碧き舞い花Ⅱ
283:脱色
サファイアに白。
セラは一度、力を押さえて、もう一度、力を発動させた。
エメラルドは現れず、またしても白だった。
いつから。
ハンサンは白を見ていたのか、エメラルドを見ていたのか。
セラが考えていると、ユフォンが心配して声をかけてきた。
「大丈夫かい、セラ? どこか異常は?」
「わからない。こんなことはじめて、だと思う。自分では普段は見れないし……」
「試しに、ヴェールを纏ってみたらどうだろう?」
「うん、やってみる」
碧きヴェールが彼女を中心に渦巻いた。
しっかりと碧だった。
「碧だ。けど、目の光は白いままだ」
ユフォンは一瞬喜んだかと思うと、一転して表情を落とした。
「そっか……でも、大丈夫。ユフォンがそんなに落ち込むことないよ。他に変わったところもないし、今のところ問題ないんだから」
「そんなに楽観的でいいのかしら、セラ」
不意に後ろからかけられた声。振り向くと、そこにはフュレイが若い姿のハンサンと共に立っていた。
「まさかここがただの迷宮だなんて思ってないでしょう?」
「これもここの影響だってこと?」
「色は力の意味よ」フュレイはセラの言葉を無視して肩を竦める。そして嗜虐的に目を細めた。「それを失うということがどういうことか、いま身をもって知るといいわ」
ハンサンが細剣を手に駆け出してくる。圧縮した空間を経て、一気にセラとの間合いを詰めてくる。彼が到達するまでにフォルセスを抜ききれないと思ったセラは、手にしていたウェィラで受けた。
「ユフォン、下がって」
「よろしいのですかな?」
刃と視線を交えるハンサンが、その丁寧な言葉とは裏腹に、主に似た嗜虐の笑みを浮かべた。わざと力を緩め、セラに後ろを見ることを促すようにその目が動いた。
ユフォンの気配はそこにある。フュレイが動いている様子もない。ハンサンのさっきの手の力も考えたが、目の前のハンサンから手が伸びているのは確認できない。懸念材料はどこにもなかった。
しかし見ないわけにもいかず、セラはウェィラを離し、ハンサンに背を向けた。
「!?」
「どうしたんだい、セラ?」
目を瞠ったセラに、ユフォンが首を傾げた。
「ユフォン、色が……!」
「えっと、それは君の目の光のは話……ってわけじゃなさそうだね?」
「……うん、ユフォンの色が、なくなってる」
白が揺蕩うセラのサファイアが映すのは、色彩を失った筆師の姿だった。白と黒の濃淡だけが彼に乗っていた。
恐る恐るといった様子で自身の手を見やるユフォン。
目を見開いて、身体中をくまなく見回すユフォン。「本当だ……これは一体……!?」
「その辺りがこの迷宮の中間なのよ」フュレイだ。「そこから先は、色の力には頼れないわよセラ」
彼女の言葉の終わりを見計らって、ハンサン蹴りかかってきた。もちろん注意を向けていたセラだ、ハンサンから離れるようにして転がり、簡単に躱した。
途端。
ユフォンの前で、ハンサンの方へ向き直った彼女のヴェールから色が失せた。ヴェールだけじゃない、身体からもだ。
「わたしもっ……!」
「大丈夫かい、セラ!」
「うん、問題はないと思う」
「本当にそうですかな?」
ハンサンが迫ってきた。彼からも色彩がなくなる。
「あなたも入ってきてるなら、そういうことでしょ!」
今度こそフォルセスを抜いて、セラはハンサンを迎え撃つ。フォルセスも、無彩色だ。
その時点でセラは違和感を覚えた。
フォルセスが重く感じたのだ。
違う。フォルセスの助けがないのだ。
触れただけで活力が漲る『神鳥の羽根』という鋼が使われたフォルセス。握った者の力を引き上げる能力があるのだが、今はそれがないのだ。
「勘がいいあなた様なら、もうお気づきになられたのでは?」
「色が力の意味……」
まだわからないことがある。だからセラはすぐにその答えを求めて試す。
その場で花が舞った。薄灰色の花だ。移動することのないナパードだった。ナパードがこれなら、きっと他も同じだろう。
「そこまでしたら、もうすべてわかったも同然よね、セラ」
まるで親のように言うフュレイをセラは睨む。
「ええ、そうね。ヨコズナの修行を思い出す」
頼れるのは己の身体能力と感覚だけだ。
セラは一度、力を押さえて、もう一度、力を発動させた。
