碧き舞い花Ⅱ

御島いる

180:虚しき再会

 ~〇~〇~〇~
「『三つの蒼』の市場に似てますね」
 ペレカはホワッグマーラの賑やかな朝市を見てそう言った。それにユフォンが楽しそうに答える。
「そうだね。でも大交易市場の方が荒々しいんじゃないかい? こっちは観光客と住んでいる人たちが主だけど、向こうは商売人たちが主だから」
「うーん、言われてみればそうかもしれないです。みんなせかせかしてた。大声で。それに比べたらここは賑やかですけど、静かです。大人って感じがします」
「大会の時のコロシアム前の市場はもっとすごいんだよ、ペレカちゃん。動けないくらい」
 セラはユフォンと同じように楽しくペレカに笑いかける。
「そうだ、コロシアムの方にも行ってみようか?」
「はい! 行きたいです。セラさんが戦った場所ですよね!」
「よし、そうと決まれば、こっち」ユフォンが二人に先んじて手招きする。「近道があるんだ」
「えー、大丈夫なのユフォン。さっきみたいに行き止まりになってたりしないよね?」
 この市場に来るまでの道のりで、ユフォンが提案した抜け道。静かな朝にぴったりなゆったりとした時が流れる路地だった。しかしその路地は途中で新たに建てられた家屋によって行き止まりとなっていたのだ。復興による道の変化。徐々に行われていることなのだろうが、異世界にいることが多くなったユフォンにとっては急激な変化なのだ。
 それはまるで時代を超えた帰郷、もしくは別世界への旅行のようなものなのだ。
「大丈夫とは言い切れないけど、まあ、それも観光の楽しみでしょ、ははっ!」
「どうするペレカちゃん? ガイドさんはこう言ってるけど」
「頼りないですけど、はい、そっちで」
「だってユフォン。よろしくね」
「ははっ、じゃあ行こう」
 ペレカと手を繋ぎ、セラが歩き出したところで空いた手を掴む者がいた。
「見つけた、セラさん!」
 市場の人たちの中にうまく気配を紛らわせたものだ。さすがは危機回避能力の高い子だと思いながらセラは振り返る。
「アルケン、どうしたの?」
 ~〇~〇~〇~




「セラ……!」
 そう言って紅い瞳を向けてきたのは、紛れもなくズィーだった。気配もよく知ったものだ。未だに見つかっていない彼の遺体。きっと目の前の彼がそうなのだろう。セラは彼の頭に巻かれる包帯に目を向ける。
「ズィー。その包帯、『髑髏博士』のでしょ」
「『髑髏博士』? 知らねーよそんなの。それよりさセラ、一緒に来てくれ。お前と行きたいところがあるんだ」
「どこなの?」
 セラはどこか虚しさを感じながら聞き返した。再会の喜びも、『夜霧』への怒りもなかった。ヨコズナの試練の中、ズィーは意識の底で過去として現れ、彼女と剣を交えたのだ。そこで改めて受け止めて、先に進んだのだ。
「それは行ってからのお楽しみだ」ズィーがセラの前までナパードで移動した。「ほら、いくぞ」
 スヴァニを納め、そこからセラに向かって伸びた彼の手から彼女は腕を引いた。
「おい、どうしたんだよ」
「ズィー、わたしは行けない」
「は? なんで?」
「ズィー……あなたはもう、時を刻んでない」
「なんだそれ」ズィーの口調が荒れる。「わけわかんねえこと言ってねえで行くぞ」
 再度伸ばされるズィーの腕。対してセラは腕を上げる。両手の平を上に向けて、胸の高さまで。そしてそこに碧き花を輝かせた。現れたのはスヴァニだ。
「っ!? おいっ!」ズィーがスヴァニを掴んだ。
「ズィー。スヴァニはズィードに託したでしょ」セラがそう言うと、また花が散ってハヤブサはズィードの傍らに移動した。「もうあなたのじゃない」
「ふざけるなっ!」
 スヴァニが紅い花と共にズィードの背に舞い戻り、ズィーはすぐさま抜刀するとセラに刃を向けた。躊躇いなく首を狙ってきたその一撃を、セラは術式・ウォールで受け止めた。
「なっ、くそっ!」
 一度スヴァニを引いて、それからまたセラに振るうズィー。セラはフォルセスを抜いてそれを弾いた。後ろへ数歩よろめくズィー、きっと彼女を睨む。
「そうか、お前も偽者のセラなんだろ……。流行ってんのかよ、偽者。……決めた、俺は。本物に会えるまで、偽者退治だ!」
 凄まじい殺気がセラに向いた。躊躇うことなく首を狙ったさっきまでが、戯れだったと言うようだった。
 セラはすぐさま瞳にエメラルドを揺らめかせ、身体にヴェールを纏って大きく後ろへ退いた。
 途中、空気の壁が行く手を阻もうとするが、セラは反対にその壁を利用して大きく空へ跳躍した。そのまま外在力で空気を操り、飛翔する。地上での戦いはズィードたちさすらい義団だけに留まらない、多くの停泊者に被害が及びかねない。その判断から大河の中央へと向かう。
 追ってくるズィーが吠える。「逃げんのかよ!」
 逃げるわけがない。この場で彼の遺体を止める。
「逃げないよ。本気でやろう、ズィー!」

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