碧き舞い花Ⅱ
247:転生者
~〇~〇~〇~
「神となり想造の力を失った神々は、その力を持ち、不老の存在である故郷の友たちが後々の脅威になると考えたのです。想造の民の存在を己の世界の人々が知ってしまったとき、神は神ではなくなると」
フェルの言葉にゼィロスは、頷いて見せる。
「なるほど。神を生んだ、神以前の存在があるとわかれば、畏敬の念は想造の民に向きかねない。信仰が薄れれば神の力も弱まる」
「ええ。なので複数の神は集まり、太古の地への攻撃を計画、そして実行しました」
「その戦いでヴェィルとフェル叔母さんだけが残った……」
セラが叔母を悲痛な眼差しで見つめる。それに対してフェルは弱く笑い返し、それからまた真剣な表情で告げる。
「同胞を失い、兄ヴェィルの復讐がはじまり、わたしの兄を止めるための戦いがはじまった」
~〇~〇~〇~
ゼィロスはフェルの話したことを思い返していた。戦いに集中しなければならないことはわかっている。それでも、ブァルシュが戦闘の前に語ったことから思い起こさずにはいれなかった。
ブァルシュは言った。
自分は神々の戦いで命を落とした想像の民だと。
落命した想造の民は転生を繰り返し、ヴェィルの復讐が実を結び、故郷が戻る日を待っていたのだと。
時機を見て表へ出て、ヴェィルと共に目的を果たす。そうして今に至っているという。
さらに彼が告げた重大な事実はそれだけではない。ゼィロスにとってはこちらの方が重大だった。
ゼィロスがノアに紹介したビズラスは、ブァルシュが変化していたもだったのだ。
そこを知られたくないからこそ詳しくは語らなかったが、彼らは歴史家たちを監視し、過去に近付き過ぎた者を殺していた。その一環でブァルシュがゼィロスの様子を見るため、近付くのにビズラスに変化したのだという。そのビズラスをゼィロスはノアと会わせていたのだ。そしてそれが今回の、ヴェィルにノアの肉体を奪われるという事態を招いたのだ。
「戦いの最中に考え事とは、舐められたものだな。老いぼれ相手だと高を括ってるのか?」
「っく……」
遊ばれている。ブァルシュは明らかに手を抜いていた。
なにか、そう。きっとゼィロスが自身の話を聞いて、思考を巡らせ、まとめるのを待っているのだろう。セラたちに伝えるべきことを考えさせておいて、それが達成させれないように命を奪おうという魂胆だ。
邪推かもしれない。だが、ゼィロスの知るブァルシュの実力でさえもっと高い。エァンダが言っていたヴィクードの存在もある。きっと他にもゼィロスが知らない技術があるだろう。だからこそ、ブァルシュの言葉ではないが老いぼれとなりかけているゼィロスのことなど、あっという間に殺せるはずなのだ、目の前の男は。
「安心しろ。お前が後世に残せるものは、なにもない!」
ブァルシュの一太刀を受け止めると、さっきまでに増して重くなっていた。
やはり全力を出されれば一瞬か。ゼィロスがそう思ったとき、エレ・ナパスに群青が舞った。ただ舞っただけではない、実体のある影の秘伝だ。
ブァルシュがゼィロスから離れる。その先に音も気配もなく、ブァルシュと背中合わせになるようにエァンダが立っていた。
「そうでもない。ゼィロスは多くを残してる。偉大なナパスの導師だ」
ゼィロスの横にはサパルが現れ「ゼィロスさん」と、軽く支えてくれた。
背中をエァンダにぶつけたブァルシュは目を瞠って、そこから振り向きながら跳び退いた。
「フェース……ヴェィルに適応しようとも、やはりただのナパスでは勝てんか。言い得て妙というより、まさにその通りだ……感服するぞお前の慧眼、ルファよ。しかし、化身をその世界で相手にするのは少々骨の折れることだ。計画とは違うが、皆を呼ぶとしよう」
鋭利に上がるブァルシュの口角。彼の周囲に赤橙の花がゆらりと浮かび上がり、それから消えた。
「今のは、ナパードじゃない……あれも影の秘伝ってやつですか?」
サパルが疑問を口にする。その答えをゼィロスは首を横に振って示した。
「……」
