碧き舞い花Ⅱ

御島いる

242:精密検査

 アレスは駆け寄り、ピョウウォルからムェイを預かり抱く。

「セラ! おい、セラ!」

 呼びかけにムェイが応える様子はない。

「ピョウウォルが眠らせてるけど、起こした方がいいかな?」

 その問い掛けにアレスはすぐに頷く。「ああ! 頼む!」

「それって大丈夫なのか?」とキノセもすかさずに止める。

「ああ、そうか……じゃあ、どうすんだよ!」

 アレスはキノセの言葉に思い止まりながらも、睨んで返した。対してキノセは焦りの色を見せながらも、的確な答えをくれた。

「俺たちじゃどのみち詳しいことはわからない、とりあえず、小人の要塞に連れて行こう」





 金属の身体がずらりと壁から吊られて並ぶ少々油臭い整備室。

 その中央の台に、機械的な部屋には全く似つかわしくない麗しい身体がひとつ横たわる。小人の乗っていない機械人に命はもちろんないのだが、格の高いムェイの機巧の身体を恋い焦がれるように見つめているようにアレスには見えた。

 今、チャチ・ニーニをはじめとした、小人の科学者と整備士たちがムェイの身体を囲んでいる。

「じゃあ、起こすよ?」

 ピョウウォルがチャチたちに呼び掛ける。チャチが他の小人たちに目配せで合図を送ると、最後にピョウウォルに頷き返した。

「お願いします」

「うん、いくよ」

 言いながらも、ピョウウォルが動きを見せることはなかった。だが、アレスの目にはムェイの身体から栗色の毛が、漂いながら離れていくのが僅かな光の反射で見えた。

 そして、部屋が張り詰める中、ムェイの瞼がゆっくりと上がった。

 サファイアはまっすぐと天井を見つめる。

 三度の瞬きののち、瞳を動かし、また三度瞬いた。

 アレスは望みを乗せて、小さく呼び掛ける。「セラ……?」



「なに、アレス?」



 ムェイは首を傾け、アレスと視線を合わせた。それから小人たちを驚かせながら上体を起こした。

「……えっと、どうしたの? ここは? ィエドゥは? アズは、セラはっ?」

 戸惑うムェイ。その様子はアズからの地続きの記憶を有しているように思える。

「どうしたのって、お前、なんともないのか……?」

 アレスはムェイに近づきながら、その目を覗き込む。サファイアに濁りはない。まっすぐとアレスを映している。ほんとに何事もないように見える。

「どういうこと? もしかしてわたし、ィエドゥになにかされたの?」

 訝しみながら、自身の身体を見回すムェイ。

「初期化プログラム」キノセが壁に寄りかかりながら、ムェイの頭を示して言った。「ってのをその頭に入れられたんだよ」

「初期化プログラムを? ってどうしてキノセがいるの?」

 もさっと。「ピョウウォルもいるよ?」

「あ、ほんとだ……ますますなにがなんだか……」

「状況はどうでいいんだよっ!」

 アレスは台に両手をつき、ムェイ詰め寄る。

「セラ! お前はどうなんだよ! 大丈夫なのか!? なにも、忘れてないのか……!」

「忘れる? うーん、なにも忘れてないと思うけど……今の、この状況になった経緯は覚えてないけど……」

「どういうことだよ!」

 アレスは振り返りキノセを見た。

「なんで俺を見るんだよ」キノセは嫌な顔を見せたかと思うと肩を竦めた。「ま、手品師お得意のブラフだったんじゃないのか? 逃げるための時間稼ぎ。とにかく、何事もなかったならいいんじゃないか?」

「でもよ! 明らかにセラの頭になにか入っていったろ! なにもないわけ――」

「あの!」

 と、小さな身体から大声を発したのはチャチだ。アレスがそちらに目を向けると真に迫った顔でチャチは続ける。

「念のために精密検査をしてみてはどうでしょうか! 言い合っていても、埒が明きませんから!」

 見上げてくる小さな眼に、アレスは気圧される。

「……あ、ああ、そうだな。じゃあ、頼むよ」

「えー、大丈夫だよ、わたし。それよりもすぐにセラのところに行かないと」

「駄目だ」アレスは台から降りようとするムェイを押し戻した。「ちゃんと診てもらえっ。もしなにかあったら、セラ様に迷惑になるだろ。それに、おれが心配だ」

「……アレス」

「安心してください、そんなに時間は頂きませんから!」チャチがムェイに投げかける。「すぐにセラの助けに行けるように、全力でわたしたちが調べます!」

「……わかった。お願いします」

 ムェイは大人しく台の上に寝転がる。そしてアレスを見つめる。

「ありがとね、アレス」

「おう」

「あと、アレスも治療受けといてよね、セラのために」

「いや、治療はするけど、おれはどうせ足手まといになるだろ。だから大人しく待つことにするよ。セラ様のためにさ」

「そっか……じゃあ、ちゃんと待っててね、わたしたちが戻るの」

「わかったから、早く診てもらえって」

「うんっ」

 仰々しい装置たちが準備され、台を囲んでいく。アレスはムェイに微笑みかけると、台を離れた。

 本当になにもないことを祈りながら、強く拳を握った。

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