碧き舞い花Ⅱ

御島いる

123:心の傷

「セラ姉ちゃんは傷のことは知ってても、その理由は知らない」
「うふふ、そうみたいね。でも、そんなことはどうでもいいじゃない。わたしが誰であろうと、テム、あなたの心の傷を癒してあげられるわよ? ここにいるみんなみたいに。どお?」
「心の傷?」テムはコクスーリャとナギュラを一瞥したのち、サファイアを睨む。「はっ、もう乗り越えてるんで、ご心配なく」
 教祖はグイッとテムに顔を寄せ、その瞳を覗き込む。「本当にそうかしら」
 するとテムの脳裏に火花のようにちらちらと、過去が見え隠れしはじめた。
 ――シグラの面汚しめっ!
 ――破門だ!
 ――テム、お前のせいだ!
 視界が揺らむ。ふらりと後ろに倒れそうになると、イソラに支えられた。
「テム!?」
 彼女に触れられた途端、急速に揺らぎが収まり、視界もはっきりとした。
「……悪い、イソラ」
「あら、不思議な子。興味深いわね」
 セラはテムからイソラに視線を向け、触れようと手を伸ばす。それを見ると、テムはイソラを押して一緒に後退った。
「ルピ、一旦退こう」
「わかった」
 鍵を手にするルピ。即座に回して扉を出現させる。
「あら、行っちゃうの? でもいいわ、きっとまた会える」
 警戒しながら扉を目指すが、追ってくる様子もない教祖セラと信者たち。テムはちらりとコクスーリャとナギュラを見た。正面から捉えた二人の目が、フードの中から虚ろに彼を見つめていた。扉に入り、それが閉まり切るまで、二人のまばたきを見なかった。不気味だった。




「コクスーリャとナギュラは正気じゃなさそうだ」
 田園を見守るようにちょこんとある集落。その喫茶店の片隅の席で対面に座る二人にテムは言った。
「きっとあの教祖の力だ」
 ルピがお茶で喉を潤してから口を開く。「やっぱりテムもなにかされてたのか?」
「明言はできないけど、恐らくは」イソラに目を向ける。「イソラに触られてなかったら、意識が飛んでたかもしれない」
「へぇー、愛の力だ」
 イソラがお茶を噴き出した。「っぶ!」
「茶化すなっ!」
「ごめんごめん」むせかえるイソラの背中をさするルピ。「で、どうすんのこれから。向こうにはわたしたちことバレちゃったわけだけど。セラが偽物ってわかってて放っておくわけにもいかないにし、なによりコクスとえっと、ナギュラだっけ? 二人をこのままにしておくわけじゃないだろ?」
「当然。ナギュラはともかく、コクスーリャは連盟にとって大きな戦力だ。武力でも知力でも。だから失うわけにはいかない」
「お師匠様の唯一のお友達だしね」
「唯一って、師匠にひどい言い草ね」
「だってお師匠様が弟子のあたしたち以外で楽しそうに手合わせするの、あの人だけだし」
「まあ、自分の鏡映しだから得手不得手を見極めるのにうってつけだし、コクスーリャもただ猿真似してるわけじゃないから、意見を出し合って技術の向上に役立ててる。一緒にいる時間は多いし、友達っていうのも間違いではないかもしれないな、師匠にとって」
「探偵の仕事もあるコクスーリャにとってはいい迷惑なんじゃないの、それ」
「そうかな? あたしは羨ましいよ。お師匠様に戦いを求められるって、いいなって思う」
 テムがイソラのその言葉に頷くと、ルピは呆れ気味に苦笑した。
「まあ、いいや。で、この後はどうする。あの団体のこと、もうちょっと聞いて回る? 怪しい団体ってのはもう明らかだけど、もっと詳しく」
「そうだな。コクスーリャたちみたいに、なにかされて本意じゃなく入団してる人もいるかもしれない。今はこの世界だけってことだけど、これから外の世界にも広まっていくかもしれない。ただの宗教なら別に脅威にはならないだろうけど、たぶんあの団体はそうじゃない。止められるなら、小規模の今のうちに止めておいた方がいい」
「お客さん、花神はながみ様の敵さんかい?」
 突如、三人の着くテーブルの脇にしわの深い老婆が現れた。彼女はこの店の主だが、テムとルピだけでなくイソラも近付いてくるのを感じ取れなかったらしく、三人して肩を震わせた。
「えっと……」ルピが引きつった顔で言う。「呼んでないけど、婆さん」
「ええ、呼ばれていませんとも」
 いち早くなにかを感じ取ったか、イソラが戦闘の気配を漂わせる。険しくなった彼女の顔を見てテムも身構える。
「おやおや、そう殺気立つものではないですよ、お嬢さん」
 漂わせた程度の気配を、一介の老婆が感じ取れるわけがない。柔和に放たれた老婆の言葉を機に、三人は確実に戦闘態勢に入った。椅子を倒し、老婆に剣と鍵を向ける。
「物騒な若造どもだ! きぇええぇー!」
 軽々と跳び上がると、天井に足をつけ、そこからルピに向かって飛び掛かる老婆。
 パチィッ……。
「ええええっぷ――」
 店の窓が割れる小さな音がしたかと思うと、突然、なにかに射抜かれたように老婆は窓の反対側に小さく吹き飛んだ。ばたりと床に落ちると、そのこめかみには人の指ほどの穴が空いていて、血がたらりと流れていた。
「なに?」
 状況を完全に理解できていないまでも、身を低くするルピ。そう、狙撃だということは明らかなのだ。
 テムも身を屈めながらイソラに呼び掛ける。意図は説明しなくとも伝わる。
「待って……」
 集中し、狙撃手を探りだすイソラ。だが狙撃手だけあって気配を隠すのもうまいらしい、あのイソラが難儀して顔を歪める。
「どこ?……どこにいるの?……」
「最初からここに――」
「いたっ!」
 言いながら机を飛び越えたイソラ。その手が、今しがた姿を現した黒装束の男の腕を掴んだ。
「アスロン!?」
「アスロンさん!」
「ガラスの!」
 頭巾の隙間から覗く目が、微笑んだ。

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