碧き舞い花Ⅱ
219:セラの身体を持つ者たち
まだ青さを残す時合のヒィズル。
ハツカはイソラと並び、瞑想する。
ぱっと目を開く。イソラも同時だ。
首を傾げて問うイソラ。「どお、ハツカ?」
「うーん、どうも」とハツカは首を横に振る。
半神の力の発現。秘めたるそれを、自分の意にままに制御すること。それが今のハツカに必要なこと。暴走しないことは大前提。使いこなすことが、異空のために戦う一人の戦士として求められることなのだ。
セラの身体を持つ。
そのことが意味することを、ゼィロスは説明してくれた。
~〇~〇~〇~
ゼィロスはセラがヒュエリを抱えてアズの地を離れる前に、「ああ……すまない、また伝え忘れるところだった。歳だな、まったく」と彼女を止めた。
「テングからしたらまだまだ若いでしょ」セラはヒュエリを再び椅子に座らせた。「七十手前なんて。ヅォイァさんにも怒られるよ」
「……手厳しいな、俺の弟子たちは」
ゼィロスは自嘲すると、真剣な眼差しをセラ、そしてハツカに向けた。
「セラ、それからハツカ。今ヴェィルは、完全復活の前段階として本領を発揮できる肉体を求めているという」
「肉体?」とイソラが首を傾げた。
「ああ」ゼィロスはセラの耳たぶに揺れる水晶を見た。「なんでも無窮を生み出す装置をただ用いるだけではそれを解放ことはできないそうなんだ。大きな力が必要で、ヴェィルはそのために本気を出しても壊れない器を欲している」
「それがわたしやハツカだってこと、伯父さん?」
「そうだ。娘であるセラの身体が適している。想造の力に耐えられるどころか、開花させてもいるからな」
「わかった、気を付けるよ」セラは頷きながらも、思案顔でゼィロスに聞く。「でも、こんな情報どこから? コクスーリャ?」
「いや、エァンダが『夜霧』の機脳生命体ムェイから貰った情報だ。お前も会ったんだろ、アレス・アージェントと共にいたのがムェイだ。彼女はお前の生体データや戦闘データによって形成され、そもそもヴェィルの肉体となる役割を与えられていた。だがセラ、お前が持つ想いもまた彼女に根付いた。よりお前に近づけるためにと、『夜霧』も嘘の記憶を入れなかったのだろう。相反する役目と想い、それらがせめぎ合い混同したことで、彼女は自分が何者かということすら忘れてしまった。そんなところに、アレスがお前の記憶でもある『碧き舞い花』の物語を読み聞かせたことで、『夜霧』の束縛から解き放たれたと言っていいだろう」
ゼィロスはセラに頷いて見せてから続ける。
「狙われても大丈夫なようにと、エァンダが修行をつけているらしい。わざわざ新しい剣を送ってまでな。あいつがそこまでするんだ、俺はこの情報を信じることにした」
「わたしも信じるよ」セラは強く頷くと、少し間を置いてからヒュエリを抱きかかえた。「じゃあ、行くね。もう伝えてないことないよね?」
「ああ、大丈夫だ」
「またね、イソラ、ハツカ」
「「うん」」
イソラと揃ってハツカが頷くと、セラは碧き閃光に消えた。
「じゃあ、あたしたちも」
「待ってくれ、イソラ。ハツカにはまだ話がある」
言いながらゼィロスは立ち上がり、小屋の奥へ消えていった。
ハツカはイソラと見つめ合い、首を傾げる。
しばらくしてゼィロスが一本の剣を持って、戻って来た。セラのものと似た意匠の鞘がハツカの前に差し出される。
「受け取ってくれ、エァンダが君のために置いていった剣だ」
「わたしのために?」訝りながら剣を受け取るハツカ。「どうして? 直接会ったことないのに」
「あいつがここにさっきの話をしに来たのは、その剣が出来上がってすぐでな。なんでも特殊な現象が起きて二本の剣が出来上がったんだそうだ。行方がわからなかったとはいえ、君の存在はすでにわかっていたから話してみたんだ。そしたら『それで二本か』って納得して置いていった」
ゼィロスはそこで一息置いて、重く鋭く言う。
