碧き舞い花Ⅱ

御島いる

111:軸歴755年

 〇~〇~〇~〇
 数か月後。
 軸歴は一つ進み、755年。
 エァンダはもうすぐ八歳になろうとしていた。
 あらゆる戦闘技術をルファから教わった。そのすべてを数日でものにして、今は時間をかけて精度を上げている段階だった。
 しかし、騒ぎを抑えたナパードと武器を奪うナパード。この二つのナパードの技術に関しては未だに完成を見ていない。
 そういうことにしている。ルファもわざとだと疑ってはいるが、概ねはそう思っている。
 武器を奪うナパードは今でも気持ちが乗らず、本当にできない。
 ナパードの音を抑えることは、わざとだがちゃんとした修行をしていないせいで、上手くできない。自覚している。けれどもそれがルファに不得意だと思わせるのに一役買っているのも事実だ。
 そして下手を演じているこの静かなナパードにはもう一つ、そうしている理由があった。
 ナパードが騒々しいとき、ルファに失敗を叱責されたとき、そんなときによくナパスの追手が二人の前に姿を現したのだ。
 もちろんうるさくしても現れないときもあった。それでも、あまりにも失敗続きでは疑われるだろうと、少し静かにナパードをしたときには、今のところ一度も追手は来なかった。そこでエァンダはナパードの音を頼りに追手が来ているのだろうと考えたのだ。
「おい、またうるさくなってるぞチビ公っ。今調子よかったじゃねえか、その感じをどうして忘れるんだ」
「ごめん、ルファさん」
「……」
 自然豊かな渓谷の底。岩に腰かけるルファは溜息交じりに、エァンダを細めた虎の目で見据えた。
「エァンダ。そろそろ小芝居は終わりにしねえか?」
「……ぇ?」エメラルドで見返すエァンダ。
「ナパードの騒ぎを他世界から感じとることはもちろんできる」
 エァンダはその言葉に、努めて反応しないようにした。
「だがよ、それには広い異空でアタリをつけて、ある程度的を絞ったそのうえで、すげえ集中してなきゃいけない。ただ感覚が鋭きゃいいってもんじゃないんだ。もし、お前が自分の場所を知らせようとしてわざと下手なフリをしてんなら、もうやめろ。どうせできるんだろ、無音でよぉ?」
「……」
 エァンダは黙ったまま、その場でナパードをした。抑えられてはいるが、あからさまに音のするナパードだった。
「本当にできないんだよ、ルファさん」
 嘘ではなかった。うまくやっても現状では音を消すことはできないのだから。
「……みたいだな。俺の勘ぐりすぎか」
 ルファは小さく肩を上下させた。
 彼からは念波の技術も教わっている。
 念波は思考の波。卓越した者ならば、他者が嘘を吐いたことを感じ取れる。エァンダにはまだそれはできないが、ルファは一対一であれば可能だと教わるときに自分で言っていた。だからきっと今もエァンダの念波が乱れていないかを確認したはずだ。
「そうなると、不思議だ。俺はてっきりお前がそうしてるせいで影たちが追ってくるものだと思ってた。なぁ、チビ公、お前、他になんかしてんのか? 俺の知らねえことをよ?」
「してないよ、俺はルファさんからしか教えてもらってないし」
「だよな……」
 ルファは立ち上がり剣を抜いた。そしてエァンダに向かった振り下ろす。しかしそこに殺気がないことをエァンダは感じ取って、微動だにしなかった。
 両手首から手錠の輪が斬れ落ちた。
 エァンダは突然の解放に首を傾げる。「ルファさん?」
「そいつのせいでうまくできねえんじゃねーかと思ってな。それでやってみろ」
「いいの…‥?」
「なにが?」
「俺を逃がさないためにつけてたんでしょ?」
「ああ。エレ・ナパスにいた時に比べて厳しい修行をするってなって、逃げ出されたんじゃ困るからな」
「……」
「なんだよ、他に弟子を拘束する理由なんてないだろうが」
 エァンダは戸惑う。
 今さら拘束を解く理由に違和感があった。修行の厳しさから逃がさないようにということであれば、もっと早く解いても全然問題なかっただろう。それほどまでにエァンダは従順に師事してきた。
 今の会話の流れからすれば、考えられる理由は一つしかない。追手を導いているのではという疑いがなくなったから。
「どうした、やってみろよ、チビ公」
 ルファの表情と声色には、エレ・ナパス時代からのものがあった。人懐っこく、少し煽るような。
「う、うん……」
 戸惑いは拭えなかったが、エァンダは言われたままその場で群青を散らした。
 しかし手錠のあるなしは関係なかった。さっきと同じ。
「あんまり関係……」
 エァンダは正面にルファがいないことに目を瞠った。視界の端に白刃が煌めいていることにも。
「ルファ、さん……?」
 〇~〇~〇~〇

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品