碧き舞い花Ⅱ

御島いる

289:勢揃い

『ビズ兄様……』

 念話を試みるも通じない。

 妹は一人。

 涙が溢れそうになるセラに、ビズラスはさらに言葉の刃を突きつけてくる。

「似ても似つかないじゃないか。髪の色も、瞳の色も……気配だって赤の他人だ」

 ユフォンが力なく、嘆くように呟いた。「そんな……」

「はははははっ」ズーデルが喜劇でも見るように大声で笑った。「感動の再会じゃなかったみたいだね、ははは、舞い花ちゃん。あーウケる! 傑作だよ、傑作」

 すっと真顔を見せるズーデル。

「心置きなく殺しなよ、そんな偽者」

「……!」

 セラは怒りに目を見開いて、ズーデルを睨んだ。

「お前っ!」

 セラはビズラスに背を向け、ズーデルへと駆け出す。

「おっ、怒った? なんだ、せっかくお兄さんと一対一でやらせてあげようと思ったのに、舞い花ちゃんがその気ならいいよ、俺も参加してあげる」

 ビズラスがセラの知る彼ではないことの理由は明白だった。ズーデルが、そうしているのだ。記憶を奪ったのか、そもそも彼女のことを知らない存在として生み出したのか。なにはともあれ、死者への冒涜だった。

 セラの心を抉るための作戦。そんなことだってセラにはわかっている。

 それでも抑えきれない想いが、ズーデルへの殺意へと変わる。

 明確な殺意だった。

 ヴェィルに抱いた悔しさから来る激情とは違う、どす黒く重たい感情。

 倒さなければ、殺さなければ、異空のために。そういうものは今までもあった。けれでも今回は違った。

 殺したい。なにがなんでも、自分のために。

「ズーデルっ!」

 跳び上がり、交差させた二本の剣を振るう。ズーデルは彼女の攻撃から、マントで身体を護った。雲を思わせる形状だが、その硬さは金属のようだった。

 受け止められたセラはナパードで彼の背後に回った。途端、彼女の肌が細かく裂けた。

 碧き花びらたちが、彼女を痛めつけたのだ。

「っ!?」

 セラはズーデルから跳び退いて距離を取った。

「セラ! 今のはビズラスさんだ!」ユフォンが叫んだ。「影の秘伝だ!」

「まさか他世界の人間に影の秘伝が知られているなんて……」

 ユフォンを一瞥してから、ビズはセラを見た。そしてわずかに敵意の薄らいだ声で言う。

「もしかして君も影の一員なのか?」

 セラは疑問を持つことなく首を横に振った。

 影の秘伝を身をもって体験するのがはじめてで訝しんだが、『ナパスの影』の存在も、その秘伝のことも今はすでに知っていた。ヴェィルとの戦いでムェイが使っていたのを見たし、エァンダとユフォンがその後で教えてくれていた。碧花百閃へきかひゃくせんがその一端だということも。

「でも、わたしはゼィロス・ウル・ファナ・レパクトの弟子。セラフィ……セラフィ・ブレファン・ラミューズ。影とその秘伝についてはエァンダ・フィリィ・イクスィアから教えてもらいました」

「……どういうことだ? 君はナパスの裏切りものじゃないのか? ブレファン・ラミューズ、つまり君はクァスティアおばさんの娘……あの優しい人の子で、ゼィロス伯父さんやエァンダと交流がある人間が、ナパスに刃を向けるなんてありえない」

「そうです!」

 ユフォンがすかさず声を張り上げた。

「彼女はナパスの英雄……いいえ、セラは異空の英雄です! あなたはそこのズーデルに記憶を弄られているんですよ! 僕らは敵じゃない!」

「敵だよ」ズーデルが溜息交じりに言った。「あーあ、興醒めだ。そんなんで元に戻るなんて展開にはさせないよ? とことん苦しめて、それで殺してあげるんだから、舞い花ちゃん」

 ちらりとセラを振り返って、口角を上げるズーデル。そして、指を鳴らした。

 途端、彼とセラの間に黄色い閃光が眩いで、ビズラスが現れたかと思うと、無機質な殺意と共にオーウィンを振るってきた。

 二本の剣でセラがそれを受け止めると、衝撃でヴェールが揺らいだ。そろそろ想造の期限が近い。色を取り戻しても、色を失ったのと同じ状態になる。

「じゃ、お兄さんは舞い花ちゃんをよろしく」ズーデルはセラとビズラスを見て肩を竦めると、ユフォンの方へ歩き出した。「俺は余計な口出しをした魔法使いを始末するから。大丈夫。魔法使いを殺すのは得意なんだ。きっと異空中で、俺以上に魔法使いを殺した人間はいない」

「ユフォン、逃げて!」

 セラの声を聞くや否や、ユフォンは踵を返して駆け出した。だが、すぐに止まった。彼の奥に見える横道から、フュレイがふらりと現れたのだ。

 その足取りは弱々しく、ゆっくりとセラたちの方を見た。

「あぁっ!」ユフォンが驚愕の声を上げた。

 セラもビズを受け止めながら目を瞠る。角度が変わって見えるはずだった、陰になっていたフュレイの半身がなかった。噛み千切ったような切り口。そこから欠損した骨や内臓がむき出しになっていた。

 そしてべちゃりと、神が伏した。

 血生臭さが風に乗ってセラの鼻に、不快感をもたらす。その風には、ヌロゥの気配が混じっていて、セラがそれを感じた瞬間、ユフォンの前を勢いよく人影が吹き飛んでいった。奥の壁にぶつかったのだろう、大きな崩壊の音がした。

 一瞬だったが、セラはくすんだ緑をしっかりと見た。飛ばされていたのはヌロゥだ。

 相手が誰かは言うまでもない。ここにいない敵は一組だ。

 曲がり角から、口の周りを真っ赤に汚した上裸の男が出てきた。

「そうなったのは自業自得だぞ。だってそうだろ、俺の食事の邪魔をしたんだからな」

 バーゼィはフュレイのもとにしゃがみ込み、手を伸ばす。そんな彼を、後ろからやってきたィエドゥが止めた。

「残りは戦いのあとに楽しむべきだな、祝いとして」

 ハットから覗く目でセラたちを認めると、ィエドゥは不敵に笑んだ。

「勢揃いだ。ここで全部終わりにしよう」

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