碧き舞い花Ⅱ

御島いる

172:お礼

 今日もセラの方が先に目を覚ました。眠気眼のユフォンと共に朝食を済ませてから、二人はホワッグマーラに出かけるための支度をしていた。
 そんな折のことだった。
「あ、コクスーリャが来る」
 気配を感じ取ったわけではなかったが、勘が働いた。そしてほどなくして、二人の前にコクスーリャが現れた。天原族と思われる、腰の羽根と耳の上の羽根っ毛を持つ少女と一緒に。
 その少女のことは聞かずとも、セラには察しがついた。コクスーリャが連れていることもそう。ユフォンが目を見開いたこともそう。そして、薄っすらと脳裏にある幼き日の面影が想起されたのもそう。
 彼女はペレカだ。
 ユフォンが答えを告げる。「ペレカちゃん!」
 さっと駆け寄って、視線の高さを合わせるユフォン。無事を確認できたことへの安堵も交えて微笑んでいる。だがどうしたことか、ペレカの表情は少しばかり暗い気がセラにした。
 勝手にスウィ・フォリクァを抜け出したことを、申し訳なく思っているのだろうか。だがそれにしては、そこには不信感があるように思える。
 それを感じ取ったようで、ユフォンは視線を上げてコクスーリャに問う。
「どうしたんだい?」
「父親を探してほしいと依頼を受けることになった」
「え……?」
「わたしのお父さん……」ペレカがユフォンを真っすぐ見て言う。「生きて、ますよね……?」
「どうして……」
 ユフォンは窺うようにまたコクスーリャを見る。
「俺は話してない。ペレカは自分でそう思って、探すために異空に飛び出したんだそうだ」
「そうなのかい?」
「はい……。勝手にいなくなって、ごめんなさい。でも、お父さん、絶対生きてると思うんです! ユフォンさん、教えてください、本当のことを!」
「……」
 セラはそっと呼び掛ける。「ユフォン」
「うん」頷くと、ユフォンはペレカを真っすぐと見つめた。「わかった。僕の方こそ嘘をついてごめんよ。ちゃんと、話すよ」
 そうしてセラの部屋、四人で机に収まってペレカの父、ネゴード・ボエルについてユフォンは語った。彼の稼業のことも、彼とのペレカに関する約束も。
「ネゴード・ボエル……武器商人……」
 すべてを聞き終えると、ペレカは父親の裏の顔をどうにか飲み込もうと、言葉を何度か繰り返して零した。しばらくそれを見守ってからコクスーリャが彼女に優しく問いかける。
「全てを知ったうえで、捜索の依頼を出すかな?」
「……はい。お願いします、コクスーリャさん」
「わかった。ネゴード・ボエル……オトゲン・エウロブの捜索、引き受けよう。君はスウィ・フォリクァで待っていてくれるかな?」
「はい、わかりました。でも、わたし、今さらですけど、お金全然持ってないでんですけど……」
「気にしなくていい。君には申し訳ないけど、君のお父さんは捕まえるだけで価値がある人物だからね」
「……お父さん、見つかったら、捕まっちゃうんですか…………?」
「そうだね。やっぱり依頼は取り下げるかな?」
「……」ペレカはぎゅっと机の上で拳を握った。それから探偵に涙目を向ける。「お願いします。お父さんと、会いたいっ……!」
「よし」コクスーリャは立ち上がる。「じゃあ俺はさっそく捜索をはじめるとするよ。ペレカちゃんは二人に任せていいよな」
「はい。僕が責任もってスウィ・フォリクァに連れていきます」
「どうせなら、ホワッグマーラ観光に一緒に行く? ペレカちゃん」
 ユフォンとセラも席を立って、ペレカの脇につく。
「あ、はい!……あ。あの、セラさんですよね」
 セラはペレカと視線の高さを合わせる。「うん」
「わたし、ずっとお礼を言いたくて……それにあの時、なにも言わずに逃げちゃって、ごめんなさい」
「うん。無事でよかった。大きくなったね、ペレカちゃん」
 セラはペレカの頭を撫でて、子どものように破顔した。

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