碧き舞い花Ⅱ
279:60-2
~〇~〇~〇~
陽光を反射し、眩しい世界。白一色の世界。
『白刃の連なり』。
白布の軍服を纏った軍人。白布のローブを羽織った貴族。そして『輝ける者』と呼ばれる五人の長老。
他は奴隷。
人と扱われず、人の生活を支える。
感謝されることはない。
空気。
彼らにとって、奴隷は空気だった。
60-2。
ロクマルニ。
彼に与えられた番号だった。
生を受けたそのとき、頭に刻まれた。
働けるほどに成長すると、労働の日々だった。他の奴隷たちと一緒に、ただ働いた。それが存在する意味で、生きていくために必要だったから。
そう思っていた。
人を知るまでは。
労働の意味が、同じ形をした生き物のためだと知った。
「どうしてあんたたちは働かないんだ」
十五のある日。軍人のところへ荷物を運ぶ仕事をした。彼にとってははじめての軍人。その軍人たちは色の突いた水を飲み、赤ら顔で騒いでいた。自分たちが働いているときに、楽しそうにしていた彼らを見て、彼は突っかかった。
「あん? 働いてねぇだと? お前らが生きていられるのは俺たちが、外の世界から富を持ってくるからだ」
「おいおい、ズーデル。奴隷にそんな話したって無駄だぜ」
「がはは、それもそうか。おい、お前もう行け。興が冷める」
呆然となって軍人たちをそのまま見ていると、ズーデルと呼ばれた軍人が立ち上がってロクマルニを蹴り飛ばした。
「出てけって言ってんだよ、クソガキ!」
ズーデルの見下す視線。後ろからも他の軍人たちが同じような目をしていた。
なぜ蹴られた。なぜ罵倒される。なぜ、見下される。
それになんだ『ズーデル』とは。番号じゃない、それはなんだ。
睨み返すと、他の軍人たちも立ち上がって、囲まれて、何度も蹴られた。
痛かった。辛かった。吐き気がした。
なによりも、ムカついた。
飽きたのか、倒れたロクマルニを残して軍人たちは去った。
怒りを湛えたさっぱりとした青い目から流れた涙が、顔が溶けそうなほどに熱かった。
動けない身体。
心は違った。
ロクマルニはこの日、決意した。
身体が治ると、ロクマルニは他の奴隷たちに自分たちがこのままではいけないことを語った。しかし彼に賛同するものは一人もいなかった。誰もが軍人や貴族に逆らうことなど無謀だと。働いていれば、生きていける現状に満足しろとロクマルニをたしなめたのだ。
それが彼には気にくわなかった。
もっと豊かな暮らしがある。それもすぐそばに。
与えられた環境から外に出れば、景色が変わると知りながら、そうしないでそれを幸福と妄信する。
惨めだ。
奴隷として生まれ、奴隷として生きていく。奴隷として生まれることを選んだわけでもないのに。
愚かだ。
自分だけでも、抜け出してやる。力を見せつけてやる。頂に立ち、誰にも縛られない生き方を、掴み取って見せる。
ロクマルニはまず、光り輝く世界を牛耳ることを目指した。
動こうとしない者など放っておく。縛られることを甘受するのなら、望み通りにしてやる。あとで泣きついてきたところで、手を差し伸べることなど絶対にない。
不条理を覆すのは己の信念だけだ。
固い信念を胸に、ロクマルニは軍人ズーデルを殺し、新たなズーデルとなった。元のズーデルが軍人の端くれだったことが功を奏し、彼を知る者は少なく、成り代わるのは簡単だった。ズーデルの周囲の人間を片付けるだけで、人になることができたのだ。
それから人の知識を身に着け、武術剣術を学び、外の世界を知り、そして功績を上げていった。
ついには『輝ける者』から指示を受ける立場の将軍にまで成り上がった。
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陽光を反射し、眩しい世界。白一色の世界。
『白刃の連なり』。
白布の軍服を纏った軍人。白布のローブを羽織った貴族。そして『輝ける者』と呼ばれる五人の長老。
他は奴隷。
人と扱われず、人の生活を支える。
感謝されることはない。
空気。
彼らにとって、奴隷は空気だった。
60-2。
ロクマルニ。
彼に与えられた番号だった。
生を受けたそのとき、頭に刻まれた。
働けるほどに成長すると、労働の日々だった。他の奴隷たちと一緒に、ただ働いた。それが存在する意味で、生きていくために必要だったから。
そう思っていた。
人を知るまでは。
労働の意味が、同じ形をした生き物のためだと知った。
「どうしてあんたたちは働かないんだ」
十五のある日。軍人のところへ荷物を運ぶ仕事をした。彼にとってははじめての軍人。その軍人たちは色の突いた水を飲み、赤ら顔で騒いでいた。自分たちが働いているときに、楽しそうにしていた彼らを見て、彼は突っかかった。
「あん? 働いてねぇだと? お前らが生きていられるのは俺たちが、外の世界から富を持ってくるからだ」
「おいおい、ズーデル。奴隷にそんな話したって無駄だぜ」
「がはは、それもそうか。おい、お前もう行け。興が冷める」
呆然となって軍人たちをそのまま見ていると、ズーデルと呼ばれた軍人が立ち上がってロクマルニを蹴り飛ばした。
「出てけって言ってんだよ、クソガキ!」
ズーデルの見下す視線。後ろからも他の軍人たちが同じような目をしていた。
なぜ蹴られた。なぜ罵倒される。なぜ、見下される。
それになんだ『ズーデル』とは。番号じゃない、それはなんだ。
睨み返すと、他の軍人たちも立ち上がって、囲まれて、何度も蹴られた。
痛かった。辛かった。吐き気がした。
なによりも、ムカついた。
飽きたのか、倒れたロクマルニを残して軍人たちは去った。
怒りを湛えたさっぱりとした青い目から流れた涙が、顔が溶けそうなほどに熱かった。
動けない身体。
心は違った。
ロクマルニはこの日、決意した。
身体が治ると、ロクマルニは他の奴隷たちに自分たちがこのままではいけないことを語った。しかし彼に賛同するものは一人もいなかった。誰もが軍人や貴族に逆らうことなど無謀だと。働いていれば、生きていける現状に満足しろとロクマルニをたしなめたのだ。
それが彼には気にくわなかった。
もっと豊かな暮らしがある。それもすぐそばに。
与えられた環境から外に出れば、景色が変わると知りながら、そうしないでそれを幸福と妄信する。
惨めだ。
奴隷として生まれ、奴隷として生きていく。奴隷として生まれることを選んだわけでもないのに。
愚かだ。
自分だけでも、抜け出してやる。力を見せつけてやる。頂に立ち、誰にも縛られない生き方を、掴み取って見せる。
ロクマルニはまず、光り輝く世界を牛耳ることを目指した。
動こうとしない者など放っておく。縛られることを甘受するのなら、望み通りにしてやる。あとで泣きついてきたところで、手を差し伸べることなど絶対にない。
不条理を覆すのは己の信念だけだ。
固い信念を胸に、ロクマルニは軍人ズーデルを殺し、新たなズーデルとなった。元のズーデルが軍人の端くれだったことが功を奏し、彼を知る者は少なく、成り代わるのは簡単だった。ズーデルの周囲の人間を片付けるだけで、人になることができたのだ。
それから人の知識を身に着け、武術剣術を学び、外の世界を知り、そして功績を上げていった。
ついには『輝ける者』から指示を受ける立場の将軍にまで成り上がった。
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