碧き舞い花Ⅱ
254:万死
「フェズ、まだなのかい……? 君は天才だろ、なにもたもたしているんだい」
白い空間で小窓に映るアズを覗きながら、ユフォンは拳を握る。彼自身は気づいていないが、あまりに強く握り込まれたことで、爪が皮膚を破り、血が溢れていた。
「フェルさん、僕様子を見に――」
フェルはユフォンの言葉を遮り、彼の手を取る。
「ユフォンくん、落ち着いて」
フェルが包み込むと、ユフォンの手の傷が消えた。
「さっきも言いましたが、じっと見ていることができないのはわかります。でも、じっと見ていないといけいないのよ。感情の昂りに任せて、あなたが出て行ってしまっては、未来が変わってしまう」
「うぅ……」ユフォンはもどかしく身体を震わす。「フェズ、早く頼むよ……」
「ぬぁあ゛あああああっ」
禁書の中の魔導書館の司書室に目、鼻、口を大きく開いて苦痛に溺れる天才フェズルシィ・クロガテラーの姿があった。
それを目、鼻、口から液体を流しに流すフュエリが見ていた。
「フェじゅく~んっ、がんばっでぐだぁざ~い゛……!」
「フューよ」ジェルマドが冷静に告げる。「頑張ってどうにかなるものではないだろう。我々は見守り、帝の成功を祈ることしかできんのだ」
「でぼぉ~……」
「……」
ジェルマド・カフはしばし考え込むと、ヒュエリをひょいひょいと手招きした。
「ふぇ……?」
不思議に思いながらヒュエリが近づくと、ばっと肩を抱きかかえられた。
「ふぇっ!?」
さらには思念の手がヒュエリのお尻を撫でた。
「ふぁあ~っ!? 大先生っ! こんだどきに、だにしでるんですが~っ!」
「仕方ないであろう。こんなことしかできぬくらい暇なのじゃから」
「ぁあああ…………」
「あ!」
「お!」
フェズの絶叫が止まった。
「死んだか」
ジェルマドの言葉にフュエリがフェズの呼吸と脈を確認する。そして、ジェルマドを見て頷いた。
神妙に頷き返すジェルマド。
「帝の身体は我が保存しておく。行ってこい、フュー。成功していることを祈る」
「はい!」
フュエリは机の上に置いてあった抱えるほどの装置を携え、渦を巻くようにしてその姿を消した。
『俺たちが眠ってるってのに、簡単に命諦めんなよ』
ズィードのフサフサの耳がぴくりと動く。ただ、それだけで彼に声を聞く余裕はなかった。
『「紅蓮騎士」を継がせたの、間違いじゃないの?』
ズィプガルの声ではなかった。それだけはなんとなく認識できた。
『いやいや、こいつは「紅蓮騎士」だ。紛れもなく』
『そうだね。スヴァニも振れてる。資格は充分にある』
また一人、違う声が現れた。
『資格は、ね。じゃあなにが足りてないのよ、この子には』
『想い、は充分あると思うけどな。なにが足りてないんだ、ビズ?』
『ズィー、まったく君は……」その声は呆れ返ったかともうと、ズィードに語り掛けてきたようだった。「いいかい、ズィードくん。まだちゃんと聞けないだろうけど、言うよ? 君に足りないものは経験だ。圧倒的に足りてない』
『いやいや、お兄さん。そんな、経験だなんて今ここでとよかく言っても仕方ないでしょ?』
『そうだね。でもここまでなったら想いだけで立ち上がるのは無理だ』
『じゃあ、どうすんだ?』
『ズィー、この子は君の弟子でもあるんだ。もうちょっと自分で考えてあげなよ』
『まあそうなんだけどさ、そんなこと言ったら、ビズは俺の師匠じゃん? 弟子の弟子のために頼むよ』
『わたしもお兄さんがなにをしようとしてるのか、気になる』
『まあ時間もないし手短にいこう。いいかい、ズィードくんに俺たちの経験を叩き込む』
『…‥それは、話して聞かせるってこと? 時間がないって今言ったばかりじゃない』
『そうだね。だから、伝え体験させる経験を絞るんだ』
『なんに?』
『俺たちにしか伝えることのできない、絶対的な経験さ。ズィードくんには、三回死んでもらう』
――死ぬ。
ビズの声に、ズィードはどこか安堵した。殺してもらえる。この絶望から逃れることができるのだと。
『望み通り、殺してあげるよ』
包み込むような声に温かさを感じた。それも束の間、ズィードを悪寒が襲った。
「うあああああああああああああああああ」
あれだけ叫びたくても叫べなかったのに、彼は叫んだ。息を吐きだし終えても、叫んだ。喉をねじ切るような狂乱の悲鳴をアズの地に這わせた。