「『夜霧』に狙われることになる。それがセラの身体を持つという意味だ。少し厳しい言い方かもしれんが、セラの身体を持つ者として、その大きな責と共に背負ってくれ」
「……」
ハツカは剣を鞘からゆっくりと抜く。
~〇~〇~〇~
身体の前に置いた新しい剣の刀身を露わにするハツカ。
ここヒィズルの朝を思わせる、青白い光沢の剣。名をサィゼムという。ヒバリを意味するナパス語で、鞘の意匠もそれを現している。
セラの身体に合わせて鍛えられたもの。当然のようにハツカにも馴染むだろう。ただ、まだハツカは、自分に見合うものではないと感じている。託されたとはいえ、まだ預かりものだ。この身体と同じで。
セラの身体を護るという使命と責任。それを負わされた、認識させられた。
覚悟はある。文句はない。
だが、まだだ。
『夜霧』、もといヴェィルに狙われて対抗できる術を持っていない今の状態では、駄目なのだ。
セラでいてセラではない、ハツカだけの意義が確立した時ようやく自分のものになるのだ。
そして必要になってくるもの。それが半神の力。
ヴェィルに狙われても対抗できる可能性があるとすれば、それだけだ。異空のためにもこの身体を護る術を身につけなければならない。
だがいくら瞑想しようとも、そういったものはなにも感じる気配がなかった。サィゼムに反射する光が、どことなく、責めるような鋭さを持って見える。そんな不甲斐ない者に握られたくない。そう言われている気がした。
「頑張んないとね」
ハツカはサィゼムを鞘にも戻した。するとイソラが隣から四つん這いになって覗き込んでくる。
「瞑想、続けていけそう?」
その問いに、ハツカは唸る。
「う~ん……見て学べができればいいんだけどなぁ」
「う~ん、半分神様の知り合いなんていないしなぁ……。知っててもガフドロだけだし、敵だし、セラお姉ちゃんが倒しちゃったし」
「いる」
二人の会話に入ってきたのは、ケン・セイだった。彼についてきていたテムも、師の言葉に訝しんでいる。
ハツカは師匠に飛びつく勢いで詰め寄った。「誰ですか、お師匠様っ!」
「シオウ」
ハツカはイソラと並び、瞑想する。
ぱっと目を開く。イソラも同時だ。
首を傾げて問うイソラ。「どお、ハツカ?」
「うーん、どうも」とハツカは首を横に振る。
半神の力の発現。秘めたるそれを、自分の意にままに制御すること。それが今のハツカに必要なこと。暴走しないことは大前提。使いこなすことが、異空のために戦う一人の戦士として求められることなのだ。
セラの身体を持つ。
そのことが意味することを、ゼィロスは説明してくれた。
~〇~〇~〇~
ゼィロスはセラがヒュエリを抱えてアズの地を離れる前に、「ああ……すまない、また伝え忘れるところだった。歳だな、まったく」と彼女を止めた。
「テングからしたらまだまだ若いでしょ」セラはヒュエリを再び椅子に座らせた。「七十手前なんて。ヅォイァさんにも怒られるよ」
「……手厳しいな、俺の弟子たちは」
ゼィロスは自嘲すると、真剣な眼差しをセラ、そしてハツカに向けた。
「セラ、それからハツカ。今ヴェィルは、完全復活の前段階として本領を発揮できる肉体を求めているという」
「肉体?」とイソラが首を傾げた。
「ああ」ゼィロスはセラの耳たぶに揺れる水晶を見た。「なんでも無窮を生み出す装置をただ用いるだけではそれを解放ことはできないそうなんだ。大きな力が必要で、ヴェィルはそのために本気を出しても壊れない器を欲している」
「それがわたしやハツカだってこと、伯父さん?」
「そうだ。娘であるセラの身体が適している。想造の力に耐えられるどころか、開花させてもいるからな」
「わかった、気を付けるよ」セラは頷きながらも、思案顔でゼィロスに聞く。「でも、こんな情報どこから? コクスーリャ?」
