碧き舞い花Ⅱ

御島いる

193:碧花百閃

 セラは男の黒い眼を睨み続ける。

「俺の嫌いな目だ。だってそうだろ。上からで、反抗的ってさ。俺はさ、嫌なことはすぐ忘れる性質たちなんだけどさ、お前のことは忘れないかもしれない。正確にはお前みたいなやつだけどな。だってさ、俺の天敵だから。邪魔者はただ殺すだけだけど、それが天敵ならちゃんと覚えておかないと、また痛い目見るだろ、だって」

 男は手の獣化を解いて、その手に再び剣を握り、大きく後ろに引いた。

「なあ! そうだろ!」

 サファイアに映り込む切っ先が大きくなる。それでもセラは瞳を閉じずに、凛と見つめ続けた。すると、不意に視界から刃が消えた。それと同時に、セラの身体大きく傾き、地面に打ち付けられた。

 気配すらも感じられない今のセラにとっては、なにが起きたのかと状況を確認するのにも遅れが生まれる。視線を巡らせると、男の上に倒れ込む自分自身の姿があった。もちろん、姿こそセラだがそれはイソラなのだろう。

「セラお姉ちゃんっ!」

 イソラはすぐに立ち上がると、セラを男から離して肩を貸すと距離を取る。

 セラは自分の顔を横目に問う。「イソラ、どうして来たの……?」

「そんなの決まってるよ。セラお姉ちゃんはイソラの友達だから」

 助けてもらったはいいが、イソラとて負傷し、満足に戦える状態ではない。

「それにわたし、イソラのことでセラお姉ちゃんに伝えないといけないことがあるの」

「え?」

 訝しむセラ。その時男が立ち上がったことで、二人の会話は途切れた。

「っ……わざわざ来なくても、捜しに行ったっていうのに。だってそうだろ、どうせ喰うんだから」

「人を食べるなんて趣味が悪い!」

 イソラはセラをゆっくりと降ろすと、男に向かって駆け出した。

「イソラ、駄目っ! 戦わないで逃げて!」

 イソラの背中を見つめながら、セラは自分を問いただす。まだなのかと。まだ戻らないのかと。痛む手を強く握る。痛みが増すだけだった。

「イソラ!」

 男に殴りかかろうとするイソラ向かってセラは手を伸ばす。その時だ。彼女の指先に、ひらりと碧が揺れた。

 セラは目を瞠る。その瞳にはエメラルドがくすぶりはじめた。

 間に合って――。

 想いのままに。

 碧が膨れ上がる。

「来たっ!」

 セラは自分の怪我など気にせずに、すぐにナパードをした。それも三つだ。

「え――」

「なっ!?」

 セラは自分が跳びながら、その手にフォルセスを呼び戻し、イソラを世界の外に逃がした。そしていま彼女がいるのは男の目の前。

 男がセラにしようとしたように、フォルセスを男の顔に向かって突き出していた。

「くわっ」

 顔を逸らした男の頬がまっすぐに裂け、血を噴いた。セラはそれでも攻撃の手を止める気はなかった。ここが決め時だ。ここしかない。

 碧花乱舞……否、それもまた新たな到達点。



 碧花百閃へきかひゃくせん



 舞うことを忘れたように宙に留まった花びらたち。セラが男の背後に現れると、急に思い出し、彼女に続くように吹雪いて追い越して、そして消えた。すると男の身体に無数の斬撃が一瞬にして走った。

「あ゛ぁ……」

 セラは後ろで男が膝を着くのを感じる。それでも男の戦意は失せていない。憤りに気配が揺れていた。

 戦いはまだ続く。決められなかった。

 セラはまず両手と腹部を一瞥すると、瞳を閉じた。そうしてまた開くと、彼女の傷はなくなった。次に自身に纏わるヴェールを見やると、彼女はその濃さの変化に目を細める。薄まり方が彼女のが知るよりも激しい。疲労が想造に影響している。さらに言えば、きっと急激に戻って来た反動かもしれない。

「ありえないだろ……だって、治らないなんて…………!」

 セラが振り返ると、男が怒りに震えながら立ち上がっていた。その背中にはセラが今つけた無数の斬撃の跡がカサブタとして残っていた。とりわけ目立つのは、最初に治らなかった脇腹のものだ。そして振り返った男の頬のカサブタだ。

「お前、なにしたんだ」

 問われても、セラとしてはなにかをした自覚はない。ただ再生させないような攻撃を、鏡映しにならない攻撃をと想ったくらいだ。ただ、想造の力にも、知識にある技術にもそういったものはない。神の再生能力を上回る力など。

 言えるとすれば。

「お前は神の力を使うけど、神ではない。そういうことじゃない?」

 セラがそう言うと、男が歯を食いしばって、それから吠えるように言った。

「お前も! お前もそれを言うのか! どいつもこいつも!」

 男は掌を天に向けて突き上げた。空がうねり、黒くて白い、白くて黒い半透明の光りに表面ががてらてらとする雲がもくもくと広がっていった。

 異空ナトラネヌ

「世界ごと終わりだぁ!」

 パァアン――。

 男が手を合わせた。

 世界が、震える。

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