碧き舞い花Ⅱ
264:すべての源
「『それら』が先にあったんだ」
ケルバは手短に言うとと前置きをして、衝撃的な事実をさらっと告げた。だが、その事実に驚いたのは部屋の半数にも満たなかった。セラとホワッグマーラの三人、いや二人、フェズだけは平然と聞いていた。セラとユフォン、ヒュエリの三人だけが驚き表情を見せていた。
「ちょっと待ってケルバ」セラは訝る。「『それら』が先ってどういうこと。フェル叔母さんはそんなこと言ってなかった。『それら』は遊界の民が造ったものでしょ?」
エァンダが苛立ちを表す。「おい、なんの話をしてる。勝手に進めるな」
「あ、ごめん。そっかまず『それら』のこと話さないといけないのか。義団のみんなはともかく、もう連盟のみんなは知ってるものだと思ってた。短くかっこよく決めようと思ったのに、失敗したなぁ」
「おい、ケルバ」ダジャールが怒りの形相でケルバを睨んだ。「お前仲間だとか言っといて結局、まだ隠してることがあったんじゃねえかよ」
「いやダジャール」ケルバはすかさず否定する。「これは別に隠してたとかそういうことじゃなくてさ。俺だってダジャールのことで知らないことなんてたくさんあるし。そーゆうのと一緒だよ。なんだろうな、生まれ育った場所の詳しい文化とかそういうのだよ。別に折り入って話すようなことでもないことってあるじゃん」
「そうだよ、ダジャール」アルケンが舌をチロリと出して言う。「僕にだってあるよ、故郷のどうでもいい習慣とか。話してないこと」
「……続けろ」鼻の周りに皺を寄せ、バツが悪そうにするダジャール。「内容によってはあとでしばく」
「これ以上止めてたらダジャールがエァンダさんにしばかれそうだ」ズィードが笑った。「さ、そうなってダジャールが怪我する前に、頼むぜケルバ」
「ああ。ええっと『それら』っていうのは……」
そこでケルバは言葉を詰まらせた。そして悩ましい顔をしてセラの方を見た。
「どうしたの?」
「いや、フェルはセラ姉ちゃんに『それら』のことをどう話したのかと思って」
「えっと……ケルバが知ってることを話してくれればいいんじゃないの?」
「いや、そうなんだけど……フェルはセラ姉ちゃんに嘘を教えてるって知って、俺は話さない方がいいんじゃないかって思ってるんだ。だってフェルの嘘はセラ姉ちゃんを護るためのものだろうから。例えばセラ姉ちゃんやエァンダさんはいいかもしれないけど、ネル姉ちゃんとかヒュエリさんが聞いて、それでその身に危険が迫ったら俺は……」
「なにを言っていますの、ケルバ」
ネルは言うと、ヒュエリと視線を合わせ肩を竦めた。ヒュエリは少々恐る恐るといった様子だったが、それに頷いた。想いは二人とも一緒のようだ。ネルの言葉をヒュエリが受け継ぐ形で続ける。
「今がまさに、異空にとって危険な状態なんですよ。……恐くないと言えば嘘になりますが、それは聞いても聞かなくても同じことです。考えたくないですけど、負けてしまうようなことがあれば、どのみち命は助からないでしょうしね」
「そうですわ。だから、ちゃんと話して」
「仲間を護るってことは、安全な場所に置いておくことじゃねえ。仲間ってのは背中護り合うもんだろ」ダジャールは鼻を鳴らした。「さっきの戦いで学ばなかったのかよ」
「知ることができれば、知識面で支えることができるかもしれないですわ、わたしたちは」
「はい。最悪、わたしにはフェズくんがいますし……」
「ああ、俺がいる。司書様にはまだまだ働いてもらわないと困るしな、俺も」
「えぅっ、えっとそれはどういう……」
ヒュエリの困惑を余所に、楽し気に浮遊するフェズ。ケルバはそれに苦笑したのち、意を決して顔を締めた。
