碧き舞い花Ⅱ
152:イソラの縁
「セラ、姉ちゃん…‥?」テムは地に伏したまま疑いの目で見上げる。「ケフッ、教祖の力か」
「教祖? なんのこと、テム」
コクスーリャの脚を交差させた両腕で受け止めたまま、セラが問い返してきた。かと思うとすかさず二の句をつづけた。
「待って、答えなくていい。喋らないで。死んじゃったら助けられない」
「……やっぱり、教祖か」
「もお、すぐ終わらせるから」
ヴェールに包まれたセラは、コクスーリャの脚を跳ね上げると、そっと彼の額に指先を触れた。その瞬間、コクスーリャの身体から力が抜けた。ふらついたかと思うと彼は立て直し、セラを見て、テムを見て、それからこめかみを抑えて顔を顰めた。
「…………そうか、潜入じゃなく入信してしまうとは……」
自嘲気味のコクスーリャはそれからまたセラに目を向けた。
「君はセラでいいだよな」
「『真実の口』飲もうか?」
言ってセラがその手に碧い光の粒を集めた。するとそこに真っ白な楕円形の錠剤が一粒、出現した。その場で造られたように。
「飲むならこっちを」と言ってコクスーリャは懐からケースを出し、セラに差し出す。
「まあそうだよね」セラは受け取って、その中の薬を飲んだ。そして最初の質問に答える。「わたしはセラで大丈夫だよ。セラフィ・ヴィザ・ジルェアス」
コクスーリャは黙って頷く。それを見るとセラはテムに目を向ける。碧が光るサファイアは確かにテムの知るセラのものかもしれない。『真実の口』を飲めば嘘を口にできないことも知っている。しかしテムには起きていること全てが信じられなかった。
睨み上げていると、セラが手をかざしてくる。洗脳される。そう思ったときには、テムは自分の身に起きたことに訝しんだ。
身体が、軽くなった。瀕死の怪我が嘘のように、なくなった。
徐々にではない。一瞬で。
信者はこうやって教祖の力の恩恵を受けて命を取り戻すのか。そう考えて、そう考えられていることを不思議に思う。洗脳されても、教祖に対する敵意のままに思考できるのかと。
コクスーリャに脇を支えられ起こされる。
「これ分化なの」そういうセラの身体が透けていくのをテムは見た。「もう一人がイソラたちを連れてくるから、そのあとは、頼んでいいコクスーリャ」
「もちろん」
探偵の返事を待って、セラは碧い粒になって消えた。
「……本物の、セラ姉ちゃんだったのか?」
「『真実の口』、俺も飲んで答えようか?」
「悪いけど」セラはあしらうように神に告げた。「今は戦ってあげられないの、フュレイちゃん」
「ここはわたしの世界よ。出られるとでも?」
「渡界人だから」
セラは微笑むと、腕を焦がし倒れるイソラとルピに触れることなく、花を散らして地底湖から共に姿を消した。
石像の並ぶ高台。テムとコクスーリャの前に再びセラは現れた。腕の焼かれたイソラとルピ、そしてナギュラを連れて。
「イソラ!?」テムは一目散にイソラを抱きかかえた。
ルピとナギュラはすでに教祖の洗脳が解けているようで、状況が把握できずに戸惑っている。
「……あれ」セラは驚いた様子でルピがその手首を握ったナギュラを見た。「ナギュラ・ク・スラー? ルピが掴んでたの?」
コクスーリャが彼女に告げる。「ナギュラは連盟の所属になったんだ」
「そうなの?……って、今はそれどころじゃない。イソラを戻さないと」
テムはセラが掌を向けてくるのを見返す。すると一瞬イソラごと碧い光に包まれた。
それは唐突で、理解はまったく追いついていなかった。
どうして自分がこの状況になっているのかも。いったい外はどうなっているのかも。
「あたし……」
イソラは赤い鳥居に囲まれた中で、もう一人の自分と相対していた。自分と違って、前髪を下してたイソラ・イチと。
「違う。わたしはイソラ・イチ」
「……あたしも」
言いかけてイソラは口を紡ぐ。
「言って」
「え?」
「自信を持って」
「でも……」
「大丈夫だから、あなたも名前を教えて」
「……イソラ・イチ」
「うん」イソラ・イチは満足そうに笑った。「その通り!」
「え?」
「わたしもイソラであなたもイソラなのよ! 名前は一緒! でも、間違えちゃ駄目よ、わたしはあなたじゃないし、あなたはわたしじゃない」
