碧き舞い花Ⅱ

御島いる

191:“想造を目覚めさせよ”

 ドルンシャ帝仕込みのマカが田園を削る。そしてその大地はじっくりと再生していく。これはセラの力ではない。その答えを男がくれた。

「ああ、こんな強い力の神だ。喰いたかった。惜しいことをしたな。だってそうだろ、世界を離れてここまで影響を残せるんだぜ。生気の神、絶対うまい!」

 男も大地を液状にしたり、焼き尽くしたりするが、それでも田園は元に戻るのだ。それを見て男は嬉しそうにする。

「お前を殺して、そしたら絶対見つけ出して喰ってやるんだ」

 セラは空気の球に雷を閉じ込め、男に放つ。「戦いに集中したら?」

「ご褒美のことを考えたっていいだろ?」男はものともせずその球を払いのける。「俺はその方がやる気が出る」

 背後に逸れた球が大地に落ちて雷が爆ぜる。それを背景に男がセラに迫る。セラは碧い尾を引きながら、男の一撃をフォルセスで受ける。

「それに、お前、どんどん疲れてるだろ。お見通しだぜ? 俺もそうだからわかる。食後の慣れない力は案外疲れるんだ」

「……っ」

 ここらが想造の継続の限界。セラも自身に纏わるエメラルドが薄らいでいくのを視認していた。きっと瞳もそうなのだろう。呼吸が荒れている様子はないが、確かに今も男の力に押されていた。

「それで俺をどうにかできると思ってたのか?」

「あの子は助けられた」

「お前は死ぬ」

「勝手に決めないで」

 セラはフォルセスを片手で持ち、左手でウェィラを抜いた。「力を貸して、ビズ兄様」

 エメラルドに黄色が混じる。そして、セラの握ったツバメがフクロウの影を見せる。半透明の刃はがら空きの男の胸を貫いた。

「んぐっ……」男はセラから離れた。そして血が流れる胸部をさする。「……痛いだろ」

 みるみる塞がっていく男の傷口。セラはそれは当然とばかりに反応せず、二本の剣を構える。もう時間もさしてない。想造の力の発現が切れるまでに決着をつけなければ、最悪、男の言うことが現実になる。

「疲れ以上に困ることでもあるんだろ。だってさ、急いでる」

「だとしても、それまでにお前を倒す!」

「お前も……なんで上からなんだよ。どこに俺に勝てる確信があるんだか。想いの力じゃどうにもならない事だってあるんだぞ?」

「そういうのを覆すことができるのも想いの力よ!」

 薄らいでいた碧が、僅かだが息を吹き返す。

「その程度で思い上がるなよ!」

 男は自分の手に付着した血をセラに向かって飛ばした。真っ赤な弾丸が迫る。セラは高い音を立ててフォルセスとオーウィンで弾きながら、男との距離を詰めた。

 大きな踏み込みと共に、まずオーウィンで斬りかかる。それを男が剣で受け止めると、セラはぐるりと身体を回転させてフォルセスで男の横っ腹に見事な一撃を入れる。

 手応えは充分で、赤い線が男の腹部に描かれる。ただそれも一瞬で、波際の砂浜のようにきれいに、無くなっていく。

 でもそれでいい。治りはするが、斬られたこと、治したことにより男は確実に体力を減らしている。治る速度が遅くなっている。それにセラは気づいていた。僅かな遅れだが、戦いはじめた時に比べて遅い。きっとセラだから気付けた遅れだ。

 ヨコズナの試練。

 過去となった存在との戦いにより、まずセラはそもそも彼女が持っていた力を最大限に引き上げた。ヨコズナの使者としてのアシェーダが「死なないでくれ」と告げたが、それほどに命の危険を感じる戦いではなかった。過去の者たちを通じて『死』は身近に感じはしたが。

 そう、そこまでは馴染ませるための試練だった。

 嵐の止んだ意識の底に再び現れたヨコズナにより、セラは神々の墓場に誘われた。ここからが試練の本番ともいえた。そこにはヴェィルに敗れた神々が集まっていて、ヨコズナが彼女のことをヴェィルの娘だと説明すると、皆が瞳を黒く染めた。




 ――想造を目覚めさせよ。




 ヨコズナはその言葉を残し、セラを恨みの渦の中に取り残した。

 一人相手でも到底敵わない神を一斉に相手にする試練。ヴェィルと戦うために力をつける試練なのだという説明を欠いたのか、そもそも言わずにその恨みをセラに向けさせるためなのか、ともかくヨコズナからその事実が伝わっていない神々は容赦なくセラの命を奪いにきた。前の試練により大きく力を取り戻したセラだったが、それでも及ぶはずがなくすぐに死の際まで追い込まれた。

 ただそこでセラは思わぬ協力者に出会った。

 玉の緒の神ザァトだ。

 彼はセラの中に娘イソラとの繋がりを感じ取り、その目から黒を消し去ったのだ。そう、セラはこの時に神の血を引くイソラ・イチのことを聞いていたのだ。

 ザァトはセラを回復させると、彼女とヨコズナとの繋がりから記憶を読み取り、試練の趣旨を理解するとそれを他の神々に伝達してくれた。中には説明を聞いても納得しない神もいたが、多くの神々がセラに協力してくれた。段階的に難度を増していく方法を取りながら、セラは神々と刃を交えていった。

 そこで数多の神々が持つ技術を知り、神全般の特性を多く観察したセラ。だからこそ彼女は、男の傷の再生が僅かに遅れ出していることにも気付けたのだ。

「疲れはお互い様っ!」

 セラは男の背後に回って二本の剣で交差する斬り傷をそこに刻んだ。

「いって……!」

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