白い空間で小窓に映るアズを覗きながら、ユフォンは拳を握る。彼自身は気づいていないが、あまりに強く握り込まれたことで、爪が皮膚を破り、血が溢れていた。
「フェルさん、僕様子を見に――」
フェルはユフォンの言葉を遮り、彼の手を取る。
「ユフォンくん、落ち着いて」
フェルが包み込むと、ユフォンの手の傷が消えた。
「さっきも言いましたが、じっと見ていることができないのはわかります。でも、じっと見ていないといけいないのよ。感情の昂りに任せて、あなたが出て行ってしまっては、未来が変わってしまう」
「うぅ……」ユフォンはもどかしく身体を震わす。「フェズ、早く頼むよ……」
「ぬぁあ゛あああああっ」
禁書の中の魔導書館の司書室に目、鼻、口を大きく開いて苦痛に溺れる天才フェズルシィ・クロガテラーの姿があった。
それを目、鼻、口から液体を流しに流すフュエリが見ていた。
「フェじゅく~んっ、がんばっでぐだぁざ~い゛……!」
「フューよ」ジェルマドが冷静に告げる。「頑張ってどうにかなるものではないだろう。我々は見守り、帝の成功を祈ることしかできんのだ」
「でぼぉ~……」
「……」
ジェルマド・カフはしばし考え込むと、ヒュエリをひょいひょいと手招きした。
「ふぇ……?」
不思議に思いながらヒュエリが近づくと、ばっと肩を抱きかかえられた。
「ふぇっ!?」
さらには思念の手がヒュエリのお尻を撫でた。
「ふぁあ~っ!? 大先生っ! こんだどきに、だにしでるんですが~っ!」
「仕方ないであろう。こんなことしかできぬくらい暇なのじゃから」
「ぁあああ…………」
「あ!」
「お!」
フェズの絶叫が止まった。
「死んだか」
ジェルマドの言葉にフュエリがフェズの呼吸と脈を確認する。そして、ジェルマドを見て頷いた。
神妙に頷き返すジェルマド。
「帝の身体は我が保存しておく。行ってこい、フュー。成功していることを祈る」
「はい!」
フュエリは机の上に置いてあった抱えるほどの装置を携え、渦を巻くようにしてその姿を消した。
『俺たちが眠ってるってのに、簡単に命諦めんなよ』
ズィードのフサフサの耳がぴくりと動く。ただ、それだけで彼に声を聞く余裕はなかった。
『「紅蓮騎士」を継がせたの、間違いじゃないの?』
ズィプガルの声ではなかった。それだけはなんとなく認識できた。
『いやいや、こいつは「紅蓮騎士」だ。紛れもなく』
『そうだね。スヴァニも振れてる。資格は充分にある』
また一人、違う声が現れた。
『資格は、ね。じゃあなにが足りてないのよ、この子には』
『想い、は充分あると思うけどな。なにが足りてないんだ、ビズ?』
『ズィー、まったく君は……」その声は呆れ返ったかともうと、ズィードに語り掛けてきたようだった。「いいかい、ズィードくん。まだちゃんと聞けないだろうけど、言うよ? 君に足りないものは経験だ。圧倒的に足りてない』
『いやいや、お兄さん。そんな、経験だなんて今ここでとよかく言っても仕方ないでしょ?』
『そうだね。でもここまでなったら想いだけで立ち上がるのは無理だ』
『じゃあ、どうすんだ?』
『ズィー、この子は君の弟子でもあるんだ。もうちょっと自分で考えてあげなよ』
『まあそうなんだけどさ、そんなこと言ったら、ビズは俺の師匠じゃん? 弟子の弟子のために頼むよ』
『わたしもお兄さんがなにをしようとしてるのか、気になる』
『まあ時間もないし手短にいこう。いいかい、ズィードくんに俺たちの経験を叩き込む』
『…‥それは、話して聞かせるってこと? 時間がないって今言ったばかりじゃない』
『そうだね。だから、伝え体験させる経験を絞るんだ』
『なんに?』
『俺たちにしか伝えることのできない、絶対的な経験さ。ズィードくんには、三回死んでもらう』
――死ぬ。
ビズの声に、ズィードはどこか安堵した。殺してもらえる。この絶望から逃れることができるのだと。
『望み通り、殺してあげるよ』
包み込むような声に温かさを感じた。それも束の間、ズィードを悪寒が襲った。
「うあああああああああああああああああ」
あれだけ叫びたくても叫べなかったのに、彼は叫んだ。息を吐きだし終えても、叫んだ。喉をねじ切るような狂乱の悲鳴をアズの地に這わせた。
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