碧き舞い花Ⅱ

御島いる

263:エァンダの燻り

「さあ、ここからは俺たちが勝つための話だ。造られた未来じゃない、俺たちが造る未来のな」

 しんみりとした空気を即座に払拭するように、エァンダが壁から背を浮かせ卓に歩み寄りながら強めに言った。

「ちょっと、エァン」ネルが眉根を寄せた。「もうちょっと言い方を」

「予見者様を馬鹿にしてるわけじゃない。彼女は一人で、よくやった。偉大だ。だがもう去った。それに悼む時間は終わった。それなら残された俺たちは前に進む。進むだけだ。前に進まなきゃ、今度は完全に負ける」

「……」

 エァンダの真に迫る表情にネルは口を閉ざした。彼女だけではない。食堂にいた誰もが……フェズルシィただ一人を除いては、彼の言い知れぬ威圧感に気圧される。

 一番付き合いの長いサパルがやっと口を開く。「エァンダ、らしくないぞ。感情的になって、まるで虎の目タイガーアイズのときみたいだ」

「……」エァンダのエメラルドが細められ、サパルに向く。「また俺に未来を感じないか? だが生憎だな、未来はそもそもないってよ」

「……エァンダ」

 心配するように名前を呼ぶサパルだが、当の本人は顔をケルバの方へ向けていた。

「お前の番だケルバ。話してくれ、ユフォンが言う、勝ち目のこと」

「あ、あぁ、それはもちろんだけど……本当に、大丈夫なのエァンダさん?」

「そうだぞ」

 すかさずサパルが口を開く。それでもエァンダの目はケルバに向いたままだったかが、彼は続ける。

「悼む時間は終わったってお前は言ったけど、お前が近しい人の死に敏感なのは俺もよく知ってる。心の整理ができてないなら、今はこの席を外れてあとで聞けばいい」

「今度は俺を一人にするのか。一人にしたら俺は勝手にどこかに行くかもしれないぞ?」

 飄々と言ってのけるが、エァンダの態度は明らかに余裕がないものだとセラは感じた。なにか、彼をそこまでさせるなにかがあるのだと思い、彼女は彼を呼ぶ。

「エァンダ」

 そうして彼が視線を向けてきた瞬間に、彼女は瞳にエメラルドを揺蕩わせた。





 ~〇~〇~〇~

 エレ・ナパス。

偉大なる師よエレ・ゼィロス。冥福を」

 エァンダがそう呟いた直後のことだ。悪寒を覚えるような気配がエレ・ナパスに降り立った。彼のすぐ近くだ。そちらに目を向けると、エァンダは驚愕する。

 セラに似た顔の男が真っ青な瞳でロゥリカの死体を眺め降ろしていた。

「転生を待ってもいいが……」

「ヴェィルか」

 エァンダが言うと男はエァンダに視線を向けた。

「あの時は互いに見逃したが、今回は俺が見逃すことになる。命拾いしたな」

「命拾い? 今回は俺が見逃さない」

 タェシェを構えるエァンダ。

「強がるな。それに今、俺に戦う気はない。友を助けに来ただけだ」

 言いながら自身の脇に人の形を作り出すヴェィル。それからロゥリカの死体に手をかざすと、その手を作り出した人の形に振りかざした。

「起きろ、ロゥリカ」

「……すまないな、ヴェィル」

 その声と共に人の形が、見る見る個性を持ちはじめて、真っ赤な瞳に金髪、褐色の肌の男になった。

「残念だったな、ナパスの化身。仇討ちは失敗だ」

 ロゥリカの言葉を残して、黒い閃光と共に二人は消えた。その場にはゼィロスとブァルシュの遺体、そして地面を殴るエァンダが残された。

 ~〇~〇~〇~





 エァンダがセラから目を逸らして俯いた。

「ブァルシュ……ロゥリカは生きてる」

 レキィレフォの力でエァンダの体験を共有したセラは零した。それから瞳のエメラルドを消しながら、エァンダに問う。

「どうして教えてくれなかったの? 一人でゼィロス伯父さんの敵討ちしようとしてたのっ? ねえ、エァンダ」

「……そうだよ、悪いか? いいだろ別に」俯いた顔がセラを見た。「お前がヴェィル。俺があいつ。なにか問題があるか」

「問題は、ないけど……わたしたちは手を取り合えるでしょ。一人で背負わないでよ」

「お前に言われたくない。お前こそ、どうせ自分しかヴェィルを倒せないと思ってるんだろ? 親の不始末は子である自分がって。なら取り巻きの一人ぐらい俺にやらせろ」

「そんなこと……だってわたしは…………」

「不完全な奴に負けた」

「おいエァンダ」サパルが割って入る。「少し頭を冷やせ。揉めてたら進むものも進まないだろ」

「ああ、だから、こんな話はどうでもいいんだ。過ぎたことを悔やんでも、勝てないからな」エァンダはまたケルバを見る。今度は睨むように。「ケルバ、早く話せ。あいつに勝つために」

「わかったから、話すから、落ち着いて。いい?」

 円らな瞳でエァンダを見返すケルバはまるで子供をあやすように、手を大げさに動かした。その姿にエァンダは白けた視線を向け鼻で笑う。そして両手でケルバを示して話を促す。

「どうぞ、大長老」

 目を瞬かせ、一瞬ムッとしたケルバだったかが、自分を落ち着かせるように細かく頷くと口を開く。

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