碧き舞い花Ⅱ
220:初勝利
荒波と刺々しい岩場に囲まれた孤島。
鈍色の髪の隙間から鋭く、赤、違う蘇芳色の瞳が覗いてくる。突き刺さるというより、切り裂かれる。そんな剣幕。視線にこれほどの切れ味があるものなのかと、ハツカは息を飲む。
師ケン・セイに教えてもらい、単身で訪ねたシオウ・ヴォナプス。荒波の音に満ちた洞窟の中、彼はすり切れた衣を身に纏い、最奥の壁に背を預けて座していた。
ハツカは洞窟の入り口から、彼に届くように声を張る。
「わたし、ハツカって言います。ケン・セイ師匠の弟子で、シオウさんに半神の力の使い方を教えてもらいたくて、来ました」
彼の声が静かにハツカに届く。
「余計なことを喋ったな、ケンのやろう。そのくせ自分は姿を見せないとは。いい度胸だ」
「あの、わたし――」
「俺は半神の力は使わん」襲うような目力でハツカを見やるシオウ。「ケンもそう言ったんじゃないか?」
「はい!」怯むことなく毅然と見つめ返す。「でも使える! そうですよね!」
ハツカは膝をつき、背負ったサィゼムをわきに置く。それから揃えた両手を地につけ、頭を下げる。
「お願いしますっ、教えてください!」
「それでもケンの弟子か?」
頭を上げるハツカ。「え?」
「勝手に盗んでいけ」
その言葉に、ハツカは好戦的な笑みを返した。
アレス・アージェントは歯を食いしばる。親友が苦痛の中にあるというのに、なにもできない自分に腹が立つ。
影の秘伝。
エァンダはそう言ってムェイ=セラに修行を課した。
詳しく語ることはなかったが、ナパスの民の中でも『ナパスの影』と呼ばれる戦士にだけ伝わる技術だという。彼が本物のセラの兄であるビズラスから教わったそのやり方を、ムェイにだけ伝え、今まさにものにするために実践中だった。
荒れ狂う碧き花びらたちがムェイを切り刻んでいる。新調した服からわざわざ古いものに着替えさせたのは、エァンダの親切心だろう。だがこの修行のやり方には、納得がいかない。ここまでする必要があるのか。
血に濡れていく友の姿に、アレスは声を投げかける。「おい、セラ、無理するなよ」
「駄目だ」エァンダの感情のない声が飛ぶ。「まだやめるな」
「ぅぅ……」
「おい、お前」アレスは隣のエァンダの肩を押す。「まさか器にさせないようにセラを殺そうってんじゃないだろうな!」
エァンダは殺気を込めた目でアレスに視線を返した。「それならとっくに殺してる」
「……っ」
「ま、それでも異空のためにはなるだろうから、死ぬなら死んでもいいぞ」
エァンダは冷たくムェイに言い放つ。
「俺も教えるのには向いてないんでね。荷が下りれば他に充てられる時間が増える」
「だい、じょうぶっ!」
ムェイが叫んだ。そして血走った必死な目をアレスに向けて、優しく言う。
「大丈夫、だよ、アレス……それに、エァンダの言ってること、間違って、ないし……」
「セラ……」
なおもムェイの身体は傷ついていく。白く麗しい肌の面影はもうどこにもない。
二人とも力の限界が近い。
セラのヴェールは薄れ、フェズの肩の上下は激しい。
もっと続けたい。
セラはそう思っていた。フェズからもそんな雰囲気を受ける。
激しいやり取りの中、今のところ成長のきっかけとなるようなものは掴めていないセラ。だから続けたい、というわけではない。単純に楽しい。だから続けたい。
互いに自身の、そして互いの終わりを感じ取れているからこそ、終わるのが惜しい。
「フェズさん、休憩の間に話しましょう」
「いいね。はぁ、はぁ……俺が勝ったら休憩にしよう」
「なに言ってるんですか、わたしが勝ったらですよっ」
セラはフェズを自分の眼前に跳ばし呼んだ。トラセードで超加速させた切っ先がフェズに向かう。が、フォルセスが魔素たちに邪魔されて止まった。その瞬間、セラは愛剣を上空にナパードさせた。
そして空いた手で、フェズの頬を殴る。闘気が迸り、フェズの身体が大きく吹き飛ぶ。かと思ったら、セラの足が急に掬われた。
「っ!?」
視線が上に向き、落ちてくるフォルセスが目に入った。途端、神の鳥を掴む手。
フェズだ。
まるで魔導・闘技トーナメントでの戦いの立場を逆転させたように、フォルセスでセラを狙うフェズ。あの時と立場が反対ならと、セラは思いっきり魔素か空気でフェズを吹き飛ばそうと考えた。
だがやめた。
セラは倒れていく体勢のままナパードした。
フォルセスのもとに現れ、身体を回転させながらその柄を掴むと、フェズの肩を足場にし、蹴った。そしてフェズが落ちていく空間を圧縮させ、彼を瞬時に地面に激突させた。
あの時の再現なら、セラがフェズに向けてフォルセスを突き立てようとしなければ。そして、今は再現のその先を。
「はあっ!」
弓なりにした身体の勢いを使い、フォルセスを振り下ろす。
衝撃波のマカが飛んできたが、関係ない。外在力で上から空気を吹き下ろし逆に勢いをつける。
白刃一閃。
セラのヴェールが切れた。
フェズは疲労困憊の中、笑った。自身の顔の真横に突き刺さった刃を見ようと横に向けた透き通る蒼き瞳に、フォルセスの七色の反射が映る。
「負けたかぁ」
セラの初勝利である。
