碧き舞い花Ⅱ

御島いる

239:キノセの才能

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「キノセ・ワルキュー。彼~は才に恵まれていま~す。指揮棒を今すぐにで~も、与えるべきで~す!」

 メルディン・ヲーファは、『七階塔』の最上階の廊下で旋律協会の理事の一人であるエルア・コンフォと並び歩いてた。キノセを弟子にした翌日のことだ。

 エルアはメルディンの申し出に肩を竦めた。

「心色指揮法を開発してつけ上がってるのではないですか、メルディン。指揮者候補の推薦の対象は、学院を卒業する見込みのある者だけです。教育を受けていない、それもまだ十二歳の子どもに指揮棒をなどと。ありえない」

「キノセ~はすで~に、手で界音~を操ること~ができるので~す。事故~が起きてから~では遅いのです~よ! 指揮者の資格を与~え、教育しなけれ~ば」

「馬鹿言いなさい。そんな子どもが大事を起こせるほどの界音を操ることなど、できるはずないです」

「わた~しの耳を疑うのです~か?」

「ええ、そうですね。疑ってます。心色指揮法など、わたしたちはまだ認めていませんからね」

「……そうです~か」メルディンは一人足を止めた。「失礼しま~す。エルア殿」

 燕尾服を翻し、メルディンはエルアから離れ、来た道を戻る。

 そうしてメルディンが『七階塔』の正面に出ると、キノセが浮かない顔で待っていた。

「どうしたのです~か?」

「ぁ、メルディン様……いえ、なんでもありません。待つだけだったので、少し退屈していましたが。それだけです。えっと、帰りますか? それともどこかほかに行くところがあったりしますか?」

「……い~え、帰りましょ~う」





 帰り道でも、邸宅に帰ってからもキノセは指揮者の資格について触れてこなかった。メルディンはそのことにより、キノセの指揮そのものとは別に秀でている才について確信を得た。

 キノセは耳がいい。それもミュズアの指揮者の中でも上位に躍り出るほどに。

 メルディンでさえ、『七階塔』の正面に立ちながら最上階の会話を耳にすることは不可能なのだ。そう、キノセは正面でメルディンを待ちながら、遥か高みで交わされた彼とエルアの会話を聴いていたのだ。だから自分に指揮者の資格が与えられなかったことを知り、メルディンに気を使ってか、なにも言わないのだ。

 ならばとメルディンは夕食の席で、切り出した。

「キノセ、あな~たは、わた~しとエルア殿~の話を聞い~ていました~ね」

「……」

「別に咎めて~はいません~よ」

「……はい。気になったので、聞き耳を立てていました。ごめんなさい」

「ですか~ら、咎めるつもりはない~と。むし~ろ、謝罪するの~は、わたしの方で~す。すぐにでも~と言ったの~に、この始末ですか~ら」

「そんな、メルディン様やめてください。俺が正式な手順で指揮者になればいいんですから」

「ええ、そうです~ね。では、明日は学院への入学手続き~をしに行きましょう~か」

「はい!」

「学院に入学すれ~ば、指揮者の監督の元でな~ら、指揮棒を振れますか~ら」

「本当ですか!」

 小さく拳を握り、やる気に満ちたキノセ。メルディンは細い目をさらに細めて、その姿に微笑んだ。





 正規の手順を踏むのならと、旋律協会はキノセの学院への入学は認めた。

 晴れて指揮者への第一歩を踏み出したキノセ。だが学院生活初日から、彼は多くの陰口を耳にすることになる。どこで調べたのか、彼が孤児であったこと、ワルキュー夫妻が命を落とした事故のこと、メルディンのおかげで入学できたことなど、指揮の勉強などそっちのけで虚実入り混じった話題で盛り上がる学徒たち。

 キノセはその雑音を背景に指揮を学んだ。時には反論し、殴りたくなるような罵詈雑言もあった。しかしメルディンが開いてくれた道だ。師のためにもその道から外れてしまうようなことはしたくなかった。

 つまらなさを感じる学院生活に彼が耐えられたのは、『旋律の森』でのメルディンとの指揮棒を使った訓練があったからだ。学院に席を置いているという条件を満たすためというのはもちろんだったが、なによりメルディンとの訓練は楽しかった。苦になることはなにもなく、師の教えを存分に吸収した。

 そのことにより急成長するキノセと、他の学徒たちとの隔たりは大きくなっていった。そしてその隔たりが大きくなるほどに、陰口は直接的な悪口や嫌がらせとなっていった。

 それでもキノセは耐えた。指揮者への道のりの障害物として乗り越えるべきことなのだろうと。ただ、ついに彼は事件を起こしてしまうことになる。奇しくも、彼を歳少年の指揮者にすることになる事件だ。

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