碧き舞い花Ⅱ

御島いる

136:心の均衡

 ルピ・トエルは二人の幼馴染を追いかけてきた。
 史上最高の鍵使いと元老院たちを認めさせたサパル・メリグス。そして彼と比肩する自由人ポルトー・クェスタ。
 二人の才能に降り落とされないように、必死にしがみついてきた。それが功を奏して、彼女もその実力を元老院に認められることになった。
 次代の元老院を担う存在に三人はなった。ルピはそれがうれしくもあり、重圧でもあった。素質を認められようとも、二人と比べられれば自分が劣る存在なのがわかっていたから。
 永遠の三番手。
 陰でそう言われていたことも知っている。しかしそれが嫌ということはなかった。むしろそういう存在なのだと自分でもわかっていた。サパルとポルトーを支えられる場所にいられればそれでよかった。地位の部分でも、感情の部分でも、それが収まりがよく均衡がとれていた。
 それなのに、まずポルトーが元老院をはじめとした階級制度を嫌い世界を飛び出た。それからしばらくして、元老院からサパルに破界者を追う任が与えられた。そうして残されたルピは元老院に『鍵束の番人』の称号を与えれ、賢者評議会への参加を命じられることになった。
 本来なら『棺』の扉を開け引退し、『冷たい部屋』から出た三人に元老院の座を引き継ぐのが通例だったところを、彼らはそうしなかった。変革という言葉を盾に、三人を世界から遠ざけるように仕向けた。
 七封鍵の盗難が発覚しないようにと。
 理由はどうあれ、ルピは一歩身を引いて二人を支える役目から、急に世界の代表として一番前に立つことになったのだ。
 そして評議会への参加は、賢者という称号が自分には重いという考えをより一層強めることになった。
 他の賢者たちは大きな役割を持ち、その弟子たちも自分以上に活躍を見せていた。場違いであることが否めなかった。どうしてそこに立っているのか、不意にわからなくなることもあった。
 救いがあったとすれば、セラとイソラの存在だった。元々はその実力や活躍にいい気はしなかったが、彼女たち二人にサパルとポルトーが重なりはじめた。それを拠り所にした。本来の自分を取り戻せる場所を見つけたのだ。
 それからは気持ちがいくらか楽になり、満たされていった。
 しかし『賢者狩り』の一件が、彼女の心に重荷を思い出させ、均衡を破ることとなった。
 眠らされたことも賢者として問題かもしれない。だがそれ以上に、目覚めたのち、共に襲撃を受けたポルトーより先に眠りに落ちたという事実を聞いて心臓が締め付けられた。
 それを聞いたポルトーの励ましの言葉も、彼女の心にとっては追撃だった。
『賢者を狙ってたわけだしな。気にすんなよ、ルピ。まぁ、俺が賢者だったら平気だっただろうけど……って俺も眠らされてたわっ!』
 冗談の前振りとして口に出された『俺が賢者だったら平気だった』ということが、胸の内に鉤爪を突き立てて引っ掛かった。彼が本気で口にしていないことはルピにもわかっていたが、そのフレーズばかりが頭の中で何度も何度も繰り返された。
 ポルトーや他の賢者たちが眠気を完全に晴らしてからも、ルピが休養を続けたのは、これから立ち直るために時間が必要だったから。それでも鉤爪は未だに残り続けていた。だから行動に出ることでそれを排除しようと思い立って、今回の任務に参加したのだ。
 それが逆に鉤爪を複雑に引っかけてしまうことになるとは。
 ルピはやけくそに、ナギュラに向かって鍵を回した。鍵から出た光の筋は簡単に避けられ、虚しく壁に刺さって消えた。
「っく……」
 効かない以前に、当てられないのでは話にならない。苛立ちが募る。
「あらあら、あなたも随分荒んでいるのね」
「!?」
 ルピの視線の先、ナギュラの横に花を散らしセラが現れた。もちろん教祖だ。そう彼女が思った途端の出来事だった。
 教祖はルピの背後に寄り添って、耳元で囁いた。
「わたしが癒してあげるわよ。一緒にいらっしゃい。ナギュラが必要でここに来たのだけれど、あなたならナギュラで無理だったときの予備になるわ」
「予備……」
 その言葉が、ルピの身体に染み渡った。それが自分の居場所だと思った。
「予備……」
 再び呟くルピは微笑んだ。うれしかった。一番ではない、その響きが。
「……よかった」
 なにかから解放されたように涙を零したルピ。その一筋を辿った元は、笑んだ虚ろな瞳だった。

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