碧き舞い花Ⅱ

御島いる

249:薄紅

 スヴァニと黒き靄の剣が打ち鳴った。

 想造の制限時間を迎え、ただの女剣士となり下がったセラ。それでもとフォルセスでヴェィルの攻撃を迎え撃とうとした時だった。

 紅き閃光と共にハヤブサが彼女とヴェィルの間に現れたのだ。

 そして間髪入れずにその主、二代目『紅蓮騎士』がセラに背中を見せた。紅き気迫と共に。

『ふぅ、間に合ったか。まったく、ズィードのやつ。ずっと呼んでたのに全然来なねえから焦ったぞ』

 セラの耳には先代の『紅蓮騎士』の声が届いていた。その姿を見ることはできないが、セラの身体にそっと寄り添ってくれたようだった。

 セラを薄紅のヴェールが包む。想造には及ばないが、力が漲った。

「後は任せて……とは言えないけど、一緒にやろう! セラ姉ちゃん!」

 にっと、牙のある笑顔が振り向いた。

「ズィードっ!」

 セラはフォルセスを振るう。ズィードのことをナパードで跳ばし、視線を逸らしたズィードの首を狙ったヴェィルの一太刀を弾いた。そこにスヴァニが飛んでくる。お返しとばかりにヴェィルの首を狙ったズィードの投擲だった。

 セラは焦った。だがそれも一瞬。ヴェィルは頭を下げてハヤブサをやり過ごした。途端、ズィードがスヴァニのもとに紅い閃光を放って現れて、逆手に持ったスヴァニを横に振った。

 逆手持ちとは思えない真っすぐで力強い一撃だったが、それをセラが受け止めた。

「なんっ、え!?」

 セラはズィードと共に跳んでヴェィルから離れる。

「セラ姉ちゃん!?」

「ごめんね、ズィード。けど、あの身体はわたしのお兄ちゃんの身体なの。中身は敵だけど、殺すのは駄目」

「……うぇぇ、ややこしいし難しいなぁ……けど、わかった」

「ありがとう、ズィード。今の攻撃、よかったよ」

 セラの一言にズィーは嬉しそうに目を見開いた。「でしょ? こんな俺ならセラ姉ちゃんの言ったこと守りながらでも全然戦えるよね!」

「うん、お願いね」

 言うと、セラは薄紅の線を描いてヴェィルに迫った。想造は回復していないがナパードはできた。これならまだ戦える。

 ――ありがとう、ズィー。

「はぁああっ!」

 ヴェィルの傍らに滑りながら低く入ると、セラはフォルセスを振り上げる。そうしながらヴェィルの背後にズィードを跳ばした。

 二人の連撃を、ヴェィルは大きく躱した。それでもセラとズィードは攻撃の手を止めない。ズィードがスヴァニを突き出し、それが逸れると、セラがフォルセスでスヴァニを弾き、天に飛ばした。ズィードもセラがやろうとしたことを事前に知っていたかのように、呼吸を合わせて手を離した。高々と上がったスヴァニの元にズィードが跳ぶと、彼がいた場所を通ってフォルセスが敵を狙う。

 ヴェィルがセラの攻撃を受け止めると、空からハヤブサが急降下して来る。

「うるさい外野だ」

 靄がノアの身体から溢れ出て、ズィードを受け止めると、そのまま薙ぎ捨てて森の木に打ち付ける。苦痛に顔を歪ませるが、ズィードは着地するとすぐに、仕返しとして気迫のを放った。

「でぁっ!」

「柔いな。赤子が戦場に赴くべきではなかったな」

 ヴェィルはただ睨んで、殺気を差し向けた。それだけで、ズィードの気迫はかき消された。さらには彼はわなわなと口を震わせて、泣いていた。後退りながら崩れ落ち、スヴァニを落とし、木に背を預けると放心してへたり込んでしまった。

「ズィード!?」セラは少し薄いサファイアを睨む。そんな彼女の薄紅も剥がれていた。「なにをしたっ!」

「お前も昔はこうだっただろ? 俺を前に絶望に竦んだ。ただ恐怖しただけだ、あの赤子も」

「っぐ……」セラはヴェィルに押し込まれ、身体を曲げて膝を着く。

「色々と邪魔が消えた。そろそろ目的を果たせそうだ」

 セラが両手で耐えるのに対し、ヴェィルは靄の剣を片手で扱う。当然に、残ったもう一方の手がセラの右耳に伸びる。

 薄紅を剥がされたことでナパードは失われた。歯を食いしばり耐えるが、耐えるだけでは奪われるだけだ。

 想いの力を振り絞る。バーゼィとの戦いのときのように。戻れ、ナパード。

 ――戻ってっ!



 そして、碧き花が舞う。

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