碧き舞い花Ⅱ

御島いる

199:繰り返す過去

「切れた……」

 コクスーリャはペンダントをしまうと、ネゴードの両手を目に見えないロープで拘束し独房の扉を開け放った。

「ヒュエリ女史、俺はネゴードとセラたちのところに行く。ゼィロスやホルコースに説明しておいてくれ」

「は、はい!」





 光が収まると、イソラとキノセがいなくなっていた。気配もまるでない。

「タネは見せたくなかったけど、君を閉じ込めるわけにはいかないからな」

「みんな、その中なの……?」

「そう。だが、いつまで生者としているかな。先に閉じ込めた者たちは、すでに死んでいるかもしれない。この箱、『時忘れの箱』はそういう道具だ」

 ィエドゥは両手で『時忘れの箱』を包み込んだ。箱が消える。

「さて、君はどうしようか。ヴェィルさんには黙って、水晶を奪っておくっていう手もなくはないな。さっきも言ったように、俺は奪える時に奪いたいって考えだから」

 セラはィエドゥを睨んでフォルセスに手を掛ける。カウンターの奥でマスターが怯えて奥に引っ込んでいく。他にいた数人の客たちも、さっきの輝きを見て異様なことが起きているのだと知り、二人からそそくさと離れていく。

「ここは戦いの舞台には向かないと思うが? みんな静かな夜を過ごすためにここにきているんだから。マスターごめんよ、他のお客さんたちも。俺たちは出てくから、引き続き晩酌を楽しんでくれ」

 ィエドゥはお辞儀をすると、懐から真っ白な布を取り出した。

「さあ、舞い花。行こう、気兼ねなく戦えるステージへ」

 布が大きく広がって、ィエドゥとセラを包み込んだ。





 布が取り払われると、セラはィエドゥと共に赤い垂れ幕に囲まれた空間にいた。セラが辺りを見回すと、白い床とブーツが擦れてきゅっと高い音が鳴って反響した。

「ここは俺の意識の底を煌白布の中に引き上げて作り上げた空間。邪魔するものはなにもない。気兼ねなく戦えるだろ?」

「そしてお前が優位な場所」

「それはそうだろう。手品師は準備に準備を重ねてステージに立つものだからな」

「手品師……」

 セラはフォルセスを抜いた。





 イソラは山を走っていた。気付けば幼き体で、山を走っていた。

 雨の降る夜。

 追われている。

「いたぞ、鬼の子だ!」

 剣士が追ってくる。

 これはケン・セイに出会う前の出来事。ただ意識は大人になった自分自身だった。

 もどかしい。戦う力があるはずなのに、身体は幼く弱い。

 山を下り、小さな滝のある岩場。ケン・セイとの出会いの場に出る寸前で、また山頂の神社のところに戻される。

 繰り返される。

 一度、剣士たちに歯向かってみたが、あえなく刃に貫かれた。死んだかと思えば、またボロ神社だった。

 繰り返される過去。イソラはただ逃げることだけを強いられた。

 そうしているうちに、意識が薄らいで過去に溶けてしまいそうになる。





 立方体の輝きを見たことで跳ばされたのは、過去だった。意識だけ現代のものを残し、身体は少年になっていた。

 まだ胸に傷のない時代。

 そしてこれから傷がつく。身体にも、心にも。

「テム、お前のせいだ!」

 豪雨の音に打ち消されることのない父カム・シグラの怒号。

 彼の握る天涙が、壁に背をつけへたり込み恐怖に涙するテムに向かって振るわれる。

 散った血は壁に着くが、雨に流れていく。

 ――この時、俺は死ぬんだと思った。

 だが違った。この時、テムはマサ・ムラに助けられたのだ。ケン・セイに敗北する前の心優しき師との出会いだった。

 そしてこれが繰り返される。

 斬られ、助けられたところで、また壁際で泣いているところからはじまるのだ。乗り越えているのだと思い込んでいた心の傷を、何度も追体験させられている。

 どうにかして抜け出さなければ。その想いも徐々に薄らいでいるようにテムは感じていた。

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