碧き舞い花Ⅱ

御島いる

278:茶会

 青空に白雲。

 宙に浮かんだ矩形の卓で、四つの勢力が顔を合わせる。

 セラとユフォンの対面にヌロゥとズーデル。右にバーゼィとィエドゥ。左にフュレイとハンサン。

 セラとユフォンの前には逆鱗茶。ヌロゥとズーデルの前にはコーヒー。バーゼィとィエドゥの前には酒。フュレイとハンサンの前には薄紅色の茶。それぞれの飲み物が、優雅にゆったりと時を流す。

「セラフィ、あなたきっとこれ好きよ」

 フュレイが言いながら、セラに自身のティーカップを差し出してきた。

「フェルも気に入っていたし、彼女が言うにはヴェィルも好きな味らしいから」

「……」

 セラは一瞬、顔を顰め、それから薄紅の茶を口にする。

「あ、おいしい。わたし、この味好き。ユフォンもどう?」

「ははっ、君が好きならきっと僕も好きだね」セラから渡されたカップに口をつけるユフォン。「……うん、ほんとだ。おいしい。逆鱗茶より甘いね」

「なぁ、俺と飲み合いしようぜ。するだろ? だってそうだろ、ナパスってのは酒に強いんだから」

 バーゼィがはしたなく、中身を零しながらジョッキをセラに突き出す。

 ジョッキを受け取ったセラは勝気に笑む。「いいけど、勝てないよ?」

「俺に言ってるのか?」

「他に誰がいるの……って」

 セラはジョッキをテーブルに叩きつけるように置きながら、立ち上がった。

「なにこれ!」

 彼女が睨む先で、ヌロゥが右目を細める。

「茶会だが? 楽しめよ、舞い花」

「そうよ、セラフィ。なにをそんなに焦っているの?」

「フュレイ様の言う通りですよ、セラ様」フュレイの隣で頷くハンサン。「長い人生、生き急ぐことはありません」

「……あなたは一度死んでるでしょ」

 ハンサン・ゲルディは元々ネルフォーネの執事だった男だ。邪神フュレイに魅入られ、ネルを裏切りその命を奪おうとした過去を持つ。想造の一端を開花させたセラにより、その命に幕を下ろした。確かなことは定かではないが、神の力を取り戻したフュレイによって復活を遂げたのだろう。

「ははは」好々爺然としてハンサンは笑う。「そうですね、あなたに殺されました。セラ様」

「ユフォン……」

 セラは隣に座る筆師に助けを求める視線を向ける。だが、彼もまた逆鱗茶をゆっくりと飲んでいただけだった。彼の口がカップから離れる。

「セラ、戦いになったら僕は役に立たない。それならいっそのこと、このまま待つ。それが得策じゃないかな?」

「待つってなにを? わたしたちはなにを待ってるの? この時間はいったいなんなの?」

 セラは全員を見回して、最後に手品師を睨む。敵ではあるが、彼が最後の望みだった。

「ィエドゥ!」

 悠然とワインで喉を潤してから、ィエドゥは肩を竦める。

「当然のことながら、これは俺が見せている幻覚などではない。俺も困惑している。よかった、俺と同じように思っている人間が一人でもいて」

「困惑してる? なのにお酒を飲むだけ?『叛逆者』でしょ、叛逆して見せてよ」

「君こそ、なにかしないのか。『止まってなんていられない』はどうした」

 セラは押し黙って椅子に座り直した。

「お互いできることは、待つことだけだ。ここについた時に植え付けられた使命感。それを全うしようじゃないか。なにせ、この世界の主ともいえる二人までもが、そうしているのだからな」

 ハットの奥の目が、ヌロゥとズーデルを眺めるのを、セラも追う。

 コーヒーを飲むヌロゥと、ただぼーっとしているズーデル。

 過去、セラに対して会うたびに好戦的な態度を示していたヌロゥ。そんな彼が、セラを前にしてこうも落ち着いていることが不気味だ。なにか企みがあってもおかしくない。そう思ってセラはこの場所に来た瞬間から警戒していたが、今では無駄に思えてきていた。

 さらに不気味なのはズーデルだ。ここまでなにも発せず、コーヒーを飲む気配もない。『それら』もとい三権をその身に宿し、世界を造った張本人であるはずなのに、心ここにあらずといった状態だった。

「こいつがそんなに気になるか、舞い花?」

 セラがあまりに見つめていたからか、ヌロゥがのらりと首を傾げて聞いてきた。

「どうせ暇だ。聞かせてやるよ、この男の物語」

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