碧き舞い花Ⅱ

御島いる

226:新しい学びの場

 ケン・セイの参戦はイソラたちにとって心強いもので間違いなかった。だが一方でバーゼィという男の脅威を再認識させられることもあった。

 師は「見ていろ」と言わなかった。

 もちろん「手を貸せ」などということも口にしなかったが、言外に、まさに彼の「見て学べ」を思わせるように、その姿勢でこの戦いを一門の総力戦とするといった意思が伝わってきた。

 テム、ハツカと共に改めて息を飲むイソラ。

 ケン・セイが嬉々とした表情で先陣を切った。

 弟子全員で師に続き、連なり、息の合った攻めを繰り広げる。さすがに敵に息つく間も与えないとまではいかないが、ケン・セイが加わっただけで、イソラたち弟子の動きは洗練された。

 心強さからくるものもあった。しかしそれ以外にも、明確なものがある。見て学んでいるのだ。戦いの中にありながら、否、戦いの中だからこそ、傍から見ているだけでは得られないものが伝わってくるのだ。組手でケン・セイと手合わせしているのとも違う。じりじりと、ひりひりと、身に染みていく。共闘という新しい学びの場だ。

 ハツカがシオウのもとで修行をしている間、イソラとテムだって精進した。テムに追い越されていた牛の闘技だって習得した。しかし、ハツカとの戦いでケン・セイが見せた新闘技。これはまだだった。

 今、戦いの中で、テムと競い合っていた。どちらが先に闘気を留める鶏の闘技を身につけるのかを。

「ふんっ!」

 ケン・セイの掌底がバーゼィの背を突いた。闘気が弾ける。バーゼィは血を吐く。有効打だ。だがケン・セイはバーゼィの胸を狙っていたのだ。

 また『神喰らい』の男は動くことなく正面を変えたのだ。

「奇異」ケン・セイは一度距離を取った。「だが、単純」

 テムが彼に並び立つ。「俺もわかってきましたあの能力について」

「え、ほんとっ!」とイソラはバーゼィ越しにケン・セイとテム投げかけた。

「わたしもなんとなくわかってるよ、イソラ」

 敵の右に構えるハツカの声に、イソラはがっくりして驚く。

「うそっ、あたしだけっ!?」

 せめてもの抵抗と、主にテムに向けてイソラは返す。

「でもでも! 鶏の型、たぶんもうできるよ、あたし!」

「なっ、まじかよ!」

「まじだよ、見せたげる!」

 イソラは締めた表情でバーゼィに向かって駿馬で寄る。

「まずは軍鶏ぐんけいっ!」

 繰り出した拳。それはバーゼィの顔からは的外れ、空を殴るように進む。わざとだ。軍鶏は闘気を留めて身体の一部とする技術。本体の攻撃が外れたとしても、闘気の拳や脚が敵を打つ。それができることを見せるために、イソラはわざと見当はずれな攻撃を繰り出したのだ。

 ぱぁんっ。

 バーゼィがイソラの拳を受け止めた。

「え?」

 それはイソラには想定外だった。たとえ攻撃を止められたとしても、闘気の腕が敵に向かう。だから軍鶏を見せるには問題なかった。しかし、敵はイソラがわざわざ外しにいった攻撃を止めたのだ。

 想定外の中、闘気の拳はそのままバーゼィの顔に向かう。

 が、これまた想定外が起こる。

 ふっとイソラを受け止めていた力が消えて、代わりに闘気の拳をバーゼィが弾いていた。イソラは手をいつ離された、力が抜けるまで気付かなかった。動きがなかった。まるで最初からそう立っていたように、バーゼィは僅かにイソラから斜に構えた状態になっていたのだ。

 イソラは先に仲間たちから、敵のこの能力について聞いておくべきだったと思った。ムキになった自分が馬鹿だった。その後悔が隙を生んだ。

「イソラ!」

「ぁっ――」

 神の眼に睨まれた。

 身体がねじれるように軋み、そして残像だけの景色の中イソラは吹き飛んだ。

 町の方だとわかった。家屋にぶつかり破壊していく。

「ぐぉおおおっ……」

 なにかに受け止められた。ゆらゆらする頭をはっきりさせるより早く、気配を感じ取り、ヒィズルに住まう竜人デラバン・シュ・ノーリュアだとわかった。

「……ぅ、デラバンさん……」

「大丈夫かい、イソラちゃん……すごい衝撃だな……避難指示が済んだら助太刀に行こうと思ったが、想像以上の敵が相手のようだ。ケン・セイ殿からの指示があったからそれなりに覚悟していたつもりだったが……」

 イソラはデラバンに支えられながら立ち上がる。地面には二本の線が長々とデラバンの足元から伸びていた。その果ては見えない。

「デラバンさん、ありがとう。あたし戻るね」

 イソラは厳つい竜の顔に小さく頭を下げてから駆け出そうとする。だが、その腕を竜の手が掴んだ。

「待ってくれ。俺も行く」

「え? でも今想像以上の敵だって……」

「ああ、だから竜人の本気を出さなければと思ったんだ。少し準備がいるから、その間イソラちゃんは休んでくれ」

 イソラは頭を横に振る。少しくらっとしたが立て直して力強く言う。

「お師匠様たちが戦ってるんだよっ。休んでなんていれないよ!」

「今もふらついたじゃないか。その状態で戻ったら、ケン・セイ殿たちの足を引っ張るんじゃないのかい?」

「でもぉ……」

「大丈夫、本当に少しだ。そのくらいの時間で負けてしまうみんなではないだろう?」

「それはそうだよ!」

「なら、決まりだ」

「……うん」

 イソラは納得したようなしていないような気分のまま頷くのだった。

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