碧き舞い花Ⅱ

御島いる

257:既知者の気掛かり

「にしても、ここ魔素薄いな……俺も薄いし」緊張感のない半透明の天才は、ヒュエリを振り返る。「司書様、その装置故障してるんじゃないか?」

「そんなはずは……故障はしてないですよ……じゃなくて、なんで!? フェズくん!?」

「そういうの考えるの司書様の仕事でしょ。それより、魔素。濃度あげて」

「……そ、うぅ……え、でもこれ以上は……」

「ズィード」

 狼狽えるヒュエリを余所に、セラは隣の『紅蓮騎士』に声をかける。

「なに、セラ姉ちゃん」

「外在力で空気を……ぎゅっとするよ」

 セラはズィードにもすぐに伝わるように表現して、自身の身体に空気を纏わせた。そしてアズの空気を森の方へ広がらないように対流させる。

「おお、そういうことか。わかった」

 存外にセラの表現でも伝わらず、彼女がやって見せたことではじめて得心したズィード。セラを真似して空気を操る。すると、二人の前で透けていたフェズルシィの姿が、次第に濃く、鮮明になっていく。

「おっ、良い感じになってきた。で、あのセラに似た人倒せばいいんだよな」

 言うや否やフェズは、フュエリの登場からまったく動きを見せなかったヴェィルに向けてその場で手を振り下ろした。

 セラとズィードが集めた空気の中に含まれた魔素が、彼によってさらにひとまとまりになって、ヴェィルに襲い掛かる。

「待ってフェズさん、ヴェィルはマカも……消し、て……」

 彼女の心配は意味をなさなかった。フェズが振り下ろした魔素はヴェィルを押しつぶそうとしていた。なにより、彼の黒きヴェールが消えていた。

「んぐぅぁあっ、これ、は……太古の…………」

「ん? なんだって?」

 片手間にセラを見て、フェズは首を傾げる。やはり彼は底知れない天才で、空気を読まない男だった。ヴェィルはさっきまでセラが戦っていた時から大きく弱った様子はない。それでもフェズの攻撃が消されないのは、彼が上回っているからだろうとセラは考えた。

 だが、想造を絶する力へのセラの心配は消えたが、フェズへの安心感や信頼がもう一つの心配をセラの中に生む。

 一度は吹っ切れたが、フェズならばどうにかしてくれるのではないかと、ノアの安否について再び考え出してしまうのだ。

「ぅぁあああああ゛っ」

 苦しむヴェィル。だがあの身体はノアのものだ。取り戻せるのなら、取り戻す。

「フェズさん!」セラは想いのままにフェズに叫ぶ。「その身体はわたしの兄のものなんです! 敵は中身だけ……どうにかなりますか?」

「あぁ、そうなのか。わかった、どうにかする」

 簡単に言ってのけるが、フェズはいい加減に応えているわけではなさそうだった。彼はすぐに行動に移す。魔素を操っている右手をそのままに、左手をヴェィルに向けて伸ばす。するとヴェィルがさらに苦しみ、ノアの背中側に、人影が浮き出てきはじめた。

 フュエリが驚きつつ考え込む。「思念体にまで影響を……幽霊じゃ、ない……?」

「この人すげぇ……」

 隣で感嘆を漏らすズィードに、セラはそのまま空気の操作をするように告げると、水晶の球を腿の行商人のバッグに入れ、ノアの手に握られた水晶の耳飾りを奪い返すために動き出す。あれは異空の命運を握るものである前に、彼女にとっては両親から貰った大事なものなのだ。





「どうして……。だめよ……セラ」

 フェルは訝るジェルマドを残し、その場から消えた。





「あれ……こんな、だったっけ……いや、え? そんな、まさか」

 エレ・ナパスにキノセが到着した。ユフォンは小窓を覗き、そろそろ終わりが近いことを知る。だが、エレ・ナパスの光景に違和感を覚えていた。事前に視た・・ものと違う気がした。すぐにでもフェルに確認したかったが、彼女は再びホワッグマーラに出向いている。ジェルマド・カフにお礼を言うためだ。

 ユフォンは言い知れぬ不安に、アズを映す小窓に目を向ける。

「!?」

 フェズがノアの身体からヴェィルを押し出している最中、セラがノアに向かって駆け出していた。その行動に対しても驚きを禁じ得ないが、ユフォンはセラがさっきまで手にしていた水晶が球だったということに、今になって気付いて眉根に力が入った。

 そんな光景は、視ていない・・・・・。本来なら、耳飾りを手にしていた。

 再びエレ・ナパスに目を移す。

 ナパスの地の戦いに終止符を打つのは、ゼィロスとロゥリカ、そしてエァンダ。三人の導く結果がユフォンの知るものに向かっていくことが、彼の心配を拭ってくれるはずだ。

 サパルとポルトーがゼィロスの助けに入っている。知っている光景だ。想造の転生者たちを掻い潜り、エァンダがもうそばに来ているはずだ。と、ユフォンは小窓の中にエァンダを捜した。

 流水のような水色の髪を捜した。転生者たちに狙われる彼の姿はすぐに見つかった。ただ、遠い。遠かった。

 僅かな差だが、ユフォンが知る光景とは違った。もう、勘違いで片付けられないだろう。

「……変わってるんだ、未来」





 エァンダは炎の頭の男を闘気で弾き飛ばし、石の男をトラセードで遠くへ移動させた。そしてようやく、攻撃の手が緩んだ。

 先ほどから視界の隅に捉えていたゼィロスたちをついに中心に収める。ロゥリカの背を見る形で、その先にサパルと彼の同郷の友ポルトー、そしてさらにその後ろにゼィロスがいる。

 サパルとポルトーが迫るロゥリカを剛鉄鋼門で阻むが、二人は門ごと吹き飛ばされてしまう。ヴェファーに支えられ膝を着くゼィロスが無防備になった。ロゥリカが剣を構え、ゼィロスに迫った。

「ゼィロス!」

 エァンダは叫びながら駆け出す。ここでまた疲労がぶり返してきて、足がもつれ転びそうになるがなんとか立て直し、タェシェを引いてナパードした。

 ロゥリカの背中から、心臓を貫いた。

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