碧き舞い花Ⅱ

御島いる

161:“ジイヤさん、怖い”

 陵墓には冷たい空気が漂っていた。
 モノクロの中に、様々な色の着いた石碑が整列している。その中の一つ、紫色の石碑の前に二人はジイヤに誘われた。
「ドルンシャ様。セラ様とユフォン様をお連れしましたよ」
 セラとユフォンは黙とうを捧げる。それから、セラはそっと石碑に手を伸ばした。しばらくそうしたが、石碑からなにかを感じることはできなかった。戦いの場でドルンシャとビズの過去を覗けたように、彼と繋がれるかと思ったが、駄目だった。
 試しに瞳にエメラルドを宿し、身体にヴェールを纏った。想造の力でなら、可能性があるかもしれないと思った。
 エメラルドを解いた。
「セラ?」
「駄目みたい」
「ドルンシャ様をはじめ、歴代のマグリアの帝は『それ』を護る使命を負い、死後、情報を残さないように消滅する運命なのです。やはりそのせいでしょう」
 ジイヤも期待があったのだろう、説明する言葉に消沈が窺えた。
「ふぇ~、ここが陵墓ですか」
 突然の背後からの声に、三人が一斉に振り返った。
「「ヒュエリさん!?」」
「ヒュエリ様!?」
 そこには白いワンピース姿の幽体ヒュエリが浮かんでいた。
「あ、ごめんなさい。ジェルマド大先生から話を聞き終わったので、その結果を伝えようと思って……。許可もなく入ってしまってすみません、ジイヤさん」
「いえ、ヒュエリ様なら構いませんよ。それに幽霊ですし、今後無断で入らなければ」
 ジイヤの言葉には、今後は許さないといった旨が込められているようだった。心なしか彼の顔は引きつっている。
「ヒュエリさん、今ここで幽体を出したんですか?」セラが聞く。「瞬間移動の魔素と空気の揺らぎが全くなかったですけど」
「はい! これは完全なる思念化の研究の中で生まれたんです! 思念を飛ばした先で幽体を作り出せるようになったんです、わたし! まあ結局、まだ準幽体なんですけど……けど! 研究は着々と進んでいます!」
「幽体を作ってから瞬間移動するより、魔素の消費が少ないんですか? 僕も覚えたいですね」
「えっと……それは、ですね、もちろん、ユフォンくんにもできますよ……でも、ですね」
 急にしょんぼりとして、視線を逸らすヒュエリ。その態度にセラとユフォンは「ははっ」と笑い合った。
 ユフォンが確認するように告げる。「魔素の消費は瞬間移動の方が少ないと」
「だって~、見せたかったんですも~ん。わたしの研究も進んでんるって、見せたかったんですも~ん!」
「ヒュエリ様、御霊が眠っております。騒がずにお願いいたします」
「ふぇっ……なんでわたしだけなんですかぁ……皆さんも私が来た時に驚いたじゃないですか。不公平ですよ」
「ヒュエリ様」
「だって――」
「ヒュエリ様」
「でも――」
「ヒュエリ様」
「……うぅ……うぅぅ……セラちゅぁあん!」
「ヒュエリ様っ!」
 泣きっ面でセラに抱きついたヒュエリにひと際鋭いジイヤの声が刺さる。
「ひゃいっ!……ずびばぜぇんっ」
「わかればよろしい」
「うぅ、ジイヤさん、怖い。ジイヤさん、怖い。ジイヤさん、怖い…………」
「あはは……地上に出ましょうか」
 セラは言うと、ユフォンとジイヤには触れずに、ナパードをした。




 帝居の前に四人で姿を現す。
「ははっ!」早々ユフォンが色めきだす。「普通の状態でも触れないでナパードができるのかい!?」
「まあ、これに関してはフェースも普通に使ってることだから。想造の力は関係ないの」
「そっか。考えてみればそうだよね。『思考の箍』の問題だもんね」
「そういうこと」ユフォンに頷くと、セラは自分に抱きつくヒュエリに視線を向ける。「それでヒュエリさん。ジェルマドさんはなんて?」
「はい。……ごめんなさい、大先生も駄目でした。ただ、大先生が『副次的世界の想像と創造』に組み込まれた精神と記憶で限定的な思念体を作り出しているように、セラちゃんのお兄様もドルンシャ帝に依存した幽体だったのかもしれない、という仮説をいただきました。ただ、この仮説だとセラちゃんとの会話に齟齬が生まれるかもしれないので、可能性は低いだろうと……」
「……そうですか。ありがとうございます、ヒュエリさん。ジェルマドさんにそう伝えておいてください。教えてもらったことを含めて、色々考えてみますね」
「お役に立てたとは思わないので、わたしたちももっと研究しますね! なにかわかったら、また幽体でお知らせしますから!」
「はい、お願いします」
 そうしてヒュエリの幽体はすーっと消えていった。
「では、私もこれで失礼いたします。ユフォンさん、お時間ができましたら、また訪ね下さい。帝居の者たちにも話を通しておきますので、気兼ねなくお越しくださいませ」
「はい、ありがとうございます」
「では」
 ジイヤは恭しく頭を下げると、浮かぶ帝居へ続く橋をゆったりと歩いて去っていった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品