エメラルドは現れず、またしても白だった。
いつから。
ハンサンは白を見ていたのか、エメラルドを見ていたのか。
セラが考えていると、ユフォンが心配して声をかけてきた。
「大丈夫かい、セラ? どこか異常は?」
「わからない。こんなことはじめて、だと思う。自分では普段は見れないし……」
「試しに、ヴェールを纏ってみたらどうだろう?」
「うん、やってみる」
碧きヴェールが彼女を中心に渦巻いた。
しっかりと碧だった。
「碧だ。けど、目の光は白いままだ」
ユフォンは一瞬喜んだかと思うと、一転して表情を落とした。
「そっか……でも、大丈夫。ユフォンがそんなに落ち込むことないよ。他に変わったところもないし、今のところ問題ないんだから」
「そんなに楽観的でいいのかしら、セラ」
不意に後ろからかけられた声。振り向くと、そこにはフュレイが若い姿のハンサンと共に立っていた。
「まさかここがただの迷宮だなんて思ってないでしょう?」
「これもここの影響だってこと?」
「色は力の意味よ」フュレイはセラの言葉を無視して肩を竦める。そして嗜虐的に目を細めた。「それを失うということがどういうことか、いま身をもって知るといいわ」
ハンサンが細剣を手に駆け出してくる。圧縮した空間を経て、一気にセラとの間合いを詰めてくる。彼が到達するまでにフォルセスを抜ききれないと思ったセラは、手にしていたウェィラで受けた。
「ユフォン、下がって」
「よろしいのですかな?」
刃と視線を交えるハンサンが、その丁寧な言葉とは裏腹に、主に似た嗜虐の笑みを浮かべた。わざと力を緩め、セラに後ろを見ることを促すようにその目が動いた。
ユフォンの気配はそこにある。フュレイが動いている様子もない。ハンサンのさっきの手の力も考えたが、目の前のハンサンから手が伸びているのは確認できない。懸念材料はどこにもなかった。
しかし見ないわけにもいかず、セラはウェィラを離し、ハンサンに背を向けた。
「!?」
「どうしたんだい、セラ?」
目を瞠ったセラに、ユフォンが首を傾げた。
「ユフォン、色が……!」
「えっと、それは君の目の光のは話……ってわけじゃなさそうだね?」
「……うん、ユフォンの色が、なくなってる」
白が揺蕩うセラのサファイアが映すのは、色彩を失った筆師の姿だった。白と黒の濃淡だけが彼に乗っていた。
恐る恐るといった様子で自身の手を見やるユフォン。
目を見開いて、身体中をくまなく見回すユフォン。「本当だ……これは一体……!?」
「その辺りがこの迷宮の中間なのよ」フュレイだ。「そこから先は、色の力には頼れないわよセラ」
彼女の言葉の終わりを見計らって、ハンサン蹴りかかってきた。もちろん注意を向けていたセラだ、ハンサンから離れるようにして転がり、簡単に躱した。
途端。
ユフォンの前で、ハンサンの方へ向き直った彼女のヴェールから色が失せた。ヴェールだけじゃない、身体からもだ。
「わたしもっ……!」
「大丈夫かい、セラ!」
「うん、問題はないと思う」
「本当にそうですかな?」
ハンサンが迫ってきた。彼からも色彩がなくなる。
「あなたも入ってきてるなら、そういうことでしょ!」
今度こそフォルセスを抜いて、セラはハンサンを迎え撃つ。フォルセスも、無彩色だ。
その時点でセラは違和感を覚えた。
フォルセスが重く感じたのだ。
違う。フォルセスの助けがないのだ。
触れただけで活力が漲る『神鳥の羽根』という鋼が使われたフォルセス。握った者の力を引き上げる能力があるのだが、今はそれがないのだ。
「勘がいいあなた様なら、もうお気づきになられたのでは?」
「色が力の意味……」
まだわからないことがある。だからセラはすぐにその答えを求めて試す。
その場で花が舞った。薄灰色の花だ。移動することのないナパードだった。ナパードがこれなら、きっと他も同じだろう。
「そこまでしたら、もうすべてわかったも同然よね、セラ」
まるで親のように言うフュレイをセラは睨む。
「ええ、そうね。ヨコズナの修行を思い出す」
頼れるのは己の身体能力と感覚だけだ。
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