碧き舞い花Ⅱ
211:天晴れ!
紐はいつしか綱になっていた。
すでに引っ張りはじめて数時間は経っている。未だに半神のイソラが目覚める気配はない。対して神は掛け声をやめ、時折うつらうつらとしていた。
セラもイソラも、最近では戦闘でもここまでなることはないというくらいに汗だくだった。ザァトに対して文句を言うことすらおっくうになるほどに。
単純に身体を動かすこととは別に、疲労を溜めるなにかがあるらしい。そんなことを考えながら、セラは眠るイソラの目覚めのために綱を引くのだった。
暗闇に座席が六つそして棺が一つ。そのうちの四つ椅子に男がそれぞれ収まっている。棺を中心に据え、椅子は散在する。その正面はそれぞれあらぬ方向を向いていて、誰一人として視線を合わせることができない配置だった。
一人、ィエドゥ・マァグドルが誰もいない正面を向いたまま口を開いた。
「『碧き舞い花』の肉体を持った半神がいたが、あなたの仮の器にはなりえないのかい、ヴェィルさん」
「ああ、それ」バーゼィ・ドュラ・ノーザも暗闇に向かって喋る。「その半神、俺も知ってるかも。だってそうだろ、俺が戦ってたのがヴェィルの娘だっていうなら、そいつは『碧き舞い花』で、そいつと同じ身体で半神のやつなんてそういるものじゃないんだからな」
ヴェィル・レイ=インフィ・ガゾンは顔の半分を暗闇と同化させ、真っ青な瞳一つで闇の先まで見つめる。
「可能性はあるだろう」
「では、候補に?」
クェト・トゥトゥ・スは頭蓋の仮面の奥から猫の眼を鋭利に輝かせた。
「ああ」とヴェィルは短く答えた。
「そうなると貴方様が本来の力を発揮できる器の候補は三つとなるわけですね。舞い花とムェイ、そしてその半神」
「いいえ、一つ忘れていますよ、博士」そう言って暗闇に暗い藍色を閃かせ、空いていた椅子にフェース・ドイク・ツァルカが納まった。「ルルの方も順調です、マスター」
「そうか。すまないが、俺は休む」
「はい」
フェースが返事をすると、ヴェィルの身体は完全に暗闇に溶けた。ただ少しだけ判別できる黒が、中心の棺へと流れていった。そしてそれと同時にフェースの身体も消え去り、仮面だけが宙に浮かぶように残った。
「申し訳ない、現在使用可能な器、ですね」クェトは主の休息を見届けてから、訂正し、続ける。「まあどちらにせよ、現状で一番可能性があるのはムェイでしょう。データを改ざんできる分、容易に空っぽな状態にできますから」
「本当にそうか?」とバーゼィ。「だってそうだろ、見つかんなきゃ意味がない。それよりヴェィルが凡庸型の人形に入って、それでフェースが娘かその身体を持つ半神を捕まえてきた方が早いんじゃないか。人形より人間の方が、馴染むだろうし。そしたら水晶から本当の身体を出すための装置だって、簡単に見つけ出せる。違うか?」
「身体の馴染みは確かに生身の身体の方がいいかもしれません」クェトは諭すように返す。「ただし、バーゼィさん。精神が問題なのです。敵対している者が簡単に身体を委ねることはないでしょう。必ず抵抗する。その心を空っぽにできるからこそムェイが一番可能性が高いのです」
「でも、できてなかったんだろ。だから逃げられてる」
「だからこそ、より強力な上書きを準備してある」
「失敗を踏まえ準備する。俺はクェト博士に賛同する」
そう言ったのはィエドゥだ。
「意識の舞台で戦った感じからすれば、セラフィを屈服させるのは、厳しいことを言うようだが、さすがのヴェィルさんでも難しいだろう。跳ね除けられてしまえば、命取りだ」
「……むぅ」バーゼィは苦い顔で唸った。「確かに、もしもがあり得るな、あいつには」
「マスターもお休みなられた。それぞれ使命に走れ」
フェースの声が暗闇に行き渡ると、各々が暗闇から去った。
現れたィエドゥは湿った風に吹かれる。飛ばされないようにとハットを押さえて、そこから覗く目を横に向ける。
遺跡に詰まった砂を運び出すことに精を出す兵士たち。こちらはまだまだ開通しそうにない。今は先日遺跡の中で相まみえた連盟の者たち。彼らが使ったと思われる入り口から通ずる分かれ道の先、それに望みをかける方がいいだろう。ただそこにはすでに何者かの痕跡が残っていた、それがどれほど奥まで続いているのか、たった今先遣隊を向かわせているところだ。
そろそろその彼らからの定時連絡がある頃だ。
半日は優に超えただろう。
綱を引く手が止まった。なにかに引っ掛かったように、がくんと。
セラはイソラと顔を見合わせ、それから揃ってザァトに目を向けた。
玉の緒の神は明朗快活に白い歯を見せた。「天晴れ!」
汗をぬぐいながら笑みを交わし合うセラとイソラ、今度はその目がセラの姿をしたイソラに向かった。
ゆっくりと、サファイアが露わになる。