ケルバが話を終えると、義団のメンバーはあんぐりと口を開けたり、眉を顰めたり、目をぱちくりさせたりとそれぞれに驚きを表現した。一様に言えるのは、みんなだんまりになったということ。誰一人として、なにも発さなかった。疑問の声も、話を理解できずに唸ることもなかった。
しばらく、異空船がただ異空を行くだけの時間が続くと、突然にズィードの背中のハヤブサが震えた。
それにはみんなを黙らせたケルバ自身も驚いた。今度は一様に、全員が声を出して。
「なにやってんだよズィード」ダジャールが咎める。「さすがに空気読め」
「いや、俺に言うなよ。スヴァニがさぁ――」
言いながらズィードの顔が険しくなっていった。
「セラ姉ちゃんがやばいかも」
「セラが?」シァンが訝しむ。「どういうことっ?」
「わかんない。けどスヴァニを通して、助けたいって気持ちが流れてくる。俺、ちょっと行ってくる!」
「行くってどうやって? セラさんがどこにいるのかわかるの?」
ネモが騒がしく問う中、ケルバの前に赤橙が閃いた。
その便りから雲を隔てた世界でまさに今起きていることを読み取って、ケルバは独り言ちる。
「動き出したのか、ロゥリカ……」
「ん?」アルケンが聡く聞きつけ首を傾げてチロリと舌を覗かせる。「どうしたの、ケルバ?」
さっきまで話していた内容が内容だけに、ズィードとネモも含めた全員の注目がケルバに集まった。だから彼は告げる。
「集合がかかった。今、連盟はセラ姉ちゃんの水晶を護るために戦ってる」
「だからスヴァニが!」とズィード。「やっぱ行かないと!」
「だからどう――」
また問いかけるネモを、ズィードは手で制した。そして精悍に笑う。
「スヴァニがいる場所に、俺は跳べる。そしてスヴァニは今、きっとズィプさんに呼ばれて、跳びたがってる」
スヴァニを抜くズィード。すぐにその手を離すと、ハヤブサは紅い閃光を放って消えた。
「ほらな」
ぐっと親指を立てて見せると、ズィードの姿も甲板から消える。
「ったく、団長がなにも指示なしに言っちゃってどうするんだ」ここまで黙っていたソクァムがやれやれと首を振る。そしてケルバを四角い瞳孔で真っすぐと捉える。「ケルバ、集合をかけられたってことは、場所、わかるんだよな?」
「いや、みんなは危険だからここに――」
「おい待て。ソクァム、こいつを信用するのか?」
ケルバの言葉を遮り、ダジャールがソクァムの前に割って入って、ものすごい剣幕でケルバを睨む。
「転生を繰り返すうちに考えが変わった? だから昔馴染みとは関係を切った?」
ケルバが話した内容を確認するように詰め寄ってくる白虎に、ケルバは落ち着いて返す。
「ああ。義団での生活が大好きだとも言った」
「ふざけるなっ!」
獣人の大きな手がケルバの胸元を掴んで、持ち上げる。ソクァムがそれを止めようとするが、力でダジャールに勝ることなど彼には無理だった。軽く反対の腕で押し退けられる。
「ふざけなんかないって。俺はお前たちといるのが楽しかった。これからもそうありたいと思ってるし」
「じゃあなんで!……なんで、そんな奴が呼ばれんだよ! お前は敵だろ、ケルバっ!」
「ダジャールがそう思ってるならそれでもいい。でも俺はっ! 俺はさすらい義団の団員ケルバだ!」
ケルバはダジャールの手首を掴み、強く視線を向ける。
「どうして抜けた俺が呼ばれたか? そんなの知らないし、どうでもいい。けど呼ばれたなら、向こうが情報をくれたんなら、俺は連盟の助けになりに行く! なにも知らないうちに、やっと手に入れ楽しい場所を失うようなことだけはしたくないからっ!」
「……っ」
ダジャールが全身の毛を震わせながら、歯を食いしばる。しばらくしてふっと、ケルバを離した。そしてぶっきらぼうに言う。
「一人で勝手に行っちまっていいのはあのバカ団長だけだ。お前が仲間じゃねえなら別だけどな」
ダジャールの言葉に続いて、ソクァムが頷く。それからケルバは他のメンバーにも目を向ける。シァンも頷き、ピャギーは羽を大きく広げて鳴く。ネモは不安げな顔だが、拳を身体の前で握って見せた。
「うーん、逃げ場はないみたい。僕も、ケルバも」
最後にアルケンが苦笑気味に肩を竦めた。
そしてケルバは優しくも困ったような笑みで頷いた。
