碧き舞い花Ⅱ

御島いる

144:群青はただ静かに咲く

「嘘だな。時軸を逆行することは誰にもできない。それは絶対の事象だ」
「おいおい、冷静にいこうぜエァンダ。念波から嘘を見破るすべは教えてあるはずだぞ」
 確かにルファの思考の波に大きな揺らぎはなかった。だがそれで信じられるものではない。ルファほどの男なら、思念を偽り、本音を隠すことができるだろう。
「あんたなら嘘を本当にできるだろ」
「だろうな……。だが、考えればわかることだ。ポチューティクがなんの研究をしていたのかを。まあ、んなんことしなくても、身をもって体験してるのがなによりだろ。時は戻っ――」
 エァンダはその言葉の終わりを待たず、ルファの腹部の空間を急速に拡げた。今度は避けられることなく、ルファ真っ二つに千切った。
 飛んだ上半身、ルファの拳に青筋が浮かんだ。
 エァンダは無傷の虎の目と対峙していた。
「避けもしなかったな。それじゃ負けないだろうけど、一向に勝てないぞ」
「安い挑発はもうやめろよ、見苦しいぞ。それにただ時が戻ってるだけだと思ってるのか?」
「記憶がある。あんたを殺した感触がある。今はまだ二回だから気にならないけど、繰り返せば疲労が溜まる。そう言いたいんだろ」
「わかってるじゃねえか」
「その前に打開するさ」
 一歩踏み出すとともにナパードでルファの前に現れると、エァンダは華麗にステップを踏みながら敵の脚、胴、首を華麗に斬り分けた。
 ルファの手の甲に青筋が浮かんだ。
 エァンダは元の位置に戻されていた。だがすぐに駆け出すと、ルファの両腕を狙った。するとルファはあからさまに防御姿勢に入った。
「やっぱ、それが引き金か」
「もう気付きやがったか、ほんとバケモノじみてるやがるな、お前はよ」
 二度、剣を打ち合わせると、ルファの手に青筋が浮かんだ。
 エァンダは戻された。
「また覚えられる前にケリをつけなきゃだなっ」
 今度はルファの方からエァンダに向かってきた。弧を描く剣が突き出されるのを、エァンダはタェシェで弾く。それから空いた手で空気の拳を打ち出す。
 顔を逸らしてエァンダの攻撃を躱すと、ルファはエァンダの手首を掴んだ。そのまま捻り上げてくる。そして反対の手で剣を振り下ろす。
 視界に敵の攻撃を捉えたエァンダはタェシェを短く小さくすると、逆手に持ち、手首を掴むルファの腕目掛けてそれを振るう。その切っ先を圧縮した空間に通しながら。
「ぐぬぁあっ!」
 黒き短刀が突き刺さり、ルファはエァンダから手を離す。だがエァンダは彼を逃がさない。刃が刺さったまま、タェシェの大きさを元に戻しはじめた。カラスはルファの腕の傷を広げていき、切断しようとする。
 それよりも早く、ルファは手に青筋を浮かばせた。
 二人は対峙する。
「本当に」エァンダは口角を上げておどける。「覚える前にケリがつきそうだ」
 腰に付けた鍵束に手を伸ばすエァンダ。
「次はこれを試すかな」
 エァンダに叩かれ、じゃらんと鍵束が鳴った。次の瞬間にはエァンダは一本の鍵を千切り取り、ルファの腕に向かって回した。光の筋が飛ぶ。
「見え透いた囮だ」
 ルファは鍵の光はまったく気に留めず、振り返りはじめる。そこで後方に現れたエァンダと剣を交えた。
「こいつも」
 そのエァンダを蹴り飛ばし、今度は横に剣を振るう。低い姿勢のエァンダが振り上げたタェシェを押さえつける。
「お前も分身だろ」
「正解」
「こっちが本物っ!」
 鍔迫り合いをしていたエァンダが消えた。代わりに声を発したエァンダがルファに突きを放つ。すぐに反応を示したルファが、まるで鏡合わせのようにエァンダに突きを返す。
 二人とも相手の攻撃に対して身体を傾けて、顔の横を通す。そして同時に相手の手首を掴んだ。
 虎の目とエメラルドが睨み合う。それは殺気の衝突だった。
 群青と孔雀石が混じり合い、泡のように膨らんでいく。それはかつて迷宮街で起こったことと同じだった。ただその規模ははるかに大きい。
 二人を包んだ殺気の泡は大きく、大きく膨らんで荒野の景色を明瞭にしていく。遠くの稜線も焦点という言葉を思い出しきりっとした。まるで二人のナパスの殺気に怖気づき、佇まいを正し、背筋を伸ばしたように。
 そして、ラピスラズリとマラカイトの花が激しく舞った。その残滓が消えるまで僅かな間に、二人は世界に何度も静かな衝撃を与える攻防を繰り広げた。
 そしてちょうど舞った花たちが消え入った最初の場所に、今度は一色の花が静かに咲いた。
 群青。
 膝を着くルファの首筋に、エァンダがタェシェをあてがうという光景がそこにはあった。

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