碧き舞い花Ⅱ

御島いる

141:丸い部屋、四角い部屋

 ナギュラとルピを回収したフュレイは祭場の前に戻った。
「さあ、ナギュラ。この錠を解いてちょうだい」
「錠前破りなんてお安い御用よ」
 ナギュラは新顔のルピを一瞥してから、錠前に手を伸ばす。触れることを拒まれることなく、彼女は作業に取り掛かる。ほどなくして、重たい音と共に鎖は地面に落ちた。
「ありがとう、ナギュラ」
 祭場の扉を悠々と開いて、中を示すナギュラ。「どういたしまして」
 もう遮るものはない。自分自身と言っても間違いではない宝珠の姿が確認できた。輝きに満ちて、彼女を迎える。フュレイは誘われるように手を差し向けた。
 触れると、温かい。熱いくらいだった。熱くて、溶けるくらいだ。かと思ったところで、フュレイは大きく宝珠から弾き飛ばされた。
「フュレイ様っ!」
「花神さまっ!」
 神官たちがそれぞれに声を上げ、フュレイを振り返った。
 フュレイは水面を滑るように静止し、手で神官たちを制した。「大丈夫よ。事を急ぎすぎてしまっただけよ」
 言いながら祭場に戻ると、フュレイはイソラの背に手を回して祭壇の前に二人で並んだ。
「さあ、イソラ。あなたの力でわたしを助けて」
「うん」
 イソラが宝珠に手を伸ばす。すると彼女の手が瞬く間に焼けはじめた。それでもイソラの顔は歪むことなく、幸せを感じているのように微笑んでいた。
 そんな彼女がフュレイに反対の手を差し伸べた。それをフュレイは優しく取る。それからしばらくすると、フュレイの身体が、ほどけはじめた。
 次第に崩れていくセラの姿。合わせてイソラの宝珠に触れる手も焦げていき、腕にまでその範囲を伸ばしていった。
 人の形が崩壊し、イソラを通って宝珠に力が染み込んでいく。否、戻ってくる。フュレイの存在はすでに人側にはなく、宝珠がフュレイだった。
 今一つに戻る。
 あとは、球状の部屋を破るだけだ。




「終わるまでここで待っててくれ、サパル」
「言われなくてもそうするよ。『乖離の鍵』が可愛く思う」
 隔離部屋を出るエァンダの背を見送る。扉が閉まると、しんと静まり返る。無機質な空間には真っ白な箱が一つ。保管庫だ。その上にサパルは腰かけていた。中には『悪魔の鍵』。それもエァンダの悪魔を封じたもの。
 この部屋を含めた三重の封印だ。
 エァンダが宿命の戦いを終えるまで、耐えられるかどうか。それがサパルにとっての戦いだった。
 しかしそのことばかり考えていては変に力んでしまう。そこで彼はルルフォーラについて考えることにした。




 ~〇~〇~〇~
 エァンダがルファとの戦いにおいて悪魔を解放せず、かつ万全に挑めるようにするために悪魔を封じる。それがサパルが提案したことだ。ゼィロスの心配も拭え、エァンダも勝算を見出せる。
 持ち主が判明していた『悪魔の鍵』は、セラの捜索が終わったあと、他の六本を集め終えたあとに回収に向かう予定だった。神にもその範疇を広げるほどの強大な封印力を持つ鍵。その危険性を鑑みての判断だった。
 というのは建前で、ルルフォーラが持っているとわかっているのなら、いつでも取り返しに行けるというのが本当のところだった。彼女が一人になったところを狙い、『悪魔の鍵』を回させないようにする。そして奪い返す。これらはエァンダとサパルにとってはそう難しいことではないのだ。
 ルルフォーラ個人の力は、強者から見ればさほどのものでもない。対処はどうとでもできる。
 とはいえ気を抜いて求血姫の後ろ・・に出るというわけではない。サパルは気を引き締めて、連盟の持つ情報とエァンダの勘や気読術から割り出したルルフォーラの居所へ、エァンダと共に跳んだ。
 寸分の違いもなくエァンダのナパードは、桃色と朱色の髪の背後を音もなく取った。サパルによる拘束はすぐだった。
「!?」
 突然手足を縛りつけられたことに驚いた求血姫の表情が満月に照らされた。そしてその顔は苦悶に歪む。
「っやめて……いや……縛らないで…………」
「命乞いじゃなく、自由の要求か」エァンダが小さく肩を竦めた。そして振り返った。「俺にもその気持ちはわかるかも」
「一緒にしないでもらえるかしら」
 後方の高いところからの声に、サパルもエァンダに倣う。元は教会だったと思われる小さな建物の屋根の上、折れた十字架の残骸に背を深くもたれた求血姫の姿があった。
「幻覚……」サパルの後ろでは、拘束された姿のルルフォーラが霧散して消えた。「まさか来ることがわかったのか?」
「気を付けてって、教えてもらったのよ」
 満月を望み、優しく笑む求血姫。優雅に腹を指先で叩き、脚を組んだ。それから地上の二人に燃えるような瞳を向け、腹から上げた手に『悪魔の鍵』を出した。
「あなたたち二人ってことは、これが目的よね?」
 サパルはルルフォーラの動きを封じようとすぐに鍵を向けた。だが、次のルルフォーラの行動に呆気にとられ、そして鍵をその手から消して、飛んできた鍵を掴む。
 ルルフォーラが『悪魔の鍵』を投げたのだ。
「楽に済んだな」
 エァンダは飄々と言ったが、サパルは緊張を解かない。
「どういうつもりだ?」
「どうもないわ。返したの。もういらないから。疲れるだけだもの。ああもちろん、あのときとは違って本物よ。さあ、用が済んだら帰ってちょうだい。ここはわたしの落ち着く場所なの、敵に踏み込まれたくはないの」
 ひらひらと手を振るルルフォーラ。そこに戦意はまったくない。
「お前の言葉だけで本物と信じるのは無理だな。今さっきみたいに幻覚で騙してると考えるのが普通だ」
「じゃあ試しに使ってみなさいよ。あなたなら使えるんでしょ」
「…‥」
「ま、あいつの言う通りだな、サパル。どうせ使うんだ、こいつで試してくれ」
 エァンダが包帯をとった真っ黒な右腕をサパルの前に差し出す。
「……わかった」
 ~〇~〇~〇~




 結局『悪魔の鍵』は本物だった。
 そして鍵を使ったことによりサパルに大きな負荷がかかったことで、二人はルルフォーラを捕らえずに去ることになった。そして今に至っている。
 ただの気まぐれには到底思えないし、サパルたちから逃れるために差し出したというふうでもなかった。ルルフォーラが嘘を言っていなかったのなら、「もういらないから」という言葉が引っ掛かる。
『夜霧』はなにかしらの目的を達成したと考えるべきなのだろう。大事に至る前にこのことをゼィロスたちに伝えなければ。相棒が彼の師との決別を早々に済ませてくれることを願うサパルだった。
 そんな彼の下。真っ白だった保管庫が薄っすらと黒みを帯びてきていた。

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