった。
「あまりいい気分じゃないね」
「くくく、盾にすることはないから安心してろ」
二人で挟み込むようにィエドゥを攻める。ヌロゥが剣を振り、ィエドゥがそれを躱した。
「うわぁ!」
躱された剣は、正面のユフォンに向かう。ィエドゥが躱すなり、透き通るなりでそうなるだろうと、頭の片隅で予想していたユフォン。しかし、だからと言って避けられるかと言えば、そうではない。彼はすんでのところで目を強く閉じた。
その後すぐに、身体が前に折りたたまれるのを感じた。突飛な動きに腰が痛み、喉が詰まるような感じがした。それも命を救われたと思えば安いものだ。
ユフォンは目を開けると、そのままの体勢で、くぐもった感謝を告げる。「ありがとう!」
「殺すと言っている人間に感謝なんてするな」
ヌロゥの声を聞きながら、ユフォンの身体は浮き上がり、そのまま一回転すると、ィエドゥに踵落としを繰り出した。
それをィエドゥは、すり抜けてやり過ごした。
その横っ面に、ヌロゥの剣を握った拳が入った。
ィエドゥの身体は壁を突き破って飛んでいく。
ヌロゥに体勢を整えてもらうと、ユフォンは拳を握った。「やった!」
ィエドゥのハットが二人の足元にゆらりと落ちた。
「一撃で終わるのはお前くらいだ。油断するな」
「……いちいち人を馬鹿にしないと喋れないのかい、君は。それにしても魔素だからすり抜けないってわけじゃないみたいだね」
「ああ、だがお前が必要じゃなくなったわけじゃない。一人で立ち向かおうとしなかったお前の判断。弱さゆえの頭の機転か、それともただの偶然か。なんにせよ、感服する」
「それはどういう……」
「一つの仮説だが、あいつは同時に複数の人間に対してすり抜けられない。すり抜けられる対象は一人だけだ」
「それはつまり、君をすり抜けているときは僕の攻撃が当たって、僕をすり抜けているときは君の攻撃が当たるってことかい?」
「まだ答えじゃない。魔素について言及した途端に、魔素の濃い空気を纏ったお前の攻撃をすり抜けた。わざとらしくだ。俺の思考に広がりを与えないようにしているみたいにな」
「わざとでも、君の一撃を受けるのは危険だと考えないかい? 今も、あんなに飛んでいったし。君は僕ぐらいだって言ったけど、ィエドゥもどちらかと言えば武闘派じゃない。下手すれば――」
「武闘派じゃない? それはそうだろう。そもそも武力を持つのは人間だけだ」
「え?」
「やつは人外……高い知能を持った獣だ。獣は元来闘争本能を持ち、自らに備わる爪牙を振るう。手品師と称させ、数多の道具を用いようとも、どれだけ人間の真似をしようとも、獣臭さは消えないものだ」
「獣とは失礼な。ただ君たちと由来が違うだけのこと。形は同じ」
ィエドゥが途切れ途切れに消えながら、二人の元へ歩いてきた。
「君がそういう考えをするならば、逆に我らから見たら君たちの方が獣ということになる」
「人外が宣う」ヌロゥが挑発的な笑いに震えた声で言う。「追い詰められてるのか?」
「どうかな?」
ィエドゥが二人のすぐそばまで来て、ハットを拾い上げ、頭へともっていく。
「俺の余白は、まだまだ残っているが?」
被ったハットの奥で、ぎらついた瞳が覗いた。
目が合うと、ユフォンは悪寒に襲われてたじろいでしまった。ヌロゥの言葉の影響か、頭の中に獣の姿が想起された。
ィエドゥの静かな威嚇にどうにか心を奮い起こそうとするが、竦み上がった心は往々にして頭の指示には従ない。
怖い。
単純な感情だからこそ、深みにはまる。捕らわれて、囚われて、抜け出せない。
戦いとはこういうものだ。セラだって幾度と、この感情を乗り越えてる。なら自分も。隣に立つ者として、こんなことで止まってなんていられない。
意を決したユフォンの身体が強い力で後方へ引っ張られた。
「腑抜けるな!」
共に退いたらしいヌロゥの言葉に、さっきまで自分たちがいた場所を見やるユフォン。床も壁も跡形もなくなくなっていた。まるで大砲でも撃ち込まれたかのようだった。事実、破壊の中心には、床にめり込んだ砲弾が半分覗いていた。
「御守りをしながらどこまでやれるかな? ここからは大立ち回りが可愛く見える」
ィエドゥが立ち上った粉塵の向こうから告げる。
「戦争だ」
ヌロゥが言って、ィエドゥに駆け出した。それを見てユフォンは身構え、ィエドゥにマカをぶつける機会を窺う。肉体の鍛錬もマカの訓練も、セラの横に並び立つために頑張ってきた。しかし、いざ実戦になるとその経験は乏しい。セラの動きには合わせられる自信があった。それだけ彼女を想ってきた。しかし今共闘しようとしているのはヌロゥだ。彼が言ったように邪魔になるのが目に見えているのではないか。