「……ん?」
「あなたはあたしで、わたしはわたし!」
「あたしはあたしで、あなたはわたし?」
「ずっと一緒だったけど、身体もあなたのものだし、記憶もあなたのもの。傷も、師匠や友達との出会いも全部あなたのものよ、イソラ」
「ずっと一緒……あなたはずっと知ってたの? ずっとここにいたの?……それなのに、あたしはあなたのことを知らなかった」
「うーん、確かにわたしが一方的に寄り添って見てただけだからね。でも、気にしなくていいよ。わたしが勝手にイソラの中に入っただけなんだから。本当は消えるべき存在だったのにね」
「違うよ! イソラは、お父さんとお母さんに大事にされてて、護られたんだよ! 親の顔も知らないあたしの方が消えるべきだった! あなたがこの身体で生きるのが正しい!」
「それじゃあ師匠たちに出会えてなかったよ、きっと。イソラが持ってた縁が、みんなとの出会いに繋がってるんだよ」
「そういうのはイソラの力なんでしょ?」
「わたし半血だよ? それに赤ん坊だった。力のことを知ったのも、ついさっき一応伯母さん? に言われたからだもん。イソラ・イチが大勢の仲間たちに囲まれているのは、イソラの選んできた道のおかげ」
と、もう一人のイソラはなにかに気づいたように、視線のイソラから外した。
「ほら、言ってるそばからお友達が迎えに来たよ、イソラ」
「え?」
イソラの目の前が、鳥居の空間が碧く染まった。その中でイソラ・イチの声が耳に届く。
「わたしがイソラの身代わりになってあげようと思ってたんだけど、彼女が来てくれたなら大丈夫だよね。これからもここで見守って……あ、ごめんもう見守れないや。でも大丈夫! わたしとイソラの繋がりは消えないから! どんな形でも、わたしはもう一人のイソラとしてあなたと繋がり続けるから!!」
碧き光が弾けた。
視界が明瞭になる。
イソラは正気をもってセラの姿をその目に映していた。碧きヴェールを身に纏ったその姿を、彼女ははじめて目の当たりにした。
頬を涙が伝った。
様々な感情が溢れ出した。こんがらがっていて、それでいて清々しい。
「イソラ……ありがと」
そっと目を覆いながら、イソラはそう言った。
「教祖? なんのこと、テム」
コクスーリャの脚を交差させた両腕で受け止めたまま、セラが問い返してきた。かと思うとすかさず二の句をつづけた。
「待って、答えなくていい。喋らないで。死んじゃったら助けられない」
「……やっぱり、教祖か」
「もお、すぐ終わらせるから」
ヴェールに包まれたセラは、コクスーリャの脚を跳ね上げると、そっと彼の額に指先を触れた。その瞬間、コクスーリャの身体から力が抜けた。ふらついたかと思うと彼は立て直し、セラを見て、テムを見て、それからこめかみを抑えて顔を顰めた。
「…………そうか、潜入じゃなく入信してしまうとは……」
自嘲気味のコクスーリャはそれからまたセラに目を向けた。
「君はセラでいいだよな」
「『真実の口』飲もうか?」
言ってセラがその手に碧い光の粒を集めた。するとそこに真っ白な楕円形の錠剤が一粒、出現した。その場で造られたように。
「飲むならこっちを」と言ってコクスーリャは懐からケースを出し、セラに差し出す。
「まあそうだよね」セラは受け取って、その中の薬を飲んだ。そして最初の質問に答える。「わたしはセラで大丈夫だよ。セラフィ・ヴィザ・ジルェアス」
コクスーリャは黙って頷く。それを見るとセラはテムに目を向ける。碧が光るサファイアは確かにテムの知るセラのものかもしれない。『真実の口』を飲めば嘘を口にできないことも知っている。しかしテムには起きていること全てが信じられなかった。
睨み上げていると、セラが手をかざしてくる。洗脳される。そう思ったときには、テムは自分の身に起きたことに訝しんだ。
身体が、軽くなった。瀕死の怪我が嘘のように、なくなった。
徐々にではない。一瞬で。
信者はこうやって教祖の力の恩恵を受けて命を取り戻すのか。そう考えて、そう考えられていることを不思議に思う。洗脳されても、教祖に対する敵意のままに思考できるのかと。
コクスーリャに脇を支えられ起こされる。