鈍色の髪の隙間から鋭く、赤、違う蘇芳色の瞳が覗いてくる。突き刺さるというより、切り裂かれる。そんな剣幕。視線にこれほどの切れ味があるものなのかと、ハツカは息を飲む。
師ケン・セイに教えてもらい、単身で訪ねたシオウ・ヴォナプス。荒波の音に満ちた洞窟の中、彼はすり切れた衣を身に纏い、最奥の壁に背を預けて座していた。
ハツカは洞窟の入り口から、彼に届くように声を張る。
「わたし、ハツカって言います。ケン・セイ師匠の弟子で、シオウさんに半神の力の使い方を教えてもらいたくて、来ました」
彼の声が静かにハツカに届く。
「余計なことを喋ったな、ケンのやろう。そのくせ自分は姿を見せないとは。いい度胸だ」
「あの、わたし――」
「俺は半神の力は使わん」襲うような目力でハツカを見やるシオウ。「ケンもそう言ったんじゃないか?」
「はい!」怯むことなく毅然と見つめ返す。「でも使える! そうですよね!」
ハツカは膝をつき、背負ったサィゼムをわきに置く。それから揃えた両手を地につけ、頭を下げる。
「お願いしますっ、教えてください!」
「それでもケンの弟子か?」
頭を上げるハツカ。「え?」
「勝手に盗んでいけ」
その言葉に、ハツカは好戦的な笑みを返した。
アレス・アージェントは歯を食いしばる。親友が苦痛の中にあるというのに、なにもできない自分に腹が立つ。
影の秘伝。
エァンダはそう言ってムェイ=セラに修行を課した。
詳しく語ることはなかったが、ナパスの民の中でも『ナパスの影』と呼ばれる戦士にだけ伝わる技術だという。彼が本物のセラの兄であるビズラスから教わったそのやり方を、ムェイにだけ伝え、今まさにものにするために実践中だった。
荒れ狂う碧き花びらたちがムェイを切り刻んでいる。新調した服からわざわざ古いものに着替えさせたのは、エァンダの親切心だろう。だがこの修行のやり方には、納得がいかない。ここまでする必要があるのか。
血に濡れていく友の姿に、アレスは声を投げかける。「おい、セラ、無理するなよ」
「駄目だ」エァンダの感情のない声が飛ぶ。「まだやめるな」
「ぅぅ……」
「おい、お前」アレスは隣のエァンダの肩を押す。「まさか器にさせないようにセラを殺そうってんじゃないだろうな!」
エァンダは殺気を込めた目でアレスに視線を返した。「それならとっくに殺してる」
「……っ」
「ま、それでも異空のためにはなるだろうから、死ぬなら死んでもいいぞ」
エァンダは冷たくムェイに言い放つ。
「俺も教えるのには向いてないんでね。荷が下りれば他に充てられる時間が増える」
「だい、じょうぶっ!」
ムェイが叫んだ。そして血走った必死な目をアレスに向けて、優しく言う。
「大丈夫、だよ、アレス……それに、エァンダの言ってること、間違って、ないし……」
「セラ……」
なおもムェイの身体は傷ついていく。白く麗しい肌の面影はもうどこにもない。
二人とも力の限界が近い。
セラのヴェールは薄れ、フェズの肩の上下は激しい。
もっと続けたい。
セラはそう思っていた。フェズからもそんな雰囲気を受ける。
激しいやり取りの中、今のところ成長のきっかけとなるようなものは掴めていないセラ。だから続けたい、というわけではない。単純に楽しい。だから続けたい。
互いに自身の、そして互いの終わりを感じ取れているからこそ、終わるのが惜しい。
「フェズさん、休憩の間に話しましょう」
「いいね。はぁ、はぁ……俺が勝ったら休憩にしよう」
「なに言ってるんですか、わたしが勝ったらですよっ」
セラはフェズを自分の眼前に跳ばし呼んだ。トラセードで超加速させた切っ先がフェズに向かう。が、フォルセスが魔素たちに邪魔されて止まった。その瞬間、セラは愛剣を上空にナパードさせた。
そして空いた手で、フェズの頬を殴る。闘気が迸り、フェズの身体が大きく吹き飛ぶ。かと思ったら、セラの足が急に掬われた。
「っ!?」
視線が上に向き、落ちてくるフォルセスが目に入った。途端、神の鳥を掴む手。
フェズだ。
まるで魔導・闘技トーナメントでの戦いの立場を逆転させたように、フォルセスでセラを狙うフェズ。あの時と立場が反対ならと、セラは思いっきり魔素か空気でフェズを吹き飛ばそうと考えた。
だがやめた。
セラは倒れていく体勢のままナパードした。
フォルセスのもとに現れ、身体を回転させながらその柄を掴むと、フェズの肩を足場にし、蹴った。そしてフェズが落ちていく空間を圧縮させ、彼を瞬時に地面に激突させた。
あの時の再現なら、セラがフェズに向けてフォルセスを突き立てようとしなければ。そして、今は再現のその先を。
「はあっ!」
弓なりにした身体の勢いを使い、フォルセスを振り下ろす。
衝撃波のマカが飛んできたが、関係ない。外在力で上から空気を吹き下ろし逆に勢いをつける。
白刃一閃。
セラのヴェールが切れた。
フェズは疲労困憊の中、笑った。自身の顔の真横に突き刺さった刃を見ようと横に向けた透き通る蒼き瞳に、フォルセスの七色の反射が映る。
「負けたかぁ」
セラの初勝利である。
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