碧き舞い花Ⅱ

御島いる

159:小さな刃に宿るもの

 ホワッグマーラ、マグリア。
 ウェィラとの繋がりはそこにあった。ずっと待っていたのだ、主の帰りを。
 しかし竪琴の森ではなかった。
 ツバメはブレグ・マ・ダレによって回収され、マグリア警邏隊本部に保管されていた。
「連盟を通じてゼィロス殿に渡そうと思ったのだが、ここに運ぶのがやっとだったものでな」
 隊長室に通されたセラはそこでウェィラと対面する。業務机の上に刃をむき出しに置かれた小刀ナイフ。ツバメの意匠が施された刀身はまさしくウェィラだ。
 セラがウェィラを手に取り「お待たせ」と呟く後ろで、連れだったユフォンはブレグの言葉が腑に落ちずに、疑問を口にした。
「運ぶのがやっとだったとはどういうことでしょう、ブレグ隊長」
「重くてな」
「はい?」
「森からここまで運ぶにも重かったが、連盟に持って行こうと思ったら全く持ち上がらなくなってな。ドードが言うには、セラちゃんをここで待つと強く決めてるんだろうとのことだ」
 セラの手の小刀を覗き込みながらユフォンが言う。「ウェィラには意思はないはずだよね」
「聞かん坊の赤ちゃん、って感じかな」とセラは笑う。
「え、それって」
「うん。ウェィラには意思が宿りはじめてると思う。フォルセスに影響されてるのかも」
 セラはそうして腰の鞘にウェイラを納めようとして、そこによく似た別の短剣が刺さっていることを思い出す。アレス・アージェントの短剣だ。それを抜き、ウェィラを納めるともう一本の裸の短剣に薬カバンから取り出した包帯を着せる。
「これ、あの人に返した方がいいよね」
「アレス・アージェント? 連続殺人犯だよ? それも君を騙った。わざわざ武器を返しに行くなんて」
「……うーん、そうなんだけど。意思はないけど、この短剣には強い想いが感じられるから。大事なものかもしれないし」
「いや、僕はあんまり気乗りしないな、それは」と渋るユフォン。
「ははは、セラちゃん、どこか余裕を感じるね」ブレグは包み込むように笑う。「行方不明と聞いた時は心配したが、それならもう大丈夫そうだ」
 振り返り、頭を下げるセラ。「ホワッグマーラのこともあるのに、心配をかけてしまってごめんなさい。ブレグさん」
「無事帰ってきたんだ。気にすることはない。さあ、ヒュエリちゃんのところに行くんだろう。きっと泣きじゃくるだろうから、しっかり受け止めてあげなさい」
「ふふっ、はい」
「うむ。ところでユフォンくん」
「はい?」
「帝選挙の記事は書かないのかい? 新帝誕生の記事を書く機会なんてなかなか来ないぞ」
「あーそっか……そうですよね、確かに」ユフォンは悩み、それから諦念の笑みを浮かべた。「でも、今回はやめておきます。僕はドルンシャ帝の大葬にも参加しなかった身ですし」
「そうか。誰も責めはしないと思うがな。なにより君の記事をみんな読みたがっているはずだ」
「嬉しいことです。けど、やっぱりそれは違うような気がするんです」
「俺も無理強いはもちろんしない。いつかまた君もの記事を読ませてくれ」
「はい。では、僕たちはこれで」
「ウェィラのこと、ありがとうございました」
 セラとユフォンはこうしてブレグのもとをあとにした。




 続いて向かった先はもちろん、魔導書館。
 階段を上り司書室の扉を開けると、セラは机に収まるヒュエリとばっちりと目が合った。一瞬の間を置いて、ヒュエリが机をひっくり返す勢いでセラに向かってきた。
「セラちぁ~んっ!」
 飛び込んできたヒュエリをセラはしっかりと受け止める。
「ヒュエリさん、ご迷惑をおかけしました。ごめんなさい」
「ほんとですよぉ~……世界が元に戻ったら、セラちゃんがいなくて……わたし、悲しかったんですかだぁ~!」
「ほんと、ごめんなさい。ほんとうに」
「ああ゛~……ああ゛うぅ、ユフォンくん、よがったですね~、セラちゃん、帰っで来゛てぇえ~」
「は、はい、それはもう……ははっ……ヒュエリさん、そろそろ、ははっ」
 なかなかにセラから離れないヒュエリはユフォンを呆れ返させた。




 しばらく感情に身を任せた魔導書館司書。彼女が落ち着くと、セラはさっそく幽霊の記憶に関することを聞いた。すると、司書はさっきまでの泣き顔が嘘のように、真剣で、楽しそうな顔を見せた。
「幽霊の記憶に関しての研究はあまり進んでいないというのが、現状です。もちろん、わたしやユフォンくんのように自ら準幽体を作り出して分かれるのなら、本人と同じ記憶を有しています。うまく魔素を制御すれば感覚のやり取りも可能です。ですが完全幽体、つまり肉体の生命活動が止まっている幽霊に関しては、幽霊になった瞬間までの記憶がある人もいますし、人生の途中までの記憶しかない人もいます。それに全く記憶がない人もいます」
「見た目との相関関係は?」ユフォンが尋ねる。「ズィーは若い姿でしたが、僕たちとの別れまでちゃんと覚えていました」
「そうですね。姿を子どもから大人、老人まで行き来できる幽霊も確認されていますし、記憶と姿に関係はないと、これに関しては幽霊学では結論が出ています」
「また記憶の話に戻るんですけど」セラが顎に指をあてながら聞く。「例えば、一部の記憶だけ抜け落ちているみたいなことはありえますか? 実際に話したビズ兄様は、姿も記憶も最期の、あの日のものだったと思うんです」
「う~ん……聞いたことないですね」ヒュエリは残念そうにそういった。そして悲し気に続ける。「ドルンシャ帝なら、呼び出した本人ですし、その『それ』の力についても知っていたでしょうから、なにかわかったかもしれないですね……」
「あの時聞けてればな…‥」
「あの時?」セラがぽつりと零した言葉に、ユフォンが首を傾げる。「あの戦いの最中に幽霊について疑問はなかっただろう?」
「ううん、その時じゃなくてね。実は意識の底で会ったの。マカを教えてもらったんだ。『それ』の力で消滅しちゃったあとだから、わたしの記憶にあるドルンシャ帝だったのかもしれないけど……」
「そうです!」
 突然ヒュエリが声を張り上げた。
「そういうことなら! セラちゃんなら! ジェルマド大先生にはわたしがお話を聞いておきますから、二人はマグリア歴代の帝が眠る陵墓に行ってみてください! ドルンシャ帝の遺体こそ眠っていませんが、お墓があります。なにか感じ取れるかもしれません!」

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品