碧き舞い花Ⅱ

御島いる

221:先人のいない道

 コロシアムの客席。

 その中でも豪華な貴賓席の、ふかふかな椅子の両の腕置きにそれぞれ脚と頭を置き、横になるフェズ。セラは帝の隣の貴賓席に、身体の埃を払ってから腰かけた。

 すぐにフェズが切り出す。「話ってなんだ?」

「フェズさんは『太古の法』……第一世代のマカをどうして使おうと思ったんですか?」

「誰も使えなかったから。あとそこまでできれば瞬間移動のマカも使えるだろうと思ったから。結局それは無理だったけど。あとそうだな、魔素過多症候群だったからかな」

「治療の意味合いで?」

「いや、違う。俺は魔素過多症候群でも魔素を多く取り込むこと以外に異常ないし。ただ、俺は魔素をすごい近くに感じてた、小さい頃からずっと。他の人間がどうかは知らないけど、魔素が身近にある感覚の延長が『太古の法』なんじゃないか、それならできるんじゃないかって考えて、古い文献を漁った。どうやって先人たちが取り込んでいない魔素を操ったのか知るために。古すぎて言い回しとか表現が理解し辛かったけど、なんとなくわかったから一人で修業してたんだけど、なんか違う気がしてさ。ムカつくだろ、わかるように書いてくれればいいと思わないか?」

「あぁ、ははっ」セラは苦笑を返す。「それでトーナメントの時にユフォンを付き合わせたんですね」

「ああ、古い言葉の微妙な解釈をはっきりさせてもらった。そしたらできた」

「でもトーナメントの時は完成してなかったですよね、ユフォンが言ってましたよ。疲れるのは完成してないからなんですよね?」

「違うし」

「え?」

「第一世代のマカが異常に疲れるのは普通のことなんだよ。だからみんな使わなくなった。命を捨てるようなものだから」

「じゃあユフォンが完成してないって言ったのは?」

「補助的に身体を動かす必要があった」

「?」

「帝様……ドルンシャ様との戦いのときは外の魔素を動かすの、自分の身体を動かさなきゃ駄目だった」

 セラは六年前の二人の戦いを思い返す。確かにフェズはドルンシャ帝を魔素で殴るのに、軽く手を振っていた。

「今でもたまにやっちゃうけど、完成された『太古の法』は身動きなしで魔素を動かせる」

 これにもセラは確かにと思った。直近で見たばかりだ。一歩どころか微動だにせず、フェズは戦いの開始早々魔素を動かした。

「ま、でも俺はそれでも完成じゃないと思ってるけど」

 ユフォンは身体を起こした。

「疲れない『太古の法』、それが本当の完成」

「疲れない『太古の法』……それこそフェズさんだけの『奇跡の法』ってことですか」

「それ周りが勝手に言ってるだけだから。セラだってそうだろ、『碧き舞い花』」

「あぁ、まあ確かに昔は恥ずかしかったですけど……今じゃ自分でも言ってますよ」

「俺はそれはないな」

 きっぱりと、半ばセラの声に被せるように否定するフェズに、セラは頬を小さく掻く。

「……でも、似てますね」

「いや、似てないだろ」

「いえ、呼び名じゃなくて、状況です。わたしも想造に慣れて、それで完成させるにはどうしたらいいんだろうって思ってたところで。それで誰もできない『太古の法』を完成させたフェズさんに、助言を貰おうかなって。でも、フェズさんもまだ完成してないんだって聞いて、似てるなって」

「いや、やっぱ似てない」

「え?」

「だって俺はそんなこと考えてないから。誰かに助言してもらおうだなんて。だってさ、俺が目指してるのは先人がいない道の先だから」

「先人のいない道……?」

「『太古の法』までは先人がいたけど、疲れない『太古の法』は本当に誰も使ったことがないものだ。だから、助言をくれる人なんているわけないんだよ。確かに今は多く使って疲れを少なくするように慣れさせてるけど、きっとその先にはないでしょ、俺が目指してる場所は。慣れさせてるうちはどんなに慣れても、疲れる古い『太古の法』だ。だから自分で見つけなきゃいけない。疲れない『太古の法』に続く道」

 フェズは脚を降ろした。そして立ち上がろうとして、なにかに気付いたように声を漏らしたか思うと座り直してセラを見た。

「あっ。そうなるとやっぱり似てるか、俺とセラは」

「……ん?」

「ほら、セラもさヴェールのやつの純血じゃないんだろ? なら、きっと純血の人とは違う道があるはずじゃん」

「……は、はい」セラはフェズの自由さに混迷しながらも、その中に閃きを見つけた。「あ! そっか! そうですね!」

 純血の想造の民であるフェルと同じ状態になるとは限らないのだ。言われてみれば納得だった。もちろん、半血でも同じ状態になる可能性も捨てきれない。それでも、一本に見えていた道が、急に何本にも分岐したように思えた。

 前例。

 ヨコズナの試練の失うという文言。

 失ったのはもしかしたら、同じ力を持った師や先人、そういった前例なのかもしれない。そして、そこから未来を手にする。

 自分だけで。

 自分だけのやり方で。

 自分だけの道を進む。

 その先に、自分だけの力がある。

 勘を頼りにフェズと戦ってよかったとセラは思った。勘は当たった。これが今彼女が知らなければならなかったことなのだ。

「ありがとうございます、フェズさん!」

「ん、なんでお礼? ま、いいや、なんか感謝してるなら、また俺と戦ってくれよ」

「はい! 喜んで!」

 同じように先人のいない道を探し、そこへ向かおうとするフェズ。そこはそれぞれ別の場所だが、互いがその場所へ行けるように切磋琢磨し合えるのなら、した方がいい。

 想造の慣れのため、自分だけの想造の完成形を見つけるため、想造を思いっきり解放できる相手と何度も戦うことも、一つの修行に間違いないのだから。

「お、おう」

 前のめりなセラの返事に、フェズルシィが珍しく呆気に取られていた。

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