碧き舞い花Ⅱ

御島いる

227:深まる思慮

 イソラの気配は感じることができる。反対の町はずれの手前、竜人町の方まで飛ばされてしまったようだ。ハツカはナパードで迎えに行こうとしたが、やめた。イソラの中に残るハツカ自身の微かな意識が、止めたのだ。大丈夫だと。

 それならばと戦いに意識を戻す。

 今ハツカは距離を取って、天涙とイソラの刀を握るテムとケン・セイとの攻防を繰り広げるバーゼィを見ている。相変わらず厄介な身動きのない動きがあるが、師と兄弟子もその能力については理解したうえに、何度も見せられ慣れてきている。

 それをなんの神と言うのかは定かではないが、あれは、一方向を向きながら全方位に正面を持つような神の能力だと思われた。周囲を一目で見る神かもしれない。そしてただ正面を任意の方向変えることができるだけならまだしも、あの能力は正面が変わる以前の僅かな時間に、身体を重複させるのだ。ハツカと睨み合っている最中に、左右のテムとイソラの攻撃をそれぞれ別の右手が受け止めたように。

 もしかしたら、そもそもの神は顔や腕や脚を複数持っている神だったのかもしれない。それを食べたことで身体は変貌せずに、能力として発現したのかもしれない。

 そんなことを考えている間に、戦っている三人の周りには波紋の球がいくつも浮かび上がっていた。あれは自分の闘気や敵からの攻撃に含まれる闘気を空気中に留めておく水鶏すいけいだ。ケン・セイだけがやっていると思ったら、テムもバーゼィの攻撃を天涙で弾く時にだけだが波紋の球を出していた。





 水鶏はシグラ流剣術・露払いと相性が良かった。だから鶏の型の中で最初に習得することができた。天涙に加わる攻撃を無力化する技術は、闘気を知るより前にものにしていたが、闘気を知ってからはより深く単純な技術としてでなく、その仕組みを理解することができた。

 敵の闘気を体外に弾き出し無力化していた。

 だから、あとはその弾き出した闘気を空気中に留めることができれば水鶏は完成だった。とはいえ、天涙使用時に限るのが現状だが。

 そして水鶏により留めた闘気を操る天鶏。実を言うとテムはそこまでできない。闘気を球状にして留めるのでいっぱいいっぱいだった。軍鶏もそうだが、留めつつも形を変えたり動かしたりはできない。

「師匠っ、俺が作った球でも使えますか?」

「使えん。学べ。見せる」

 一緒に戦えども、その姿勢は普段通りの師。テムに淡々と言うとハツカに告げる。

「ハツカ。機を見て、斬れ」

「はい!」

「もう決める気でいるのか? 腹立つな! 俺はまだ全然ぴんぴんしてるってのによぉっ!」

「決まる」

 ケン・セイはバーゼィの懐に入り、拳を腹に叩き込んだ。それは腹だけに留まらず胸部にまで及ぶ拳だった。拳にわずかに遅れて広い範囲を、いくつもの闘気の塊によって強打していた。

 バーゼィの呼吸が止まる。「っは……」

 軍鶏だ。

 それを見てテムは邪神フュレイに洗脳されていたコクスーリャとの戦いを思い出す。天涙で探偵の拳を受け止めた時に体側に受けた攻撃を。イソラも勘違いしていたようだが、軍鶏は攻撃を躱されたり防がれたりしたときにその補助的役割として使うもの、という考え方は間違いなのだとテムは気づいた。

『神喰らい』の一瞬だが身体を増やし、そのうちのどれかを主体と変える能力にヒントがあった。

 身体を増やす方だ。

 デルセスタの蛇爪の役割も確かにあるのだろう。しかし本分は四肢以上の肉体を持つ人種の身体を疑似的に作り出すことにあるのだ。例えばキィン・ジィーン六柱水晶人の六本腕のように。

 そして末恐ろしいことに、闘気を留めて作り出す腕や脚は使う者の実力でいくらでも増やすことができる。莫大な闘気をもってすれば千の腕で殴ることも可能だろう。

「まだだ」

 ケン・セイが鋭く言うと、彼が作り出した闘気の球たちが動き出した。彼とバーゼィの周囲を旋回し、その速度を増していくと、一球一球絶え間なくバーゼィに襲いかかっていった。途中からケン・セイ自身も球に混じって旋回し、何十、いや何百という腕や脚で攻撃を加えていった。

「ぐぁああっ……」

 その手数の多さにバーゼィはなにもできずにいる。四方からの闘気の攻撃には正面を変えたところで意味はない。

 見せるから学べと師は言ったがテムの出番はなさそうだった。このままケン・セイが再生する体力を奪い取り、ハツカが大山戦慄で決めるだろう。

「……」

 テムは疑問に思った。

 なにを安心している?

 こんな簡単なのか?

 セラやエァンダを苦しめた相手だぞ。

 師や兄弟弟子への不信ではない。それは決してない。

 だが、これで終わるのかと、不意に不安的疑念がテムの頭を支配していた。

 そして気付いた時には、獣の手がテムの腹を背後から貫いていた。

「かはっ……」

 テム・シグラは血を吐いた。

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