碧き舞い花Ⅱ

御島いる

173:夜明けの紅

 怠慢な川の流れとピャギーの羽が朝日を反射する。高見台でピャギーに包まれ朝日を浴びるシァン。
「ぴゃぁ~……」
 巨鳥があくびと共に起きた。二人で立ち上がり、朝日を望む。
「いい朝だね」
「ぴゃあ」
 この清々しさの前では不安も薄らぐ。みんなと一緒にいたい。その気持ちが朝日の温かさと共にじんわりと胸に広がる。
「あたし、ここにいてもいいんだよね」
 そっとピャギーに寄り添う。
「ぴゃぴゃ!」
「ペレカちゃんにあんな偉そうなこと言ったんだから、あたしも受け止めなきゃ。みんなにも助けてもらいながら」
「ぴゃ!」
 ばさっと胸を叩くピャギー。彼もいっしょに受け止めてくれるようだ。
「ピャギーも頼りにしてるよ」
「ぴゃー!」
 もさもさと強くシァンを抱きしめてくれるピャギー。
「くすぐったいよ、ピャギー!」
 戯れる半竜人と巨鳥を余所に、風が『怠惰な大河』に吹いて、川面をさざめかせていた。




 異空船が小刻みに揺れた。軋んだ船が出す音に、ズィードは目を覚ました。男子部屋はまだ寝息で満ちていた。ただ一人、ソクァムが神経質そうにベッドから降りていた。そしてズィードの目が開いていることに気づいて潜めた声で話しかけてきた。
「ここにきてこんなに揺れたの初めてじゃないか?」
「……あー……あん? そう、か? 気にしすぎじゃないか……?」
「ちょっと外を見てくる」
 ソクァムが扉を開けると、朝日が差し込んだ。そして風が吹き込んだ。
「っ!」ズィードは跳ね起きた。そしてソクァムを呼び止める。「待て、ソクァム」
「なんだ、急に」
「なんか、嫌な空気だった。俺も出る」
 ズィードは手早く着替えて、背中にスヴァニを追うとソクァムと共に船外に出た。




 ズィードが外に出ると、風は急激に強さを増した。
「ズィード、ソクァムさん!」
 シァンがピャギーに乗って甲板の高さまで降りてきた。
「凄い風! こんないきなり風が強くなるなんて、『虹架諸島』でもなかったよ! 船、大丈夫かな!」
「わからない!」ソクァムがシァンに向けて叫ぶ。「とにかく、みんなを起こしてきてくれ、シァン」
「うん! ピャギー、ネモを起こしてきて。あたしは男子部屋に」
 甲板に降りてそれぞれ目的地に向かうシァンとピャギー。それを見送ると、ソクァムはズィードに聞いてくる。
「ズィード、外在力でどうにかなるか?」
「任せろって言いたいけど、さすがに無理。俺より強い外在力だ、これ」
「なに?……っつ」
 ガンッ――。
 隣接する船とこすれ合い、船が大きな揺れた。その次の瞬間だ。さらに大きな揺れが異空船を襲った。衝撃と共に、甲板に人が降ってきたのだ。
「えっ!?」
「なんで……!?」
 ズィードとソクァムは降ってきた人物に目を瞠る。
「見つけたぞ、スヴァニ」
 紅の瞳が鋭くズィードの背中の剣を射抜いた。
 ズィプガル・ピャストロン。
 額に包帯を巻いた『紅蓮騎士』がその場でズィード、否、スヴァニに向かって手を伸ばした。するとズィード背で紅き花が散って、スヴァニは鞘ごとズィプの背中に移動した。
「え、今触れないで……!?」とソクァムが驚くのを余所に、ズィプは愛剣を抜いて懐かしそうに、笑む。だがすぐに彼の顔は敵意に満ちる。
「それはもう俺のだ!」
 ズィードが紅きヴェールを纏い、スヴァニの元へナパードをして、奪い返そうと手を掛けたのだ。
「お前の? 俺のだ!」
 ハヤブサを通じて、新旧の主が睨み合う。風が荒ぶ。優劣は歴然。先代の男が圧倒的だった。
「ぐぬぶぶぶぶぶっ……」
 強風にズィードの口は大きく開き、耳は大きくはためく。頭の中では『紅蓮騎士』の意思が叫んでうるさい。
『なにやってんだ! そいつ俺じゃねーぞっ!』
「っわかって……っけどぉ!」
 空気を押し返そうと力を込めるもびくともしない。そしてついに、ズィードの身体は大きく吹き飛ばされた。
「ぬぁあああああ!」
「んおっ……!?」
 大きな衝撃と共に、ズィードは部屋から出てきたダジャールに受け止められた。
「なんだ!? なにが起きて……おい、あれって『紅蓮騎士』かっ?」
「んなわけないだろ」ダジャールから離れて、ズィードは甲板のズィプに目を向ける。「俺の中に声は残ってる。あいつは偽モンだ……たぶん」
「たぶんって、どうなのそれ」と次いで部屋から出てきたケルバが円らな瞳を細める。「すごい強いじゃん、あいつ。暴走したときのシァンよりさ」
「もお、あたしのことはいいでしょ、ケルバ。それより、アルケンはどこ?」
「アルケン? いただろ、さっきまで」
「ふん、あいつのことだ。もう逃げたんだろ」
「逃げ道があったってことだ。もったいないなぁ、あんな面白そうなやつと戦えるチャンスなのに」
「なんで楽しそうなの、ケルバ。あたしたちも逃げるべきじゃない、ズィード」
「駄目だ。スヴァニを盗られた! 取り返さないと! みんな、手伝ってくれ。俺一人じゃ無理そうだ」
「っへ、いいぜ。俺がスヴァニをとったら、団長交代だぜ!」
 ダジャールが一番に甲板に降りた。
「おい、それは違うからな!」とズィードが追って、「団長も剣もどうでもいいけど、倒すのは俺だっ!」とさらにケルバが続く。




「あたしは……」
 三人の男子を見送るシァンは、一瞬留まった。ケルバの言ったことは冗談交じりではあったが、あながち間違いではない。甲板にいるズィプからは、これまでに出会ったことのない大きな気配を感じる。
 逆鱗花の葉が必須になってくる。使っても歯が立たないかもしれない。そうしたら、また……。
 葉っぱを取り出し、カリっと少し齧る。角が僅かに伸び、頭髪は小さく逆立つ。竜の眼は野性味を増した。
「……大丈夫、みんなもいる」
 残りの葉っぱをしまって、甲板に向かった。

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