「じゃあ改めて、『それら』っていうのは、すべての源なんだ。元は三権って言って、場の権、終の権、生の権って三つある。一つ一つを『それ』と呼んで、総称が『それら』ってこと。で、『それら』が先にあったていうのは、『それら』に関する伝説が残る世界には、『それら』というものは神々を真似して人々が造ったっていう内容のものが伝わってるんだ。それこそフェルがセラに話したように。でも実際は逆。『それら』が全部の原点なんだ。想造の民は『それら』によって生まれて、『それら』の恩恵で力を得ていたんだ。そして『それら』で生まれたのは原始の地もだったから、それを真似して想造の力で他の世界を造ったのが神。原始の地を離れて自分の世界を持った神は『それら』の恩恵が薄れたことで、想造の民だった頃の力を失って、信仰がなければ身体を保てなくなった。だから『それら』の力を求めて原始の地に戦争を仕掛けた。その戦いの中で『それら』は異空に散らばって多くの新しい世界を造りながら動き回って、最終的それぞれがひとつの世界に留まった」
「……『白輝の刃』に場の権、『幻想の狩場』に終の権、そしてホワッグマーラに生の権」
「うん」
セラが連ねた情報に頷いてからケルバは続ける。
「それでフェルの名誉のために、嘘を吐いた理由をちゃんと言っておくと、転生したロゥリカたち、昔は俺もだったけど、三権が先にあったことを多くの人間に知られるのを恐れてるんだ。そのためにまず『それら』という呼び方に変えた偽の伝説を浸透させて、それからなるべく転生した自分たちで管理するようにした。そうして長い時間をかけて『それら』の存在を知るのは転生者とその協力者、そして神々にヴェィルにフェルって状況になって、あとは故郷の復活を待つだけになった。けど、それでも人の探求心が『それら』に手を掛けることがある。そこで行われたのが真実に近づいた者、主に歴史の研究者たちだけど、彼らの抹殺だった。だから、セラ姉ちゃんがそうならないようにフェルは本当のことを伏せたんだと思う」
「ふーん」
わかったのかわかっていないのか、納得した素振りを見せたズィード。しかし次の瞬間には肩を竦めてケルバに聞いた。
「ん? でも、どうしてその『それら』ってのが先にあったのが知られるとまずいんだ?」
ケルバはそんな彼に頷いて、全員に向けて話す。
「いくつか細かい理由はあるけど、やっぱり一番は『それら』が自分たちより上の存在だって、概念として固定されてしまうことだと思う」
「強大な力の定着……それはフェルさんも言ってた」セラがケルバに確認するようにしながら続ける。「力と名前が結びついたものが、多くの人の中に定着することで、そのものをそのものたらしめるって。だからヴェィルも『夜霧』の兵に名前を口に出せないよう呪いをかけたって」
「うん、そう。ヴェィルは弱った状態が真の状態だって定着しちゃわないように名を伏せてたんだ。だから肉体を取り戻した今、きっとヴェィルはその名を異空中に知らしめるはず」
エァンダが間髪入れずに言う。「ならそうならないように、すぐ動く。具体的には『それら』はどう勝ちに繋がるんだ。力の源を断つのか? それともその力を俺たちが使って返り討ちにするのか?」
「『それら』はヴェィルでも恩恵を受けるだけで、そのものを使うことはできなかった。だから、壊すしかないと思う。そして『それら』を壊せば、きっと全部が終わる。『それら』は異空にとっての親だから、残るとしても時軸くらいかな」ここでケルバは申し訳なさそうにユフォンを見た。「ユフォンさんにつられて俺も勝ち目ってことで進めてたけど……たぶん勝ちはないんだ。負けるか、全部が終わるかだ」
全員の視線がユフォンに向かう。中でもエァンダの視線は刺すようだった。
セラがエァンダが口を開く前に、ユフォンを優しく呼び掛ける。
「ユフォン?」
「ははっ、僕は希望的に考えすぎてた? ううん、違うよ。僕はいたって真剣に勝ち目があるって思ってるんだ。言っただろ、ヴェィルの弱点って言うのかはちょっと難しいところだけどって」
「じゃあお前が考える勝ち目っていうのは、なんなんだ」エァンダが苛立ちに捲し立てる。「聞かせてみろ、ユフォン・ホイコントロ」
対してユフォンは動じることもせず、ふっと口角を上げてエァンダを見返した。そして一言、優しくも強い言葉を言い放った。
「セラだよ」
