碧き舞い花Ⅱ

御島いる

126:神からの贈り物

 ゴンヮドの想いの強さには心打たれるばかりだ。
 ただ、テムは話の内容を信じ切れずにいた。
 荒れた地を微笑んだだけで豊かに戻したという教祖。
 そんなことが本当にあり得るのだろうか。
 ゴンヮドが嘘を言う必要はない。実際に地上にはのどかな田園風景が広がっていて、この地下にも人々の暮らしがある。一般の店の老婆がいきなり襲ってくるのも確かに尋常ではないことだ。この世界が異常な事態だということは疑いようのないことだ。
「……そういえば」テムはアスロンに目を向ける。「アスロンさん、ちょっといいですか」
 椅子から立ち上がり、アスロンを小屋の隅に誘う。
「どうした?」
 テムは未だに涙する男に聞こえないように声を潜めて聞く。「あの、アスロンさん。さっきのお婆さん、殺しちゃいましたよね? いいんですか?」
「ああ、その説明をしてなかったね。また襲われるのも面倒だって言ったよな、俺」
「はい」
「あれは他の信者が来てってわけじゃないんだ。あの老婆がまた襲ってくるって意味」
「はい?」
「信じがたいだろうけど、信者は死なないんだ」
「嘘ですよ。だってあの人は完全に死んでた」
「ごめん、言い方を間違えた。信者は死ぬ。けど生き返るんだ。しばらく経つと全く無傷の状態でね」
「まさか……いや、『髑髏博士』の包帯もあるから、否定はしきれない、か? いやいや、いくらなんでも人が生き返る技術にこうも巡り合うわけ……」
「混乱するのもわかるけど、これは俺だけじゃなくゴンヮドや、他にも数人が目にしてる現象だ」
 アスロンは言うと、安楽椅子の男に話を振る。
「ゴンヮド。生き返る話が抜けてる。この世界の人間が特別そういう性質を持っているというわけじゃないんだろう?」
「あ、ああ……そんな力があれば、恐れることなく戦争からこの世界を護っただろうさ。全部、あの女が来てからだ。みんな呪いにかかかってしまったんだ。死を持って芳醇な大地の一部になるはずなのに、それを許されないとは……」
 悲痛な想いがゴンヮドから漏れ出て、辺りに漂った。彼の目には怒りと悲しみの色が差している。心の底からの感情で溢れている。
 信じ切れないことばかりだ。けれども、疑うことが馬鹿げているように思う。ここまで真摯に世界と民を想う気持ちに衝き動かされない人間が異空連盟にいるはずがない。
「ゴンヮドさん」テムは椅子の方へ戻りながら告げる。「正直に言うと、今は俺たちだけで『碧き舞い花』の偽物を追ってるだけなんです」
「え……?」当然のように戸惑い、消沈の面持ちでアスロンとテムたちの間で視線を動かすゴンヮド。
 テムはすかさず続ける。「でも、必ず連盟はあなたたちを支援する。大きく動くのは先になってしまうかもしれませんが、この世界の現状をすぐに伝えます。なにより、とりあえず今は俺たちがあの教祖をどうにかします」
「あぁ……アスロンといい、なんて幸運が重なるんだ……強硬手段に出ず待ち忍んでいた俺たちに、豊穣の神からの贈りものだ……あぁ、うおぉぉ……」
 口にしながら感情が昂ったか、ゴンヮドはまた男泣きを披露する。
 それにはテムたちも苦笑を隠さなかった。唯一、険しい顔のイソラを除いては。
「あたし、ちょっと出てくる」
 誰の返事も聞かずにゴンヮドの小屋を足早に出ていったイソラを、ゴンヮドを除いた三人は訝しむ。互いに視線を交わし合うと、ルピが「見てくる」と言ってイソラを追った。




 子どもが大男に虐げられるのを感じ取った。放っておけるような茶化すようなものではなかった。だからイソラは小屋を出た。
 この地下の町に、他の住民、それから戦士と思われる気配に比べて大きなものが入ってきたことに、ゴンヮドの話を耳にしながら感覚を向けた。
 行動を追っていると、大男は小屋の一つに入った。そして入るや否やそこで食事をしていた小さな男の子に悪態を吐いたのだ。
 ――戦力にならねえガキが、誰の飯を食ってんだ!
 そのまま太い腕で椅子ごと男の子を吹き飛ばし壁に叩きつけた。そうして立ったまま、机に置かれた菜っ葉に巻かれた焼き飯を握り取り、汚らしく口に入れた。
 ――っち、肉が食いてぇ。
 米粒を飛ばしながら言う大男は男の子の怯えながらも盾突くような視線に気づき、視線を向ける。
「ああん、んだよその目は」
 そう大男が言ったところでイソラはその小屋の扉を開け放った。
「!?」大男は突然開いた扉の音に振り返り、歩み入ってくるイソラを機嫌悪く睨んだ。「おい、誰だ。人ん家に勝手に入ってんじゃ――」
 イソラの蹴り下ろした足が、大男で机を割った。

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