「これ分化なの」そういうセラの身体が透けていくのをテムは見た。「もう一人がイソラたちを連れてくるから、そのあとは、頼んでいいコクスーリャ」
「もちろん」
探偵の返事を待って、セラは碧い粒になって消えた。
「……本物の、セラ姉ちゃんだったのか?」
「『真実の口』、俺も飲んで答えようか?」
「悪いけど」セラはあしらうように神に告げた。「今は戦ってあげられないの、フュレイちゃん」
「ここはわたしの世界よ。出られるとでも?」
「渡界人だから」
セラは微笑むと、腕を焦がし倒れるイソラとルピに触れることなく、花を散らして地底湖から共に姿を消した。
石像の並ぶ高台。テムとコクスーリャの前に再びセラは現れた。腕の焼かれたイソラとルピ、そしてナギュラを連れて。
「イソラ!?」テムは一目散にイソラを抱きかかえた。
ルピとナギュラはすでに教祖の洗脳が解けているようで、状況が把握できずに戸惑っている。
「……あれ」セラは驚いた様子でルピがその手首を握ったナギュラを見た。「ナギュラ・ク・スラー? ルピが掴んでたの?」
コクスーリャが彼女に告げる。「ナギュラは連盟の所属になったんだ」
「そうなの?……って、今はそれどころじゃない。イソラを戻さないと」
テムはセラが掌を向けてくるのを見返す。すると一瞬イソラごと碧い光に包まれた。
それは唐突で、理解はまったく追いついていなかった。
どうして自分がこの状況になっているのかも。いったい外はどうなっているのかも。
「あたし……」
イソラは赤い鳥居に囲まれた中で、もう一人の自分と相対していた。自分と違って、前髪を下してたイソラ・イチと。
「違う。わたしはイソラ・イチ」
「……あたしも」
言いかけてイソラは口を紡ぐ。
「言って」
「え?」
「自信を持って」
「でも……」
「大丈夫だから、あなたも名前を教えて」
「……イソラ・イチ」
「うん」イソラ・イチは満足そうに笑った。「その通り!」
「え?」
「わたしもイソラであなたもイソラなのよ! 名前は一緒! でも、間違えちゃ駄目よ、わたしはあなたじゃないし、あなたはわたしじゃない」
「……ん?」
「あなたはあたしで、わたしはわたし!」
「あたしはあたしで、あなたはわたし?」
「ずっと一緒だったけど、身体もあなたのものだし、記憶もあなたのもの。傷も、師匠や友達との出会いも全部あなたのものよ、イソラ」
「ずっと一緒……あなたはずっと知ってたの? ずっとここにいたの?……それなのに、あたしはあなたのことを知らなかった」
「うーん、確かにわたしが一方的に寄り添って見てただけだからね。でも、気にしなくていいよ。わたしが勝手にイソラの中に入っただけなんだから。本当は消えるべき存在だったのにね」
「違うよ! イソラは、お父さんとお母さんに大事にされてて、護られたんだよ! 親の顔も知らないあたしの方が消えるべきだった! あなたがこの身体で生きるのが正しい!」
「それじゃあ師匠たちに出会えてなかったよ、きっと。イソラが持ってた縁が、みんなとの出会いに繋がってるんだよ」
「そういうのはイソラの力なんでしょ?」
「わたし半血だよ? それに赤ん坊だった。力のことを知ったのも、ついさっき一応伯母さん? に言われたからだもん。イソラ・イチが大勢の仲間たちに囲まれているのは、イソラの選んできた道のおかげ」
と、もう一人のイソラはなにかに気づいたように、視線のイソラから外した。
「ほら、言ってるそばからお友達が迎えに来たよ、イソラ」
「え?」
イソラの目の前が、鳥居の空間が碧く染まった。その中でイソラ・イチの声が耳に届く。
「わたしがイソラの身代わりになってあげようと思ってたんだけど、彼女が来てくれたなら大丈夫だよね。これからもここで見守って……あ、ごめんもう見守れないや。でも大丈夫! わたしとイソラの繋がりは消えないから! どんな形でも、わたしはもう一人のイソラとしてあなたと繋がり続けるから!!」
碧き光が弾けた。
視界が明瞭になる。
イソラは正気をもってセラの姿をその目に映していた。碧きヴェールを身に纏ったその姿を、彼女ははじめて目の当たりにした。
頬を涙が伝った。
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