ケルバは手短に言うとと前置きをして、衝撃的な事実をさらっと告げた。だが、その事実に驚いたのは部屋の半数にも満たなかった。セラとホワッグマーラの三人、いや二人、フェズだけは平然と聞いていた。セラとユフォン、ヒュエリの三人だけが驚き表情を見せていた。
「ちょっと待ってケルバ」セラは訝る。「『それら』が先ってどういうこと。フェル叔母さんはそんなこと言ってなかった。『それら』は遊界の民が造ったものでしょ?」
エァンダが苛立ちを表す。「おい、なんの話をしてる。勝手に進めるな」
「あ、ごめん。そっかまず『それら』のこと話さないといけないのか。義団のみんなはともかく、もう連盟のみんなは知ってるものだと思ってた。短くかっこよく決めようと思ったのに、失敗したなぁ」
「おい、ケルバ」ダジャールが怒りの形相でケルバを睨んだ。「お前仲間だとか言っといて結局、まだ隠してることがあったんじゃねえかよ」
「いやダジャール」ケルバはすかさず否定する。「これは別に隠してたとかそういうことじゃなくてさ。俺だってダジャールのことで知らないことなんてたくさんあるし。そーゆうのと一緒だよ。なんだろうな、生まれ育った場所の詳しい文化とかそういうのだよ。別に折り入って話すようなことでもないことってあるじゃん」
「そうだよ、ダジャール」アルケンが舌をチロリと出して言う。「僕にだってあるよ、故郷のどうでもいい習慣とか。話してないこと」
「……続けろ」鼻の周りに皺を寄せ、バツが悪そうにするダジャール。「内容によってはあとでしばく」
「これ以上止めてたらダジャールがエァンダさんにしばかれそうだ」ズィードが笑った。「さ、そうなってダジャールが怪我する前に、頼むぜケルバ」
「ああ。ええっと『それら』っていうのは……」
そこでケルバは言葉を詰まらせた。そして悩ましい顔をしてセラの方を見た。
「どうしたの?」
「いや、フェルはセラ姉ちゃんに『それら』のことをどう話したのかと思って」
「えっと……ケルバが知ってることを話してくれればいいんじゃないの?」
「いや、そうなんだけど……フェルはセラ姉ちゃんに嘘を教えてるって知って、俺は話さない方がいいんじゃないかって思ってるんだ。だってフェルの嘘はセラ姉ちゃんを護るためのものだろうから。例えばセラ姉ちゃんやエァンダさんはいいかもしれないけど、ネル姉ちゃんとかヒュエリさんが聞いて、それでその身に危険が迫ったら俺は……」
「なにを言っていますの、ケルバ」
ネルは言うと、ヒュエリと視線を合わせ肩を竦めた。ヒュエリは少々恐る恐るといった様子だったが、それに頷いた。想いは二人とも一緒のようだ。ネルの言葉をヒュエリが受け継ぐ形で続ける。
「今がまさに、異空にとって危険な状態なんですよ。……恐くないと言えば嘘になりますが、それは聞いても聞かなくても同じことです。考えたくないですけど、負けてしまうようなことがあれば、どのみち命は助からないでしょうしね」
「そうですわ。だから、ちゃんと話して」
「仲間を護るってことは、安全な場所に置いておくことじゃねえ。仲間ってのは背中護り合うもんだろ」ダジャールは鼻を鳴らした。「さっきの戦いで学ばなかったのかよ」
「知ることができれば、知識面で支えることができるかもしれないですわ、わたしたちは」
「はい。最悪、わたしにはフェズくんがいますし……」
「ああ、俺がいる。司書様にはまだまだ働いてもらわないと困るしな、俺も」
「えぅっ、えっとそれはどういう……」
ヒュエリの困惑を余所に、楽し気に浮遊するフェズ。ケルバはそれに苦笑したのち、意を決して顔を締めた。
