碧き舞い花Ⅱ
230:特別な力
バーゼィがゆっくりと立ち上がる。デラバンには一目も向けず、ハツカに向かって歩いてくる。
「こいつもあの片腕のやつも、よくやった方だ。けど天敵にはならなかった。だってそうだろ、今、こうして俺が立ってるんだからな」
「これ幻覚だ!」イソラが声を張り上げた。「だってデラバンさんの気配はまだあるもん!」
「おっと、そうかまだ使ってたのか」
バーゼィが気付いたように言った。
するとどういうことか、感じ取れていたデラバンの猛る気配が急に消えた。ようやく映す光景に反応できたように。
「うそっ、デラバンさん!」
イソラの悲痛の叫び。それを耳にしながら、ハツカは目を細めてバーゼィを睨む。
「変に肩が凝るな……ここ最近、慣れない力をよく使うからか? きっとそうだな」
一人納得するバーゼィにハツカは寒気を感じた。
まだ底が見えない。
エァンダやセラ本人が言うように、本当にセラでなければ勝てないのかもしれない。
そんな弱気になったハツカを叱責するように、握ったサィゼムの反射する光がサファイアに入り込んだ。角度が変わったわけでもないのに。
「……」
そうだ。セラなんだ。
それでいてセラではない。
それがハツカ・イチなのだ。
サィゼムを握るのは、ハツカ・イチだ。
その意義を今発揮しないでどうする。
「イソラ」
「?」
「わたし、ちょっと無理するから」妹に笑いかける。「もしもの時は、呼び戻してね」
「え?」
さっきみたいな、土壇場ではない。
ハツカはまず黒でその身を縁取った。
これは、正念場だ。
縁取った黒を、身体に染み渡らせる。
ハツカ・イチ。人の子、そして神の子。
父の名はザァト。
玉の緒の神だ。
その肌と服を黒くし、瞳と髪、そして剣だけ色を残したハツカ。
彼女は荒れ狂う半神ではなく、ハツカ・イチとして立っていた。
「ハツカ! やった! 成功!」
「うん」
はしゃぐイソラに頷くハツカ。昂揚感はあるが、とても落ち着いていた。
負ける気がしなかった。
「いいな! どんどん美味そうになってくじゃねーか!」
バーゼィが唾を飛ばしながらハツカに駆け出してくる。ハツカはサィゼムをカチッと鳴らし、駆け出す。
イソラはハツカの戦いに心躍っていた。そして同時にしょんぼりしていた。
特別な力を持つ者と持たざる者。
その差は歴然としていて、決して埋まることのないものなんだと思った。
セラも、ハツカも遠い。いいや、遠さとは違う。近くとも決して触れられない。
壁がある。
力をつけても、イソラには超えることのできない壁。
『違うよ』
「えっ?」
不意にイソラは意識の底に落ちた。正確には引っ張り込まれた。
イソラの中に残る、瞳を閉ざしたハツカだ。
二人は真っ赤な鳥居の前に立っていて、鳥居の向こう側に現実世界を見ていた。ハツカとバーゼィの戦いだ。
ハツカはその鳥居の境界にそっと手を触れた。波紋が現実世界の光景を揺らす。
「ここに壁なんてないよ、イソラ」
「そんなことないよ。あたしじゃ行けない場所にハツカはいるじゃん」
「神様の力とか、想造の力とかは目立つから唯一なものだと思っちゃうだけ。イソラにもイソラだけの特別があるよ」
「なに? あたしの特別って」
「ケン・セイ師匠の弟子で、すごい感覚を持ってる」
「テムだってお師匠様の弟子だし、今じゃセラお姉ちゃんの気読術の方が上だよ。それにセラお姉ちゃんは当然だけど、テムだってシグラ流剣術があるし……」
「考えすぎじゃないのかな。名前があるからいいってものじゃないと思うよ?」
「……」
「時間、かかりそうかな?」
ハツカは楽しそうに笑った。イソラにはそれがどうにも受け入れられず、もやもやとするばかりだ。
――見つけなきゃ、あたし。
イソラは拳を強く握り、それを見つめた。
「見て見て! もう終わるよ!」
ハツカの声に拳の力を解き、鳥居の向こうに目を向けるイソラ。すると彼女は現実世界に戻った。
毅然と立ち振る舞うハツカと、焦燥に揺れるバーゼィ。
イソラはハツカの勝利を確信した。あとはバーゼィがなりふり構わず、暴挙に出ないことを祈るばかりだった。
「こいつもあの片腕のやつも、よくやった方だ。けど天敵にはならなかった。だってそうだろ、今、こうして俺が立ってるんだからな」
「これ幻覚だ!」イソラが声を張り上げた。「だってデラバンさんの気配はまだあるもん!」
「おっと、そうかまだ使ってたのか」
バーゼィが気付いたように言った。
するとどういうことか、感じ取れていたデラバンの猛る気配が急に消えた。ようやく映す光景に反応できたように。
「うそっ、デラバンさん!」
イソラの悲痛の叫び。それを耳にしながら、ハツカは目を細めてバーゼィを睨む。
「変に肩が凝るな……ここ最近、慣れない力をよく使うからか? きっとそうだな」
一人納得するバーゼィにハツカは寒気を感じた。
まだ底が見えない。
エァンダやセラ本人が言うように、本当にセラでなければ勝てないのかもしれない。
そんな弱気になったハツカを叱責するように、握ったサィゼムの反射する光がサファイアに入り込んだ。角度が変わったわけでもないのに。
「……」
そうだ。セラなんだ。
それでいてセラではない。
それがハツカ・イチなのだ。
サィゼムを握るのは、ハツカ・イチだ。
その意義を今発揮しないでどうする。
「イソラ」
「?」
「わたし、ちょっと無理するから」妹に笑いかける。「もしもの時は、呼び戻してね」
「え?」
さっきみたいな、土壇場ではない。
ハツカはまず黒でその身を縁取った。
これは、正念場だ。
縁取った黒を、身体に染み渡らせる。
ハツカ・イチ。人の子、そして神の子。
父の名はザァト。
玉の緒の神だ。
その肌と服を黒くし、瞳と髪、そして剣だけ色を残したハツカ。
彼女は荒れ狂う半神ではなく、ハツカ・イチとして立っていた。
「ハツカ! やった! 成功!」
「うん」
はしゃぐイソラに頷くハツカ。昂揚感はあるが、とても落ち着いていた。
負ける気がしなかった。
「いいな! どんどん美味そうになってくじゃねーか!」
バーゼィが唾を飛ばしながらハツカに駆け出してくる。ハツカはサィゼムをカチッと鳴らし、駆け出す。
イソラはハツカの戦いに心躍っていた。そして同時にしょんぼりしていた。
特別な力を持つ者と持たざる者。
その差は歴然としていて、決して埋まることのないものなんだと思った。
セラも、ハツカも遠い。いいや、遠さとは違う。近くとも決して触れられない。
壁がある。
力をつけても、イソラには超えることのできない壁。
『違うよ』
「えっ?」
不意にイソラは意識の底に落ちた。正確には引っ張り込まれた。
イソラの中に残る、瞳を閉ざしたハツカだ。
二人は真っ赤な鳥居の前に立っていて、鳥居の向こう側に現実世界を見ていた。ハツカとバーゼィの戦いだ。
ハツカはその鳥居の境界にそっと手を触れた。波紋が現実世界の光景を揺らす。
「ここに壁なんてないよ、イソラ」
「そんなことないよ。あたしじゃ行けない場所にハツカはいるじゃん」
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「考えすぎじゃないのかな。名前があるからいいってものじゃないと思うよ?」
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