碧き舞い花Ⅱ

御島いる

269:Before Zero Point 4

「あ、そうそう」

 フェルは思い出す。フュレイを訪ねた理由を。

 フェルが少し困った表情を見せたことで、察したのだろう、フュレイは今までの楽しい雰囲気を取り払った。拒まれることはないだろうが、フェルはすかさず本題に入った。

「あのね、フュレイ。ヒュポルヒとホーチュナが世界を造る方法を探してるって聞いたんだけど。二人は世界を造ってどうしたいのかとか、知らない?」

「……」フュレイはカップに口をつけてから告白する。「趣味の場を増やしたいの。わたしもよ」

「趣味の場? お花?」

「そうよ」フュレイは窓の外に見える花壇に目を向ける。「わたしたちは、もっと自由にできる場所が欲しいだけなの。好きなことに没頭できる場所が」

「それなら、別にこっそりやる必要ないんじゃ――」

「そんなことないわよ、フェル。だってこれって、旅行とは違うもの。場合によってはずっとそこに留まって、三権への想いも忘れるわ。没頭するってそういうことよ」

「それは……」

「ふふっ、まあでも」フュレイは深刻さを増す雰囲気を吹き飛ばすように笑った。「それはもちろん、あの二人がその方法を見つけたらの話だけどね。もし、二人が見つけられなかったら、わたしたちは諦めて、ここで今まで通りに――」

「ってめぇ! ざけんなよ!!」

 部屋の中にまで届く怒鳴り声がフュレイの言葉を遮った。この声はヨコズナだ。彼がスジェヲとの喧嘩をはじめたのだろう。

「またヨコズナとスジェヲの喧嘩だよ、フュレイ。兄さんがこの後止めに入るから、大丈――」

 窓をびしびしと揺らす振動に、フェルは言葉を止めた。

 予見であらかじめ視ていた通りなら大したことにはならない。だからフュレイに話の続きを促すつもりでいた。しかし、今の揺れは予見にはなかったものだった。

 そのあとも、続けて二回、大きく揺れた。

「ちょっと見てくるっ」

 フェルはフュレイの家に白い輝きで満たした。





 ヴェィルがその手に剣を持って、ヨコズナの首あてがっていた。ヨコズナの顔は怯えに染まっていた。

「兄さんっ!?」

 鋭くヨコズナを睨むヴェィルに駆け寄るフェル。ヴェィルをヨコズナから離す。

「なにやってるのっ? いつもみたいに仲裁すれば済むようなことだったはずだよ!」

「いや……まあ、そうなんだけど。ちょっとやり方を変えてみようかと思って」

 自分がしたことに、驚いているようで、ヴェィルは目を大きく開いて肩で息をしていた。

「総代だからって、なんでもしていいと思ったら大間違いだかんなっ!」

 露わな筋骨隆々の上裸に汗を浮かべるヨコズナ。立ち上がると、怒りの形相で言い放ち、ヴェィルの様子を見ながら後退り、数歩下がると紫の閃光と共に消えた。

「っは、ざまあみろっしょ」

 消えたヨコズナに煽るように言い、スジェヲがヴェイルと肩を組んだ。

「にしても、やっぱすげえよな。ヴェィルは。さすがにヨコズナを腕っぷしだけで抑えるとは思わなかったぜ、まさかだったしょ。それに、最後にわざわざ剣造り出して脅すとか、敵に回したくねえっしょ、もう」

「……」

 呼吸を落ち着かせながら、ヴェィルがスジェヲに顔を向けた。その表情はフェルからは見えなかったが、スジェヲが咄嗟に跳び退いたところを見ると、恐ろしいものだったに違いない。

 不意に不安になって、兄を呼ぶフェル。「ヴェィル兄さん……」

 フェルの呼び掛けに、ヴェィルはかぶりを大きく振り、その手から剣を消し去った。そして振り返る兄の顔は、優しい笑みだった。

「ちょっとやりすぎたな。ごめん、フェル。スジェヲも。あぁ、あとでヨコズナにも謝りに行かないと」

 いつものヴェィルだった。兄の言う通り、やりすぎただけ。フェルはそう言い聞かせて、燻る不安を消し去った。





「みんな、今日は少し話したいことがあるんだ」

 ヨコズナとスジェヲの喧嘩を力で止めた翌日。ヴェィルは『想い送り』が終わると、帰ろうとする民を引き留めた。

「世界を造ろうとしている人たちがいる」

 ヴェィルの言葉に、光の広場にどよめきが走る。彼をはそれを手を挙げて静める。

「俺はこれを咎める気はない。聞けば、それは自分の好きなことに没頭できる場所が欲しいからだっていうじゃないか。俺はその想いを止めることは間違えだと思うんだ。俺たちは想いのままに存在している。強い想いが求めることに従わないことが苦しいことなのは、みんなもわかるだろう?」

 ヴェィルはロゥリカやコゥメルを見つけて目を向けた。二人はじっと彼を見つめていただけで、反応という反応は見せなかった。

「ただ、誰かと誰かの想いが向かい合わせになって、それで互いの想いを受け入れられないとき、そのときは争いが起きる。でもそれは、互いに互いを意識し合うからだと俺は思うんだ。まったく無関心なら、相手にはなんの感情も生まれないだろ? 俺たちは同じ日、同じ場所で生まれた。家族だ。だから関わり合う。だから、その関りが想いの衝突になる」

 次第に感情的に口にしていったヴェィル。一転して次に口を開くと、落ち着いた声が発せられる。

「俺はこれまでみんながのびのびやれば、幸せな日々が続くと思ってた。今でも思ってる。でも互いの想いが同じ方向を向いていないなら……向き合ったままでいがみ合うなら、お互いに反対を向いて、背中合わせになればいいと思わないか? だから、俺は決めたんだ」

 言葉を切って、長めの間を作る。

「外の世界で暮らしていくことを、認める。今ある世界でも、造ろうとしている世界でもだ」

 広場は静かだった。歓喜もどよめきもない。簡単なことだが、きっと全員がヴェィルの言葉を理解するのに時間を要しているのだろう。感情的な理解の時間だ。

 それからしばらくして、ヴェィルはまた口を開く。

「ただこれは、出て行く人たちに無関心になるってことじゃない。反対も然りだ。背中合わせのまま、互いを想い合うんだ。暮らす場所が変わっても……どこにいても想いは届くはずだ。お互いを尊重し合い、別々の道を行こう。俺は総代として、外に行こうとする人の協力もするし、ここで暮らしていく人ともこれまで通り幸せな日々を送る。それに外に出たって、時々帰ってきたっていし、外に出たいと思ったら、いつだって出ていい。想いのままにいこう」

 ヴェィルは真剣な眼差しで広場を見渡す。

 そして最後に問いかける。

「どうだろう、みんな。賛成してくれるかな?」

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