碧き舞い花Ⅱ

御島いる

223:散乱

 アズの地が爆音に満ちた。森から覗いていた動物たちが一斉に、奥に消えていく。小鳥たちも騒がしく飛び去って行く。

 粉々に散ったゼィロスの小屋。舞った粉塵の中には二つの人影。粉塵がけていくと、露わになるのは瓜二つの顔だ。

 ノアがセラの手首を掴んだまま立ち、そのまま動かずに睨み合っていた。

 その姿を見て、ゼィロスは目を見開いて力なく驚いた。

「ノアっ……!? どうして……」

 セラが敵意を向けているあの男がノアの姿をしたヴェィルだということはすぐに察しが付く。だが、どうしてヴェィルがノアの存在を知っている。彼の存在を知るのは連盟でも数人だけ。それも信用が置ける者だけだ。

「カッパか……」

 思い浮かぶのは一つ目のかつての友の姿だ。彼もノアの存在を知っていた。ノアに対して『夜霧』が動くことがなかったことで、安心していた。ヲーンという終わりに向かう世界にいたことで護られていたのだと勘違いしていた。考えが甘かった。

「違うなゼィロス」

 その声と共に、彼の背後に赤橙カーネリアンの花が舞った。自身の前に舞い散ってきた花を見て、驚愕と共に振り返るゼィロス。

「……なぜ……あなたが…………ブァルシュ様……!?」

 ブァルシュは憐れむような目でゼィロスを見やると、その視線をエァンダに向けた。

「あの時少年だった彼はわかっていたようだが? 俺が死んでいないと」

 ゼィロスがエァンダを見ると、細めたエメラルドが逸らされた。ただそれはやましさからではないようだった。エァンダは素早い動きでタェシェを抜くと、暗い藍色の花と共に現れた半透明の剣と打ち合った。

 エメラルドと睨み合うのは仮面に囲まれることのない暗緑色の瞳。

「ゼィロス、話はあとだ!」エァンダがフェースと睨み合いながら叫んだ。「全員、全力で戦え!」

 あのエァンダが鬼気迫っている。それもそうだろうとゼィロスは思った。

 囲まれたのだから。

 ハツカ、テム、イソラが構える先には『神喰らい』バーゼィ。

 ムェイとアレスが構えるの先には『叛逆者』ィエドゥ。

『夜霧』は確実にセラの水晶を取りに来たのだ。

「まさかあなたと敵として剣を交えることになるとは」

 ゼィロスが言いながら軽く握った手を前に出す。すると小屋の瓦礫の中に青紫の光が走った。そしてその光と共に、彼の手にワシの大剣ヴェファーが納まった。

「剣そのものが跳ぶ、まさにナパスの剣。だがそれはお前が持つにふさわしいものなのか? 常々疑問に思っていたんだ」

「常々……だと」

「弟弟子ルファを信じるべきだったな、ゼィロス」

 その言葉と共に、ゼィロスの身体はナパードの感覚を味わった。セラにされたのと同じ。触れないナパードだった。





 ゼィロスとブァルシュが別の世界に跳んだ。それを感じ取ったエァンダにフェースが口を開く。

「ようやくだ、エァンダ! 今日、俺が上だと証明される」

「それよりさ。火傷、してないんだな」エァンダは仮面のないフェースの顔を見て悪戯に笑んだ。「隠すための仮面かと思ってた」

「ふんっ。……そうだな、俺たちも場所を移そう」

 エァンダはフェースのナパードに従った。





「俺がこっちでいいんだよな」

 テム、イソラと共に並び立つハツカの前で、上裸の男がハツカたちのさらに向こうに問いかけた。視線の先はムェイとアレスの背のさらに奥、手品師に向かっている。

「だってそうだろ、半神でも神。なら喰えるんだからさ」

「今さら立ち位置を変えることもないだろう。ショーは滞りなくはじめなくては。……残り物みたいになってしまって申し訳ないが、相手してもらおうお嬢さん方」

 ハツカは僅かに顔を傾け、後方に目を向ける。ィエドゥがハットを胸に、恭しく頭を下げたのが目に入る。そして彼が頭を上げると、ハットの裏から箱が覗いたのをハツカは見た。

 ハツカはサファイアに黒を宿らせ、それを睨む。

「!?」

 ィエドゥが感付いて箱を手放して身体を反らすと、箱は乱れ散り、後方のアズの森は盛大に抉れた。

「あとでゼィロスさんに謝らない……」

 そう言うハツカの身体には黒が這う。そして死角からバーゼィが殴りかかってきた。

「おいおい、お前の相手は俺だろ!」

「お前じゃないっ!」

「お前たちだろ!」

 イソラがバーゼィの腕を跳んで蹴り、下から滑り込んできたテムが鳩尾を蹴り上げた。テムの脚がバーゼィから離れるより早く、ハツカはすかさずイソラとテムに触れ、碧き花を散らして跳んだ。





「さーて、おれたちも移動する流れだと思うんだけど、どこ行く、セラ」

 アレスはィエドゥに警戒しながら隣の親友に言った。だがムェイは厳しい顔で本物のセラを気に掛ける。

「セラを一人にしちゃいけない。ううん、そもそもわたしたちはバラバラになるべきじゃなかった」

「さすがは機脳生命体だ。状況を理解している。君の言う通り、我々はヴェィルさんの邪魔をさせないよう、そしてしないようにこの場から離れるのが役目だ。まあ、バーゼィは忘れていたようだが、あの半神の娘が跳んでくれたことで完遂した」

「はんっ」アレスが強気に鼻で笑う。「話しちまっていいのかよ。おれたちはなにがなんでも離れないぜ、そしたら」

「どうかな? すでに離れているとは考えないのか?」

「はぁ?……!?」

 アレスは目を瞠った。いつの間にか、アズの光景ではなかった。大小様々な木箱が並び、積まれた広大な空間だった。正面にいたはずのィエドゥは姿をくらましていた。

「幻覚か、これ? なぁセ、あっぶ……!?」

 横を向いて疑問を投げかけたアレスに、答えではなくレヴァンが返ってきた。アレスは咄嗟に跳び退いてそれを躱した。

 アレスが睨む先で、まるで人形のように無表情なムェイが切っ先を彼女に向けていた。

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