「じゃあ改めて、『それら』っていうのは、すべての源なんだ。元は三権って言って、場の権、終の権、生の権って三つある。一つ一つを『それ』と呼んで、総称が『それら』ってこと。で、『それら』が先にあったていうのは、『それら』に関する伝説が残る世界には、『それら』というものは神々を真似して人々が造ったっていう内容のものが伝わってるんだ。それこそフェルがセラに話したように。でも実際は逆。『それら』が全部の原点なんだ。想造の民は『それら』によって生まれて、『それら』の恩恵で力を得ていたんだ。そして『それら』で生まれたのは原始の地もだったから、それを真似して想造の力で他の世界を造ったのが神。原始の地を離れて自分の世界を持った神は『それら』の恩恵が薄れたことで、想造の民だった頃の力を失って、信仰がなければ身体を保てなくなった。だから『それら』の力を求めて原始の地に戦争を仕掛けた。その戦いの中で『それら』は異空に散らばって多くの新しい世界を造りながら動き回って、最終的それぞれがひとつの世界に留まった」
「……『白輝の刃』に場の権、『幻想の狩場』に終の権、そしてホワッグマーラに生の権」
「うん」
セラが連ねた情報に頷いてからケルバは続ける。
「それでフェルの名誉のために、嘘を吐いた理由をちゃんと言っておくと、転生したロゥリカたち、昔は俺もだったけど、三権が先にあったことを多くの人間に知られるのを恐れてるんだ。そのためにまず『それら』という呼び方に変えた偽の伝説を浸透させて、それからなるべく転生した自分たちで管理するようにした。そうして長い時間をかけて『それら』の存在を知るのは転生者とその協力者、そして神々にヴェィルにフェルって状況になって、あとは故郷の復活を待つだけになった。けど、それでも人の探求心が『それら』に手を掛けることがある。そこで行われたのが真実に近づいた者、主に歴史の研究者たちだけど、彼らの抹殺だった。だから、セラ姉ちゃんがそうならないようにフェルは本当のことを伏せたんだと思う」
「ふーん」
わかったのかわかっていないのか、納得した素振りを見せたズィード。しかし次の瞬間には肩を竦めてケルバに聞いた。
「ん? でも、どうしてその『それら』ってのが先にあったのが知られるとまずいんだ?」
ケルバはそんな彼に頷いて、全員に向けて話す。
「いくつか細かい理由はあるけど、やっぱり一番は『それら』が自分たちより上の存在だって、概念として固定されてしまうことだと思う」
「強大な力の定着……それはフェルさんも言ってた」セラがケルバに確認するようにしながら続ける。「力と名前が結びついたものが、多くの人の中に定着することで、そのものをそのものたらしめるって。だからヴェィルも『夜霧』の兵に名前を口に出せないよう呪いをかけたって」
「うん、そう。ヴェィルは弱った状態が真の状態だって定着しちゃわないように名を伏せてたんだ。だから肉体を取り戻した今、きっとヴェィルはその名を異空中に知らしめるはず」
エァンダが間髪入れずに言う。「ならそうならないように、すぐ動く。具体的には『それら』はどう勝ちに繋がるんだ。力の源を断つのか? それともその力を俺たちが使って返り討ちにするのか?」
「『それら』はヴェィルでも恩恵を受けるだけで、そのものを使うことはできなかった。だから、壊すしかないと思う。そして『それら』を壊せば、きっと全部が終わる。『それら』は異空にとっての親だから、残るとしても時軸くらいかな」ここでケルバは申し訳なさそうにユフォンを見た。「ユフォンさんにつられて俺も勝ち目ってことで進めてたけど……たぶん勝ちはないんだ。負けるか、全部が終わるかだ」
全員の視線がユフォンに向かう。中でもエァンダの視線は刺すようだった。
セラがエァンダが口を開く前に、ユフォンを優しく呼び掛ける。
「ユフォン?」
「ははっ、僕は希望的に考えすぎてた? ううん、違うよ。僕はいたって真剣に勝ち目があるって思ってるんだ。言っただろ、ヴェィルの弱点って言うのかはちょっと難しいところだけどって」
「じゃあお前が考える勝ち目っていうのは、なんなんだ」エァンダが苛立ちに捲し立てる。「聞かせてみろ、ユフォン・ホイコントロ」
対してユフォンは動じることもせず、ふっと口角を上げてエァンダを見返した。そして一言、優しくも強い言葉を言い放った。
「セラだよ」
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