碧き舞い花Ⅱ

御島いる

205:ケン・セイ対イソラ・イチ

「お師匠様っ、あたしも!」

 イソラはケン・セイのもとへと駆け出した。テムの呼び止めにも応じず、師と並び立った。

「イソラ。キノセ、守れ」

「駄目!」

 わたし・・・のイソラはみんなを助けようとしたはずだ。きっとその想いがあらぬ方に向かって、内に秘められた力に飲み込まれているのだ。自身の中に残っている彼女の存在がそう告げている気がイソラにはしていた。

 だから……。

「イソラはあたし・・・が助けないとだから!」

「助ける? その余裕、ない!」

「うぁ」

 ケン・セイはイソラを後方へ押し退けてから、黒きイソラに向かっていった。懐に入って、見事な掌底をイソラの腹に叩き込んだ。闘気が空気にヒビを走らせた。闘牛だ。

 が、衝撃はなかった。ヒビ割れが止まったかと思うと、ヒビは時を戻すように収まっていったのだ。

 イソラがそれに訝むより早く、ケン・セイの身体がイソラを超え、テムたちすらも超えて吹き飛んでいった。

「え……お師匠様っ!!」

 振り向いたイソラだったが、直後に危機を感じ取った。目を背けたのは失敗だった。

 黒い拳が眼前にあった。

 イソラは目をつむった。気配だけを感じていた時なら、きっと身を引いただろう。彼女から貰った光が咄嗟の場面で仇となった。

 遅れて気配を感じ取ろうとはすれど、きっとそんな間もなく拳は頬を打つだろう。そう考えるイソラだったが、拳が寸でのところで止まるのを感じ取った。はっと目を開くと、そのまま瞠る。鼻先に触れるか触れないかのところで黒い拳が止まっていた。

 わたし・・・が歯痒そうに瞳を細めて、あたし・・・のことを見ていた。

 イソラは呼び掛ける。「イソラ」

「っ!」

「ぁ!」

 呼びかけには答えることなく、イソラは飛び退いた。彼女を追うように空気の裂け目がまっすぐとやってきた。ケン・セイの天牛だ。それも束の間、イソラのすぐそばを師匠が走り抜けていった。

 師と友が激しく拳を交え合う。

「お師匠様!」イソラは懇願するように叫ぶ。「イソラはまだ戻ってこれます! あたしを信じて!」

「……」

 ちらりと一瞥され、ケン・セイと目が合った。それだけで師はなにも言わなかった。そしてイソラとの戦いをやめる気配はなさそうだった。

「お師匠様……」

「弟子の道、正す、師の務め!」

 鋭くも温かみのある声に、イソラは吐息を漏らし、前髪をぴょこんと揺らして、ぱぁっと笑みを浮かべた。

「ありがとうございます!」

「ふん、神との戦い。もう、負けん。それ、試すだけ。いい機会。イソラ、テム。お前たち、見て、学べ」

「あはっ! はい!」

 後ろでテムも返事をした。「はい!」

 ケン・セイはウェル・ザデレァでリーラ神に歯が立たなかったことを機に、大師匠であるシオウの元を、連盟の任の合間を縫って何度も一人で訪ねていた。半神であれ神の力との戦いはケン・セイにとっても、挑戦であり、楽しみになことなのだ。

 そしてその中には、友の救出への信頼も、新たな闘技の奥義を目の当たりにできるという期待もあって、イソラにとって嬉しいことばかりだった。

 イソラは刮目するのだった。





 ケン・セイは戦いに没頭する。極集中のことなど考えたことがない。強者との戦いはいつだって極集中の深みに彼を落とし込む。

 もう、見学者たちの気配はケン・セイの中にはない。

 目の前にいる特異な弟子だけが、今のケン・セイの昂る心を占めている。

 サファイアがカッと見開かれた。神の睨みだ。だが荒い。初めて使うようだ。そんな攻撃がケン・セイに当たるわけがない。彼はその衝撃の範囲ギリギリを攻めて身体を捻る。最小限の動きで躱したのち、イソラのセラの顔に拳を繰り出す。

 イソラは反応を見せて顔を横に反らした。

「躱せて、いない!」

「!?」

 イソラの顔が強い力に殴られ、身体を地面に叩きつけながら転がった。拳は避けきったのにだ。

「っ!」

 片膝ついたイソラに闘気の波紋が広がる。水牛か。そう思うケン・セイの頬のあたりにも波紋が浮かぶ。

「闘気、闘技、シオウと俺、産んだ技術」

 波紋が激しくさざめき出す。

 この状態になるまでに自身の闘気で抑え込めば水牛は発動しない。だが、ケン・セイはそうしなかった。反射してきて迸る闘気に、そっと手を触れた。すると、波紋は球状になり、その場に留まった。

 そのことに対するイソラは驚いたようだが、気にせずにケン・セイに向かってきた。

 激しい拳の応酬。そんな中、ケン・セイは時折、イソラの水牛に対してできたものと同じ波紋の球を作り出していった。イソラの拳をいなした時に、繰り出している拳とは反対の手で攻撃の合間に、イソラの攻撃を受けよろめいた折に。

 ケン・セイは作り続けた。

 二人が通り過ぎた場所には波紋の球が列をなしていった。

 イソラはそれを気にする素振りを見せながらも、ケン・セイへの攻撃を続けた。純粋な殺気に頼った破壊的な攻撃衝動に身を任せて。

 対してケン・セイはいたって冷静に、戦いの行きつく先を見ていた。

「そろそろ、終わりだ」

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