すでに引っ張りはじめて数時間は経っている。未だに半神のイソラが目覚める気配はない。対して神は掛け声をやめ、時折うつらうつらとしていた。
セラもイソラも、最近では戦闘でもここまでなることはないというくらいに汗だくだった。ザァトに対して文句を言うことすらおっくうになるほどに。
単純に身体を動かすこととは別に、疲労を溜めるなにかがあるらしい。そんなことを考えながら、セラは眠るイソラの目覚めのために綱を引くのだった。
暗闇に座席が六つそして棺が一つ。そのうちの四つ椅子に男がそれぞれ収まっている。棺を中心に据え、椅子は散在する。その正面はそれぞれあらぬ方向を向いていて、誰一人として視線を合わせることができない配置だった。
一人、ィエドゥ・マァグドルが誰もいない正面を向いたまま口を開いた。
「『碧き舞い花』の肉体を持った半神がいたが、あなたの仮の器にはなりえないのかい、ヴェィルさん」
「ああ、それ」バーゼィ・ドュラ・ノーザも暗闇に向かって喋る。「その半神、俺も知ってるかも。だってそうだろ、俺が戦ってたのがヴェィルの娘だっていうなら、そいつは『碧き舞い花』で、そいつと同じ身体で半神のやつなんてそういるものじゃないんだからな」
ヴェィル・レイ=インフィ・ガゾンは顔の半分を暗闇と同化させ、真っ青な瞳一つで闇の先まで見つめる。
「可能性はあるだろう」
「では、候補に?」
クェト・トゥトゥ・スは頭蓋の仮面の奥から猫の眼を鋭利に輝かせた。
「ああ」とヴェィルは短く答えた。
「そうなると貴方様が本来の力を発揮できる器の候補は三つとなるわけですね。舞い花とムェイ、そしてその半神」
「いいえ、一つ忘れていますよ、博士」そう言って暗闇に暗い藍色を閃かせ、空いていた椅子にフェース・ドイク・ツァルカが納まった。「ルルの方も順調です、マスター」
「そうか。すまないが、俺は休む」
「はい」
フェースが返事をすると、ヴェィルの身体は完全に暗闇に溶けた。ただ少しだけ判別できる黒が、中心の棺へと流れていった。そしてそれと同時にフェースの身体も消え去り、仮面だけが宙に浮かぶように残った。
「申し訳ない、現在使用可能な器、ですね」クェトは主の休息を見届けてから、訂正し、続ける。「まあどちらにせよ、現状で一番可能性があるのはムェイでしょう。データを改ざんできる分、容易に空っぽな状態にできますから」
「本当にそうか?」とバーゼィ。「だってそうだろ、見つかんなきゃ意味がない。それよりヴェィルが凡庸型の人形に入って、それでフェースが娘かその身体を持つ半神を捕まえてきた方が早いんじゃないか。人形より人間の方が、馴染むだろうし。そしたら水晶から本当の身体を出すための装置だって、簡単に見つけ出せる。違うか?」
「身体の馴染みは確かに生身の身体の方がいいかもしれません」クェトは諭すように返す。「ただし、バーゼィさん。精神が問題なのです。敵対している者が簡単に身体を委ねることはないでしょう。必ず抵抗する。その心を空っぽにできるからこそムェイが一番可能性が高いのです」
「でも、できてなかったんだろ。だから逃げられてる」
「だからこそ、より強力な上書きを準備してある」
「失敗を踏まえ準備する。俺はクェト博士に賛同する」
そう言ったのはィエドゥだ。
「意識の舞台で戦った感じからすれば、セラフィを屈服させるのは、厳しいことを言うようだが、さすがのヴェィルさんでも難しいだろう。跳ね除けられてしまえば、命取りだ」
「……むぅ」バーゼィは苦い顔で唸った。「確かに、もしもがあり得るな、あいつには」
「マスターもお休みなられた。それぞれ使命に走れ」
フェースの声が暗闇に行き渡ると、各々が暗闇から去った。
現れたィエドゥは湿った風に吹かれる。飛ばされないようにとハットを押さえて、そこから覗く目を横に向ける。
遺跡に詰まった砂を運び出すことに精を出す兵士たち。こちらはまだまだ開通しそうにない。今は先日遺跡の中で相まみえた連盟の者たち。彼らが使ったと思われる入り口から通ずる分かれ道の先、それに望みをかける方がいいだろう。ただそこにはすでに何者かの痕跡が残っていた、それがどれほど奥まで続いているのか、たった今先遣隊を向かわせているところだ。
そろそろその彼らからの定時連絡がある頃だ。
半日は優に超えただろう。
綱を引く手が止まった。なにかに引っ掛かったように、がくんと。
セラはイソラと顔を見合わせ、それから揃ってザァトに目を向けた。
玉の緒の神は明朗快活に白い歯を見せた。「天晴れ!」
汗をぬぐいながら笑みを交わし合うセラとイソラ、今度はその目がセラの姿をしたイソラに向かった。
ゆっくりと、サファイアが露わになる。
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