「いや、エァンダが『夜霧』の機脳生命体ムェイから貰った情報だ。お前も会ったんだろ、アレス・アージェントと共にいたのがムェイだ。彼女はお前の生体データや戦闘データによって形成され、そもそもヴェィルの肉体となる役割を与えられていた。だがセラ、お前が持つ想いもまた彼女に根付いた。よりお前に近づけるためにと、『夜霧』も嘘の記憶を入れなかったのだろう。相反する役目と想い、それらがせめぎ合い混同したことで、彼女は自分が何者かということすら忘れてしまった。そんなところに、アレスがお前の記憶でもある『碧き舞い花』の物語を読み聞かせたことで、『夜霧』の束縛から解き放たれたと言っていいだろう」
ゼィロスはセラに頷いて見せてから続ける。
「狙われても大丈夫なようにと、エァンダが修行をつけているらしい。わざわざ新しい剣を送ってまでな。あいつがそこまでするんだ、俺はこの情報を信じることにした」
「わたしも信じるよ」セラは強く頷くと、少し間を置いてからヒュエリを抱きかかえた。「じゃあ、行くね。もう伝えてないことないよね?」
「ああ、大丈夫だ」
「またね、イソラ、ハツカ」
「「うん」」
イソラと揃ってハツカが頷くと、セラは碧き閃光に消えた。
「じゃあ、あたしたちも」
「待ってくれ、イソラ。ハツカにはまだ話がある」
言いながらゼィロスは立ち上がり、小屋の奥へ消えていった。
ハツカはイソラと見つめ合い、首を傾げる。
しばらくしてゼィロスが一本の剣を持って、戻って来た。セラのものと似た意匠の鞘がハツカの前に差し出される。
「受け取ってくれ、エァンダが君のために置いていった剣だ」
「わたしのために?」訝りながら剣を受け取るハツカ。「どうして? 直接会ったことないのに」
「あいつがここにさっきの話をしに来たのは、その剣が出来上がってすぐでな。なんでも特殊な現象が起きて二本の剣が出来上がったんだそうだ。行方がわからなかったとはいえ、君の存在はすでにわかっていたから話してみたんだ。そしたら『それで二本か』って納得して置いていった」
ゼィロスはそこで一息置いて、重く鋭く言う。
「『夜霧』に狙われることになる。それがセラの身体を持つという意味だ。少し厳しい言い方かもしれんが、セラの身体を持つ者として、その大きな責と共に背負ってくれ」
「……」
ハツカは剣を鞘からゆっくりと抜く。
~〇~〇~〇~
身体の前に置いた新しい剣の刀身を露わにするハツカ。
ここヒィズルの朝を思わせる、青白い光沢の剣。名をサィゼムという。ヒバリを意味するナパス語で、鞘の意匠もそれを現している。
セラの身体に合わせて鍛えられたもの。当然のようにハツカにも馴染むだろう。ただ、まだハツカは、自分に見合うものではないと感じている。託されたとはいえ、まだ預かりものだ。この身体と同じで。
セラの身体を護るという使命と責任。それを負わされた、認識させられた。
覚悟はある。文句はない。
だが、まだだ。
『夜霧』、もといヴェィルに狙われて対抗できる術を持っていない今の状態では、駄目なのだ。
セラでいてセラではない、ハツカだけの意義が確立した時ようやく自分のものになるのだ。
そして必要になってくるもの。それが半神の力。
ヴェィルに狙われても対抗できる可能性があるとすれば、それだけだ。異空のためにもこの身体を護る術を身につけなければならない。
だがいくら瞑想しようとも、そういったものはなにも感じる気配がなかった。サィゼムに反射する光が、どことなく、責めるような鋭さを持って見える。そんな不甲斐ない者に握られたくない。そう言われている気がした。
「頑張んないとね」
ハツカはサィゼムを鞘にも戻した。するとイソラが隣から四つん這いになって覗き込んでくる。
「瞑想、続けていけそう?」
その問いに、ハツカは唸る。
「う~ん……見て学べができればいいんだけどなぁ」
「う~ん、半分神様の知り合いなんていないしなぁ……。知っててもガフドロだけだし、敵だし、セラお姉ちゃんが倒しちゃったし」
「いる」
二人の会話に入ってきたのは、ケン・セイだった。彼についてきていたテムも、師の言葉に訝しんでいる。
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