碧き舞い花Ⅱ
213:新しい名前
「あ、そうだ!」半神のイソラは思い出したように声を上げた。「お父さん、お母さん。わたしの名前、新しく決めてよ」
「は?」ザァトが頓狂な声を漏らした。「なに言ってんだ、イソラお前。新しい名前だぁ?」
「うん、わたしがイソラだと、イソラのお友達が困っちゃうから」
「ん? どういうことだ?」
「まったく、あんたってやつは……」呆れたように首を振るハツカ。「わかるでしょ、ザァト。イソラとイソラが一緒にいたら、どっちを呼んだかわからなくなるだろう?」
「あーなるほどな」
納得して見せると、イソラをビシッと指さすザァト。
「じゃあ、イセラだ。セラの姿でイソラだから、イセラ。いいだろ?」
「……」
「……」
「……」
「……」
神の命名にセラたち四人は絶句した。
「ん? なんだよ。駄目か? そっかそっか、じゃあここはハツカに任せるか。イソラの名前つけたのもお前だしな……つっても、あんま時間ないから早めにな」
ザァトはハツカを見ると目を細めて、低く言った。彼女の身体は透過しはじめていた。言うまでもなく、セラのヴェールが薄らいでいるからだ。
「ごめんなさい、わたしの力不足で」
「だーかーらっ、謝らないっ」ハツカは薄くなったその指でセラの鼻頭をちょこんと叩いた。「何度も言わせない。っと、時間がないのよね、名前、名前……」
ハツカは顎に指先を当てて思案をはじめる。
「あたしとザァトのもう一人の娘……」
「おい、急げ」
「わかってるよ、任せるって言ったんだから静かにしてて」ハツカはこめかみを指で叩いて悩む。「イソラ……。もう一人のイソラ……。イソラ・イチ……」
「おい、ハツカ」
「待って、もう少し……」
「もう――」
セラはそのやり取りを耳にしながら、なんとかハツカを留めようと想造が終わらないように踏ん張る。しかしヴェールの薄らぎは止まらない。もう限界だった。
「ごめん、なさい……」
セラはここで想造の力を解いて、膝を着いた。ヒィズルのイソラが寄り添ってくる。
「セラお姉ちゃん、大丈夫?」
「わたしは大丈夫、でも――」
セラとイソラが揃って視線を向ける先、ハツカの姿は今まさに消え入ろうとしていた。
「ハツカ!」
そう叫んだのはザァトではなかった。ハツカ本人だ。
「あたしはもう死んだ人間だ。だから、あたしの名前、あげるよイソラ。あたしがあなたにしてやれなかったすべての愛を込めて」
盛大の笑顔で、涙をぽろぽろと零しながら彼女は娘の手を取った。
「お母さん……」
イソラ、改めハツカは消えゆく母に抱きついた。再会に濡れ、そして乾いた頬がまた涙で濡れていた。
「ごめんね、こんなやっつけみたいに決めちゃって」子を撫でる母はどこまでも愛おし気だ。「でもどうでもいいだなんて思ってないからさ、ずっと愛してるよ、あたしの可愛い……ハツカ」
「おかぁ……さんっ…………」
ザァトが娘を挟むようにして妻に抱きついた。
「ハツカ、いい名前だ。当然な」
ザァトには似合わない囁き声と共に、ハツカの身体は消えた。娘は受け継いだ名を染み込ませるように、空になった腕で自分を抱いた。赤ん坊のように泣きながら。そんな彼女を父は後ろから優しく抱き続ける。
その光景に心を温め、イソラに微笑むセラ。すると溌溂としたイソラの笑顔が返ってきた。
「まったく予想外だったよ、今回の仕事は」
作業机に向かったまま、背中の羽根を大きく伸ばし、背中を鳴らしたクラフォフ。エァンダに背を向けたまま続ける。
「お前が珍しく訪ねて来たと思ったら、セラに似た嬢さんのために剣を打ってくれと言う。そのうえ『比翼』が起こるときた」
「『比翼』?」