「神となり想造の力を失った神々は、その力を持ち、不老の存在である故郷の友たちが後々の脅威になると考えたのです。想造の民の存在を己の世界の人々が知ってしまったとき、神は神ではなくなると」
フェルの言葉にゼィロスは、頷いて見せる。
「なるほど。神を生んだ、神以前の存在があるとわかれば、畏敬の念は想造の民に向きかねない。信仰が薄れれば神の力も弱まる」
「ええ。なので複数の神は集まり、太古の地への攻撃を計画、そして実行しました」
「その戦いでヴェィルとフェル叔母さんだけが残った……」
セラが叔母を悲痛な眼差しで見つめる。それに対してフェルは弱く笑い返し、それからまた真剣な表情で告げる。
「同胞を失い、兄ヴェィルの復讐がはじまり、わたしの兄を止めるための戦いがはじまった」
~〇~〇~〇~
ゼィロスはフェルの話したことを思い返していた。戦いに集中しなければならないことはわかっている。それでも、ブァルシュが戦闘の前に語ったことから思い起こさずにはいれなかった。
ブァルシュは言った。
自分は神々の戦いで命を落とした想像の民だと。
落命した想造の民は転生を繰り返し、ヴェィルの復讐が実を結び、故郷が戻る日を待っていたのだと。
時機を見て表へ出て、ヴェィルと共に目的を果たす。そうして今に至っているという。
さらに彼が告げた重大な事実はそれだけではない。ゼィロスにとってはこちらの方が重大だった。
ゼィロスがノアに紹介したビズラスは、ブァルシュが変化していたもだったのだ。
そこを知られたくないからこそ詳しくは語らなかったが、彼らは歴史家たちを監視し、過去に近付き過ぎた者を殺していた。その一環でブァルシュがゼィロスの様子を見るため、近付くのにビズラスに変化したのだという。そのビズラスをゼィロスはノアと会わせていたのだ。そしてそれが今回の、ヴェィルにノアの肉体を奪われるという事態を招いたのだ。
「戦いの最中に考え事とは、舐められたものだな。老いぼれ相手だと高を括ってるのか?」
「っく……」
遊ばれている。ブァルシュは明らかに手を抜いていた。
なにか、そう。きっとゼィロスが自身の話を聞いて、思考を巡らせ、まとめるのを待っているのだろう。セラたちに伝えるべきことを考えさせておいて、それが達成させれないように命を奪おうという魂胆だ。
邪推かもしれない。だが、ゼィロスの知るブァルシュの実力でさえもっと高い。エァンダが言っていたヴィクードの存在もある。きっと他にもゼィロスが知らない技術があるだろう。だからこそ、ブァルシュの言葉ではないが老いぼれとなりかけているゼィロスのことなど、あっという間に殺せるはずなのだ、目の前の男は。
「安心しろ。お前が後世に残せるものは、なにもない!」
ブァルシュの一太刀を受け止めると、さっきまでに増して重くなっていた。
やはり全力を出されれば一瞬か。ゼィロスがそう思ったとき、エレ・ナパスに群青が舞った。ただ舞っただけではない、実体のある影の秘伝だ。
ブァルシュがゼィロスから離れる。その先に音も気配もなく、ブァルシュと背中合わせになるようにエァンダが立っていた。
「そうでもない。ゼィロスは多くを残してる。偉大なナパスの導師だ」
ゼィロスの横にはサパルが現れ「ゼィロスさん」と、軽く支えてくれた。
背中をエァンダにぶつけたブァルシュは目を瞠って、そこから振り向きながら跳び退いた。
「フェース……ヴェィルに適応しようとも、やはりただのナパスでは勝てんか。言い得て妙というより、まさにその通りだ……感服するぞお前の慧眼、ルファよ。しかし、化身をその世界で相手にするのは少々骨の折れることだ。計画とは違うが、皆を呼ぶとしよう」
鋭利に上がるブァルシュの口角。彼の周囲に赤橙の花がゆらりと浮かび上がり、それから消えた。
「今のは、ナパードじゃない……あれも影の秘伝ってやつですか?」
サパルが疑問を口にする。その答えをゼィロスは首を横に振って示した。
「……」
ケルバが話を終えると、義団のメンバーはあんぐりと口を開けたり、眉を顰めたり、目をぱちくりさせたりとそれぞれに驚きを表現した。一様に言えるのは、みんなだんまりになったということ。誰一人として、なにも発さなかった。疑問の声も、話を理解できずに唸ることもなかった。
