碧き舞い花Ⅱ

御島いる

225:山を恐怖させる斬撃

 バーゼィの黒き瞳と、ハツカの黒を宿した瞳が睨み合った。

 イソラとテムがそれぞれ駆け出し、睨みがぶつかり合う中、バーゼィを左右から挟み込む。息のぴたりと合った動きで、脚を振り上げる。

 途端、バーゼィの姿が三つにブレたのをハツカは見た。「え?」

 次の瞬間にはイソラとテムそれぞれの脚が、バーゼィの右手にそれぞれ受け止められた。順にではなく、同時にだ。同時に二つ・・の右手で二人の攻撃を止めたのだ。

 それからイソラを弾くように押し退けたかと思うと、身動きも見せずハツカからテムの方を向いたバーゼィ。受け止めた脚を握り込み、テムの身体を軽々と振り上げた。

 ハツカは兄弟子が振り下ろされるより早く、駆け出し、サィゼムを抜き、バーゼィの傍らに低く入り込んだ。

 振り上がる青白い剣が、止まった。

 バーゼィの足に踏みつけられたのだ。地に着いた二つの足とは別のもう一つの足に。そして次の瞬間にはバーゼィはハツカに正面を向けていた。つまり、テムがハツカに向かって振り下ろされることになる。

「ぐぁっ」

「きゃっ」

「はぁっ!」

 地に伏す二人。上からイソラの掛け声がして、バーゼィが普通に足を動かし振り返った。身体が打ち合う音がする中、テムと共に立ち上がり、イソラたちから距離を取る。

 イソラとバーゼィの周りには闘気によって空気に亀裂が入っていた。イソラの闘牛だ。バーゼィは腕で防いだようで、衝撃を殺しながら地面を滑り後退してくる。

 ハツカはテムと頷き合い、バーゼィの背中に向けって天牛を飛ばす。

 二本の闘気が一直線に飛んでいく。だが裸の背中に当たると突き刺さることなく弾けて消えた。バーゼィは無傷だ。イソラが向こう側からバーゼィに跳びかかる。刀を抜いて、それを投げる。

 軽く潜るように躱すバーゼィ。飛んできた刀をテムが受け取り、逆手でバーゼィに斬りかかる。

「うぁ……!?」

「わわっ!」

 テムの足元が液化し沈み込み、イソラの眼前に氷の塊がどこからともなく現れた。その氷の壁越しに、バーゼィは手に出現させた剣でイソラを狙う。

「テム、ごめんっ」

 ハツカは体勢を崩したテムの背中を踏み台にし大きく跳び上がると、天馬でバーゼィの上から回り込み、彼の剣を押さえ込む。そのまま流れるように剣を持つバーゼィの手を踏みつけ、サィゼムを返して斬り上げた。

「やっぱり硬い……」

 バーゼィの肌は鋼鉄のように硬い。以前戦ったときにも感じた。それでも、とハツカは口角を上げた。

「でも」

「なっ」

 すーっとバーゼィのはだけた腹に赤い線が描かれていく。

「大師匠様直伝! 大山戦慄たいざんわななき!!」

 その斬撃、山を恐怖させる。

 シオウは切断の神の血を引いた半神であった。己の力のみを信じ、半神の力を使わないと決めた彼が生み出した斬撃の極み。親の力を排し、人としての力のみで到達した、神に等しい力。彼とは違い、ハツカは半神の力を利用してその域に手を伸ばす。

 力強くも粗くなく繊細な切断は、鏡のような斬り口を生む。

 彼がこの大山戦慄を体得するための修行場となった山々が連なる世界は今、鏡のように真っ平らな台地が連なる世界となっている。

 当然その斬れ味は人に対しても同じ効果を発揮する。

 ただバーゼィは真っ二つになったにもかかわらず、命を散らすことはなかった。あまりにもきれいに斬られた彼の身体は、血を滲ませながらも、すぐにきれいに再生してくっついてしまったのだ。

「この間よりやるようになってるな。だってそうだろ。俺を斬ったんだから。にしても危なかった。死んだかと思ったぞ」

「なんで死なないのっ」

 ハツカは頬を膨らませながらバーゼィから離れる。イソラとテムもそれぞれ体勢を整え、バーゼィの正面にハツカとイソラ、後方にテムという形になった。

 そこへ、ハツカの言葉に彼らの師の声が応えた。

「決め手、早すぎだ。ハツカ」

 町の方から左袖を揺らし、闘志に満ちた足取りでケン・セイがやってくる。

「機を読め。強き者ならば、なおのこと。二度目、厳しくなるまで」

「……はいっ!」

 程よい距離に到達すると、ケン・セイは柄のない刀に手を掛けた。静かに抜く。

「さあ、楽しませろ。『神喰らい』」

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