尋ねるエァンダに、振り返ったクラフォフは二本の剣を差し出した。その鞘、一方にはホトトギスの意匠が、もう一方にはヒバリの意匠が施されていた。
「剣を打つ初期段階で、歪みなく刃が真っ二つに割れる現象だ。それも縦に」
「だから二本か」
「そう簡単に済ますな。『比翼』は滅多なことではない。片割れを打ち鍛えれば、もう一方も同じように鍛えられる」
「全く同じものが出来上がるってことか?」
言いながら、エァンダは受け取った二本の剣を鞘から少しだけ抜き、刀身を眺めた。そして目を細める。刀身の色、正確に言えば反射する光の色が違って見えるのだ。ホトトギスの鞘の方は夕暮れのような暗い橙色で、ヒバリの方は夜明けのような白んだ青だ。そして刀身にはタェシェやフォルセスのように鞘と同じ意匠はなかった。
「意匠も施せば、全く一緒になる。だから輝きの色に差をつけたわけか」
「ああ。落陽石と朝陽石を使った。剣としての質に影響が出ないようにするのは神経をすり減らす作業だった」
「なんか手間がかかったみたいで、悪かったな。それは謝っておく」
「いいさ。手間がかかったのは差をつけるところだけ。言ったように剣自体は一本分の作業だからな」
「確かに、三週間が倍の六週間になったわけじゃないしな」
「ふん、それになにがあろうと、職人として手を抜くことはない」
「ふっ」エァンダは口角を上げ、二本の剣を鞘に納めた。「ま、あんたはそうだよな。だから頼んだわけだし」
「だが、まだ終わりではない。我が子の名を聞くまでが俺の仕事だ。ナパス語でそれぞれなんと呼ぶ」
「ホトトギスとヒバリか……」エァンダはそれぞれの鞘を一度じっと見てから口を開く。「ホトトギスとヒバリだな」
「レヴァン、サィゼム……しかと俺の胸に刻もう」
「にしても、二本か……さてどっちを渡すかな」
手にした二本の剣を今一度眺めるエァンダだった。
「は?」ザァトが頓狂な声を漏らした。「なに言ってんだ、イソラお前。新しい名前だぁ?」
「うん、わたしがイソラだと、イソラのお友達が困っちゃうから」
「ん? どういうことだ?」
「まったく、あんたってやつは……」呆れたように首を振るハツカ。「わかるでしょ、ザァト。イソラとイソラが一緒にいたら、どっちを呼んだかわからなくなるだろう?」
「あーなるほどな」
納得して見せると、イソラをビシッと指さすザァト。
「じゃあ、イセラだ。セラの姿でイソラだから、イセラ。いいだろ?」
「……」
「……」
「……」
「……」
神の命名にセラたち四人は絶句した。
「ん? なんだよ。駄目か? そっかそっか、じゃあここはハツカに任せるか。イソラの名前つけたのもお前だしな……つっても、あんま時間ないから早めにな」
ザァトはハツカを見ると目を細めて、低く言った。彼女の身体は透過しはじめていた。言うまでもなく、セラのヴェールが薄らいでいるからだ。
「ごめんなさい、わたしの力不足で」
「だーかーらっ、謝らないっ」ハツカは薄くなったその指でセラの鼻頭をちょこんと叩いた。「何度も言わせない。っと、時間がないのよね、名前、名前……」
ハツカは顎に指先を当てて思案をはじめる。
「あたしとザァトのもう一人の娘……」
「おい、急げ」
「わかってるよ、任せるって言ったんだから静かにしてて」ハツカはこめかみを指で叩いて悩む。「イソラ……。もう一人のイソラ……。イソラ・イチ……」
「おい、ハツカ」
「待って、もう少し……」
「もう――」
セラはそのやり取りを耳にしながら、なんとかハツカを留めようと想造が終わらないように踏ん張る。しかしヴェールの薄らぎは止まらない。もう限界だった。
「ごめん、なさい……」