そんなことを考えていたユフォンの身体が、不意に引っ張られた。
「えっ、なんだ?」
「すべてを任せるわけないだろう。お前には期待していない」
どうやら空気ごとヌロゥがユフォンのことを操っているようだった。
「あまりいい気分じゃないね」
「くくく、盾にすることはないから安心してろ」
二人で挟み込むようにィエドゥを攻める。ヌロゥが剣を振り、ィエドゥがそれを躱した。
「うわぁ!」
躱された剣は、正面のユフォンに向かう。ィエドゥが躱すなり、透き通るなりでそうなるだろうと、頭の片隅で予想していたユフォン。しかし、だからと言って避けられるかと言えば、そうではない。彼はすんでのところで目を強く閉じた。
その後すぐに、身体が前に折りたたまれるのを感じた。突飛な動きに腰が痛み、喉が詰まるような感じがした。それも命を救われたと思えば安いものだ。
ユフォンは目を開けると、そのままの体勢で、くぐもった感謝を告げる。「ありがとう!」
「殺すと言っている人間に感謝なんてするな」
ヌロゥの声を聞きながら、ユフォンの身体は浮き上がり、そのまま一回転すると、ィエドゥに踵落としを繰り出した。
それをィエドゥは、すり抜けてやり過ごした。
その横っ面に、ヌロゥの剣を握った拳が入った。
ィエドゥの身体は壁を突き破って飛んでいく。
ヌロゥに体勢を整えてもらうと、ユフォンは拳を握った。「やった!」
ィエドゥのハットが二人の足元にゆらりと落ちた。
「一撃で終わるのはお前くらいだ。油断するな」
「……いちいち人を馬鹿にしないと喋れないのかい、君は。それにしても魔素だからすり抜けないってわけじゃないみたいだね」
「ああ、だがお前が必要じゃなくなったわけじゃない。一人で立ち向かおうとしなかったお前の判断。弱さゆえの頭の機転か、それともただの偶然か。なんにせよ、感服する」
「それはどういう……」
「一つの仮説だが、あいつは同時に複数の人間に対してすり抜けられない。すり抜けられる対象は一人だけだ」
「それはつまり、君をすり抜けているときは僕の攻撃が当たって、僕をすり抜けているときは君の攻撃が当たるってことかい?」
「まだ答えじゃない。魔素について言及した途端に、魔素の濃い空気を纏ったお前の攻撃をすり抜けた。わざとらしくだ。俺の思考に広がりを与えないようにしているみたいにな」
「わざとでも、君の一撃を受けるのは危険だと考えないかい? 今も、あんなに飛んでいったし。君は僕ぐらいだって言ったけど、ィエドゥもどちらかと言えば武闘派じゃない。下手すれば――」
「武闘派じゃない? それはそうだろう。そもそも武力を持つのは人間だけだ」
「え?」
「やつは人外……高い知能を持った獣だ。獣は元来闘争本能を持ち、自らに備わる爪牙を振るう。手品師と称させ、数多の道具を用いようとも、どれだけ人間の真似をしようとも、獣臭さは消えないものだ」
「獣とは失礼な。ただ君たちと由来が違うだけのこと。形は同じ」
ィエドゥが途切れ途切れに消えながら、二人の元へ歩いてきた。
「君がそういう考えをするならば、逆に我らから見たら君たちの方が獣ということになる」
「人外が宣う」ヌロゥが挑発的な笑いに震えた声で言う。「追い詰められてるのか?」
「どうかな?」
ィエドゥが二人のすぐそばまで来て、ハットを拾い上げ、頭へともっていく。
「俺の余白は、まだまだ残っているが?」
被ったハットの奥で、ぎらついた瞳が覗いた。
目が合うと、ユフォンは悪寒に襲われてたじろいでしまった。ヌロゥの言葉の影響か、頭の中に獣の姿が想起された。
ィエドゥの静かな威嚇にどうにか心を奮い起こそうとするが、竦み上がった心は往々にして頭の指示には従ない。
怖い。
単純な感情だからこそ、深みにはまる。捕らわれて、囚われて、抜け出せない。
戦いとはこういうものだ。セラだって幾度と、この感情を乗り越えてる。なら自分も。隣に立つ者として、こんなことで止まってなんていられない。
意を決したユフォンの身体が強い力で後方へ引っ張られた。
「腑抜けるな!」
共に退いたらしいヌロゥの言葉に、さっきまで自分たちがいた場所を見やるユフォン。床も壁も跡形もなくなくなっていた。まるで大砲でも撃ち込まれたかのようだった。事実、破壊の中心には、床にめり込んだ砲弾が半分覗いていた。
「御守りをしながらどこまでやれるかな? ここからは大立ち回りが可愛く見える」
ィエドゥが立ち上った粉塵の向こうから告げる。
「戦争だ」
コメント