碧き舞い花Ⅱ

御島いる

282:白

 しばらくなにも起こらないまま、セラとユフォンは迷宮を進んだ。

 迷宮に入って早々壁を壊して襲ってきたバーゼィとィエドゥの二人とも、再び相まみえることはなかった。やはり向こうも気配を感じられていないのだろう。

 と、そこまで考えて、セラははっとなって足を止めた。

「ん? どうしたんだい?」

 足を止めてセラを振り返るユフォンに、彼女は独り言ちるように口にする。

「バーゼィとィエドゥはどうしてわたしたちを見つけられたの?」

「どういうことだい?」

「だって気配は近くにいないと感じられないんだよ、ここでは」

「うん。だから近くにいて、僕らの気配を……」

 ユフォンはセラが言わんといていることに気付いたようで、言葉を止めた。その続きをセラが継ぎ足す。

「わたしは壁が壊れる直前にやっと感じられた」

「待って、じゃあ今は? 追ってきてもいいはずだろう?」

「うーん……それを言われると、そうなんだけど。もしかしたら、他の二組と戦ってるのかもしれないし」

「あ、そっか。……うーん、考えて止まっててもしょうがないね。進もう。敵が来ない今のうちに」

 そうして二人は歩き出し、目の前にある角を曲がった折だった。

 セラは視界の端に、白を捉えた。

 壁ではない。今、壁はちょうど黒に変わったところで、その黒に映える白が彼女の目に飛び込んできたのだ。それと同時に、二つの気配が突然に感じられるようになった。

「フュレイ、ハンサン!」

「あら、セラ」

「セラ様ではありませんか」

「うわっ、びっくりした!」

 ユフォンが跳び退くのを合図に、セラとハンサンが剣を抜いた。ゆっくりとフュレイが下がると、セラとハンサンが刃を交える。

 フォルセスと細剣が鍔迫り合いをする中、ハンサンの肉体が徐々に若返っていくのをセラは見た。剣から伝わってくる力まで、若々しく増していく。

「あぁ、フュレイ様、力が漲ってきます」

 セラに見せる顔を恍惚に歪ませ、黒くなった前髪がはらりと垂れた。

「かっこいいわよ、ハンサン。頑張って」

「ええ、雪辱を果たすところを見せて差し上げます」

 ハンサンが細剣を滑らせ、払い、新たにセラに斬りかかる。

「さあ、あの時のように想造の力を解放してみせなさい、セラ様っ!」

 言われたセラだが、碧を瞳に漂わせるに留めた。目の前にいる敵にはこれで充分だと判断したからだ。

 払われたフォルセスの行く方へ任せて身体を横に傾け、そこから元の姿勢に戻る勢いでハンサンの剣を持つ手を、左手で弾いた。逆に体勢を崩したハンサンに、今度はセラが剣を振るう。

 途中、空間が拡大されるのを感じた。

 ハンサンのトラセードだ。

 ただ逃がさない。

 セラはハンサンの拡大よりも、大きく速い圧縮を行った。

「なにっ!?」

 ハンサンの驚きの顔。相殺を超え、加速したフォルセスが神の従者の胴を真っ二つに切断した。

 どちゃ、どちゃっと湿った音を立てて落ちるハンサン。次の瞬間にはセラはフュレイに向かってフォルセスを突き出した。

 だが届かなかった。

 なにかが絡みついて、セラの動きを止めたのだ。

 花を散らして抜け出し、セラはユフォンの前に戻った。さっきまで自分がいた場所には、ハンサンの上半身と下半身の切り口から伸びた無数の手がうねっていた。

 その手がセラとユフォンの方を向いた。

「気持ち悪いな……」

 ユフォンの言葉を合図にでもしたように、手は一斉に二人の方へ迫ってきた。

「ユフォン逃げてっ」

 ユフォンを先に送り出し、自身も迫ってくる手を捌きながら後退する。セラが下がりはじめると、フュレイが二つになったハンサンに歩み寄り、膝を着いた。慈しみの表情を見たところで、セラは先に行ったユフォンに続くように角を曲がった。

 何度か分かれ道や角を曲がるうちに、次第に手の数は減っていき、また一つ角を曲がったところで最後の一つを斬り捨てた。角から離れ、フォルセスを納めながらユフォンの元へ向かう中、セラは中心の光の柱を見やった。迷宮に入った時よりだいぶ近くにある。あと半分くらいだろうか。

 セラは視線をユフォンに戻して聞く。「大丈夫、ユフォン」

「ははっ、問題ないよ。これくらいならまだまだ余裕さ」

 言うように、彼の息は上がっていない。戦いでは役に立たないと言っていたが、それはあくまでもこの迷宮にいる面々の中での話だ。今のユフォンなら、ホワッグマーラに帰れば一般的な魔闘士より戦える実力がある。マカだけに頼らない身体もしっかり出来上がっているのだから。

「それより、諦めた……わけないよね。なにかの作戦かな? ここに誘導された気がするんだ」

「え、どういうこと?」

「分かれ道のところで、片方を塞がれたんだ。それでここで追うのをやめた。それってやっぱりここに誘い込むのが目的なんじゃないかい? セラはどう思、あれ?」

 セラの目を見つめて考えを聞こうとしたユフォンだったが、言葉を止めて不思議そうに訝しんだ。

「なに?」

「セラ……目の光が」

 セラは目の下に触れる。「目?」

「うん。色が、白いんだ」

「え?」

 セラは腰のウェィラを抜いて、その刀身に自身のサファイアを映し込む。そこにはユフォンが言うように、エメラルドではなく白が揺蕩っていた。

「え?」

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