碧き舞い花Ⅱ

御島いる

192:限界

 背中の傷が治っていく途中でそれはセラの視界から消えた。また動きもなく男が正面をセラに向けたのだ。

 振り下ろされる剣。セラは二本で受け止める。鍔迫り合いの中、男がまた目の力を使おうとする。

「芸がない!」

 セラは男を睨み返すと、彼をナパードさせた。すかさず振り返りながら剣を振るう。

 すぐ後ろに跳ばした男の背に再び二本の傷をつける。

「む゛ぐ……ん!」

 男が前のめりに体勢を崩した。強く足を踏み鳴らして踏み止まる。するとその足踏みに合わせて、大きな揺れが起こった。

 大地がうねり、セラと男を上空に跳ね上げた。

 セラは外在力で浮遊し、男に向かってナパードで間合いなくした。二本の剣で同時に斬りかかる。まだ前回の傷が消え切らない男の背中にさらに二本の線を重ねる。

「あがっ……いい気になるな!」

 セラの両脇でパキパキと音がしたかと思うと、鋭利な氷塊が作られた。間もなく、セラに向かって飛ぶ。だがその時にはすでにセラは空間の拡大を終えていた。そのままの姿勢で後方にずれた。

 氷塊がぶつかり合い、きらきらと砕ける。その向こう、男の姿がなかった。気配はセラの後ろだ。

 セラは振り返りながら振り下ろされる男の手首を左前腕で受け止めた。がら空きとなった男の脇腹にフォルセスを振り抜く。

「っく」

「うっ!?」

 セラは痛みに顔を歪める。男の脇腹に傷をつけた途端、鏡映しのようにセラにも同じ傷がついた。

「あんま斬られることないから忘れてたんだけどさ、俺、こんな力も使えたんだ」

 セラのエメラルドが一気に薄まった。ウェィラのオーウィンの影も空に溶けていった。ナパードで男から離れる。ウェィラを腰に納め、脇腹の傷を手で隠すセラ。肌を造り治す。

 傷を無くす行為は大きく想造の力を消費する。今の状態では、あと一回使えるかどうかだろう。それを使うかどうかはさておいても、想造の力の限界が近い。セラは力が消えて無防備に空から落ちないように、地上にナパードした。

 男も降りてくる。その脇腹の傷はまだ完全に塞がっていない。男の再生も目に見えて遅くなっている。それでもきっとセラの方があとがないのだろうと、彼女は思う。

 鏡映しになって返ってくる傷。それに構わずに深手を負わせ合った・・・・・・としても、男はゆっくりでも再生するが、セラは一度回復ができるかどうかだ。だからと言ってこれ以上戦いが長引けば、確実にセラの想造が時間切れを迎えてしまう。力が戻るまでの間、想造なしで男の相手ができるのか。そうなったら絶望的だった。

 男が再生できないような攻撃。鏡映しにさせない一撃。そのどちらかが可能であれば、話は変わるのだが。

 エメラルドが揺らぐ。まさに風前の灯火。

 考えていては、ただ限界が迫るだけ。セラは男に向かって駆け出した。想造の力を目覚めさせるために神々と戦ったときは、もちろん想造の力はなかったのだ。それを思えば力が戻るまでの一時を凌ぐことだってできるはずだ。それがセラが最終的に下した判断だった。

 剣を振り上げてセラを迎え撃つ男。

 絶望的でも、希望は捨てない。

 セラがその想いでフォルセスを引くと、彼女に纏わっていたヴェールが神の鳥に移動した。

 消える。間に合え。

 がくんと身体に重さを感じながら、セラはエメラルドの線を描きながら、男とすれ違いざまにフォルセスを振り抜いた。

 彼女の瞳が純粋なサファイアに戻った。彼女の肩口が赤く裂ける。

「っく」

 倒れまいとフォルセスを支えにするとセラはそのまま振り返る。男の気配は消えていない。生命活動も感じる。

 ここからが正念場だ。

「なんでだっ……なんだよ、これ……!?」

 肩の痛みに耐えながらフォルセスをゆっくりと構え直したセラだったが、男が予想外の反応を見せたことに驚く。

 セラが斬った脇腹を両手で押さえて、男は狼狽えていた。

「いってぇ……なんで治らない……」

 真っ赤に染まった手を脇腹から離しながら振り返る男。彼の脇腹は塞がっていた。ただ、それはきれいにではなく、血が固まったカサブタでだった。

「お前は、絶対に殺す。だってそうだろ! 得体のしれないものは、排除すべきだからな!」

 黒き瞳を激昂に揺らし、その手を獣のように変貌させると、鋭い爪でセラに襲い掛かる。セラは後退しつつ剣で受け流す。追撃にも後退し、いなす。素早い連撃にはじめこそ対応できていたセラだったが、ついに足が絡んで尻餅をついてしまった。

「もらったぁ!」

 男が両手の爪をセラに向かって突き出す。

 セラはまだ諦めていない。フォルセスを振るい、反撃を試みる。だが、不意にフォルセスが弾かれた。「んなっ!?」

 尻尾。男の臀部から尻尾が生えていた。それが、フォルセスを退けたのだ。

 十本の爪が迫る。

 だがまだだ。セラは手で攻撃を受け止めた。

「ぐぁっ……」

 組み合うように受け止めたセラだったが、数本の男の指がうまく合わずにセラの掌を突き抜けたのだ。両手に激痛が走る。溢れ出た血がグローブの内側と外側から腕を伝い、流れ落ちる。

「離すか? 離さないか?」男が鋭く口角を上げる。「どっちにしろ、お前は死ぬけどさ!」

「うぅっ……ぁぁ……」

 男の尻尾がセラの腹に巻きついて、締め上げながら彼女の身体を持ち上げる。

「ぁああ゛……んっぐ…………!」

 尻尾は棘のような毛で覆われていて、雲塊織を突き破って彼女の皮膚に穴を空け、引っ掻く。

「うぁあああぁ……ふぅ、ふぅ……ぅん゛っ!」

 脚を振り、男の身体を打つが、無力だった。

「終わりだな。だってそうだろ、もうそんな力しかないんだからさっ」

 男は言葉の終わりに合わせて勢いよくセラから手を離した。

「はぁっ……!!」

 苦痛に歪むセラの顔。だらりと力なく垂れ下がる両腕。セラにはもう男を睨むことしかできなかった。

「そろそろ死を覚悟しろよ。そんな目、まるでまだ反抗する見たいだろ?」

 副作用からはすぐには戻らない。男が時間をかけてくれるのなら、抵抗を続ける気でセラはいた。

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