しばらく、異空船がただ異空を行くだけの時間が続くと、突然にズィードの背中のハヤブサが震えた。
それにはみんなを黙らせたケルバ自身も驚いた。今度は一様に、全員が声を出して。
「なにやってんだよズィード」ダジャールが咎める。「さすがに空気読め」
「いや、俺に言うなよ。スヴァニがさぁ――」
言いながらズィードの顔が険しくなっていった。
「セラ姉ちゃんがやばいかも」
「セラが?」シァンが訝しむ。「どういうことっ?」
「わかんない。けどスヴァニを通して、助けたいって気持ちが流れてくる。俺、ちょっと行ってくる!」
「行くってどうやって? セラさんがどこにいるのかわかるの?」
ネモが騒がしく問う中、ケルバの前に赤橙が閃いた。
その便りから雲を隔てた世界でまさに今起きていることを読み取って、ケルバは独り言ちる。
「動き出したのか、ロゥリカ……」
「ん?」アルケンが聡く聞きつけ首を傾げてチロリと舌を覗かせる。「どうしたの、ケルバ?」
さっきまで話していた内容が内容だけに、ズィードとネモも含めた全員の注目がケルバに集まった。だから彼は告げる。
「集合がかかった。今、連盟はセラ姉ちゃんの水晶を護るために戦ってる」
「だからスヴァニが!」とズィード。「やっぱ行かないと!」
「だからどう――」
また問いかけるネモを、ズィードは手で制した。そして精悍に笑う。
「スヴァニがいる場所に、俺は跳べる。そしてスヴァニは今、きっとズィプさんに呼ばれて、跳びたがってる」
スヴァニを抜くズィード。すぐにその手を離すと、ハヤブサは紅い閃光を放って消えた。
「ほらな」
ぐっと親指を立てて見せると、ズィードの姿も甲板から消える。
「ったく、団長がなにも指示なしに言っちゃってどうするんだ」ここまで黙っていたソクァムがやれやれと首を振る。そしてケルバを四角い瞳孔で真っすぐと捉える。「ケルバ、集合をかけられたってことは、場所、わかるんだよな?」
「いや、みんなは危険だからここに――」
「おい待て。ソクァム、こいつを信用するのか?」
ケルバの言葉を遮り、ダジャールがソクァムの前に割って入って、ものすごい剣幕でケルバを睨む。
「転生を繰り返すうちに考えが変わった? だから昔馴染みとは関係を切った?」
ケルバが話した内容を確認するように詰め寄ってくる白虎に、ケルバは落ち着いて返す。
「ああ。義団での生活が大好きだとも言った」
「ふざけるなっ!」
獣人の大きな手がケルバの胸元を掴んで、持ち上げる。ソクァムがそれを止めようとするが、力でダジャールに勝ることなど彼には無理だった。軽く反対の腕で押し退けられる。
「ふざけなんかないって。俺はお前たちといるのが楽しかった。これからもそうありたいと思ってるし」
「じゃあなんで!……なんで、そんな奴が呼ばれんだよ! お前は敵だろ、ケルバっ!」
「ダジャールがそう思ってるならそれでもいい。でも俺はっ! 俺はさすらい義団の団員ケルバだ!」
ケルバはダジャールの手首を掴み、強く視線を向ける。
「どうして抜けた俺が呼ばれたか? そんなの知らないし、どうでもいい。けど呼ばれたなら、向こうが情報をくれたんなら、俺は連盟の助けになりに行く! なにも知らないうちに、やっと手に入れ楽しい場所を失うようなことだけはしたくないからっ!」
「……っ」
ダジャールが全身の毛を震わせながら、歯を食いしばる。しばらくしてふっと、ケルバを離した。そしてぶっきらぼうに言う。
「一人で勝手に行っちまっていいのはあのバカ団長だけだ。お前が仲間じゃねえなら別だけどな」
ダジャールの言葉に続いて、ソクァムが頷く。それからケルバは他のメンバーにも目を向ける。シァンも頷き、ピャギーは羽を大きく広げて鳴く。ネモは不安げな顔だが、拳を身体の前で握って見せた。
「うーん、逃げ場はないみたい。僕も、ケルバも」
最後にアルケンが苦笑気味に肩を竦めた。
そしてケルバは優しくも困ったような笑みで頷いた。
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