セラはここで想造の力を解いて、膝を着いた。ヒィズルのイソラが寄り添ってくる。
「セラお姉ちゃん、大丈夫?」
「わたしは大丈夫、でも――」
セラとイソラが揃って視線を向ける先、ハツカの姿は今まさに消え入ろうとしていた。
「ハツカ!」
そう叫んだのはザァトではなかった。ハツカ本人だ。
「あたしはもう死んだ人間だ。だから、あたしの名前、あげるよイソラ。あたしがあなたにしてやれなかったすべての愛を込めて」
盛大の笑顔で、涙をぽろぽろと零しながら彼女は娘の手を取った。
「お母さん……」
イソラ、改めハツカは消えゆく母に抱きついた。再会に濡れ、そして乾いた頬がまた涙で濡れていた。
「ごめんね、こんなやっつけみたいに決めちゃって」子を撫でる母はどこまでも愛おし気だ。「でもどうでもいいだなんて思ってないからさ、ずっと愛してるよ、あたしの可愛い……ハツカ」
「おかぁ……さんっ…………」
ザァトが娘を挟むようにして妻に抱きついた。
「ハツカ、いい名前だ。当然な」
ザァトには似合わない囁き声と共に、ハツカの身体は消えた。娘は受け継いだ名を染み込ませるように、空になった腕で自分を抱いた。赤ん坊のように泣きながら。そんな彼女を父は後ろから優しく抱き続ける。
その光景に心を温め、イソラに微笑むセラ。すると溌溂としたイソラの笑顔が返ってきた。
「まったく予想外だったよ、今回の仕事は」
作業机に向かったまま、背中の羽根を大きく伸ばし、背中を鳴らしたクラフォフ。エァンダに背を向けたまま続ける。
「お前が珍しく訪ねて来たと思ったら、セラに似た嬢さんのために剣を打ってくれと言う。そのうえ『比翼』が起こるときた」
「『比翼』?」
尋ねるエァンダに、振り返ったクラフォフは二本の剣を差し出した。その鞘、一方にはホトトギスの意匠が、もう一方にはヒバリの意匠が施されていた。
「剣を打つ初期段階で、歪みなく刃が真っ二つに割れる現象だ。それも縦に」
「だから二本か」
「そう簡単に済ますな。『比翼』は滅多なことではない。片割れを打ち鍛えれば、もう一方も同じように鍛えられる」
「全く同じものが出来上がるってことか?」
言いながら、エァンダは受け取った二本の剣を鞘から少しだけ抜き、刀身を眺めた。そして目を細める。刀身の色、正確に言えば反射する光の色が違って見えるのだ。ホトトギスの鞘の方は夕暮れのような暗い橙色で、ヒバリの方は夜明けのような白んだ青だ。そして刀身にはタェシェやフォルセスのように鞘と同じ意匠はなかった。
「意匠も施せば、全く一緒になる。だから輝きの色に差をつけたわけか」
「ああ。落陽石と朝陽石を使った。剣としての質に影響が出ないようにするのは神経をすり減らす作業だった」
「なんか手間がかかったみたいで、悪かったな。それは謝っておく」
「いいさ。手間がかかったのは差をつけるところだけ。言ったように剣自体は一本分の作業だからな」
「確かに、三週間が倍の六週間になったわけじゃないしな」
「ふん、それになにがあろうと、職人として手を抜くことはない」
「ふっ」エァンダは口角を上げ、二本の剣を鞘に納めた。「ま、あんたはそうだよな。だから頼んだわけだし」
「だが、まだ終わりではない。我が子の名を聞くまでが俺の仕事だ。ナパス語でそれぞれなんと呼ぶ」
「ホトトギスとヒバリか……」エァンダはそれぞれの鞘を一度じっと見てから口を開く。「ホトトギスとヒバリだな」
「レヴァン、サィゼム……しかと俺の胸に刻もう」
「にしても、二本か……さてどっちを渡すかな」
手にした二本の剣を今一度眺めるエァンダだった。
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