碧き舞い花Ⅱ

御島いる

164:会うはずのなかった二人

 エレ・ナパスのみんなが信じ込むほどのものだから、相当似ているのだろうと思ったが、まさにセラ本人がそこにはいた。
 ズィーの父親が目鼻口を大きく開けて驚く。「ありゃ、こりゃ驚きだな!」
 ピャストロン邸の椅子にどこか虚ろな表情で座る彼女。
 セラは分化体を見るような気持ちで彼女を見た。
 四つのサファイアが見つめ合う。二つは凛々しく、二つは不安げに。そしてそのサファイアたちが一斉に、ただ一人の人物に向かう。その先もサファイアだ。
 座るセラの偽物に寄り添う形で立つ、銀髪の女。背中の剣と腰の空鞘は以前のままに、セラを真似た装飾品のすべてを取り払った装い。左肩から二の腕に舞う碧き花の入れ墨。
 ユフォンが彼女の名を口にする。
「アレス・アージェント」
 アレスはサファイアを揺らがせ、寄り添うセラと、扉を開けて現れた本物のセラに何度も視線を往復させた。
「……本、物……なの?」
 その動揺交じりの問い掛けに、セラは小さく頭を傾け、無言で問い掛け返した。そしてバッグから包帯を巻いた短剣を取り出して、柄をアレスに向けて差し出した。
「……」
 アレスは目を瞠ってから、少しの間を置いてから、小さく震える手でそれを取った。
 セラは言う。「返しに来たの」
「そんな、まさか……ぁ!」
 刃に巻かれた包帯を取ると、今度は声を漏らして目を瞠った。当然のことだが彼女の握る短剣に、ツバメの意匠はない。
 座るセラの腰の短剣に目を向けるアレス。素早い動作でそれを抜いた。その短剣にも、ツバメの意匠はない。
「おれのじゃなかった……?」
 二本の短剣を見比べ、それからぐっとセラやユフォンを見た。
「でも! セラは……この子はナパードだってできる! マカも、術式も、気魂法も、使えるんだよ。記憶がなくって、上手く使えなかっただけで、正真正銘のセラ様……『碧き舞い花』だ!」
 セラは告げる。「わたしがうまく力を使えなかったのは、正確なことは言えないけど、たぶん一度死んだから。記憶はなくしてない」
「……じゃ、じゃあ、この子はっ――」
 アレスは自分のことを不安いっぱいに眉根を寄せて見上げている、セラではない誰かを見ると、目が合って口を紡ぐ。
 その彼女が、ここで弱々しく口を開いた。
「アレス……?」
 なにが起きているのか理解できていない、無垢ともいえるその呼びかけに、アレスは頭を大きく振ってから、優しくその頬に触れて答える。
「いや、大丈夫だよセラ。心配いらない。こいつらはセラとおれを惑わせて、引き離そうとしてるんだ」
 ユフォンがすかさず声を上げる。「なにをっ」
「黙りな! この子はセラだ。『碧き舞い花』セラフィ・ヴィザ・ジルェアス、おれの友達だ!」
 アレスは短剣を自身と椅子のセラの腰に納めると、友に腕を回した。そうして両手を合わせると、すっとそれを上下にずらした。
 二人の姿がその手のように上下にずれるようにして、エレ・ナパスから消えた。
「……見逃してよかったのかい」
 動こうとしなかったセラに、ユフォンが聞いてきた。
「短剣を返すのが目的だったから。それに気配は覚えた。……不思議なくらい自分に似た気配」
「気配まで? ますます謎だらけだね。見た目も違いが見つけられなかったよ、その簪以外」
「うん。一体誰なんだろう……?」
「セラちゃん、じゃなかったのかい」
「そういうことです。おじさん」
 セラはズィーの父に優しく笑んで見せた。姫の、幼き日を知る民への笑顔だ。
「そういうことかい。あははは!」




「きゃははははっ!」
 額に包帯を巻いた紅い髪の男が、火炎に照らされ狂い笑っていた。
 アレスはセラを連れて帰った故郷『揺蕩う雲塊』の姿に目を疑った。なにが起きているのか、理解したくなかった。なのに、理解してしまう。
 子どもたちの顔が浮かぶ。世話になった大人たちの顔が浮かぶ。
「お前かぁ!」
 アレスは背中の剣を抜いて、紅髪の男に駆け出した。
「……ん? お、勘、当たった、当たった」
 浮石に掛かる板橋を鳴らして迫るアレスを見て、男は紅玉ルビーの瞳を鋭く細めた。
「お前じゃない!」
 睨まれるとともに、火炎逆巻く風圧がアレスに襲い掛かる。
「アレス!」
 セラがアレスの前に碧き花を散らし、障壁のマカで火炎風を防いだ。
 火炎が収まると、障壁のマカの真ん前に男が詰め寄っていた。拳を引いている。
「そんなまさか……!」
 アレスは男の顔に見覚えがあった。会うことは絶対にないはずだった。過去の人間だ。
「ズィプガル・ピャストロン!?」
『紅蓮騎士』の拳が魔素の壁を突き破った。

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