碧き舞い花Ⅱ

御島いる

108:転換点

 〇~〇~〇~〇
 それから数日が経って、エァンダとフェースはゴォル・デュオンの灼熱の岩盤の上で、練習用の木刀を手に対人訓練を行っていた。
「よし、いいぞ二人とも」
 ルファが傍から見守る中、二人は額に汗を浮かべ、木刀を打ち合う。さすがに動くとなればエァンダも汗をかくが、フェースも彼と同じくらいにしか汗をかいていない。
「相手のちょっとした音を聞き分けて動きを読め。んでもって、逆手にとって相手を騙せ。読み合いだぞ、戦いは」
「うるさいよ、ルファさん」
「黙ってて、ルファさん」
 エァンダとフェースは互いから目を離さずに、師を咎める。
「あぁ、わりぃ、わりぃ……よし、こっからはナパード解禁だ。ナパードの音もちゃんと聞けよ」
 ルファが言ったそばから、二人は揃ってナパードで距離をとった。そこからナパードで隙の突き合いがはじまる。
 読み合いはエァンダが少しばかり勝っていた。次第にエァンダが攻め、フェースが防ぐという構図が増えてきた。そんな時だった。
「っく……」
 鍔迫り合いになった。
 それだけではなく、突然に大地が大きく揺れはじめた。
 揺れを訝るエァンダ。「なに……?」
「こりゃ、まずいか。二人とも、やめだ。切り上げて帰るぞ。噴火する」
 ルファの言葉を耳にするエァンダだが、目の前のフェースは彼を睨んで戦いをやめようとする気配がない。
「随分余裕だな、ガキ」
「おい、やめだって言ってんだろ」終わりにしない弟子たちに近づいていくルファ。
 彼が辿り着くよりも早く、フェースが暗い藍色の閃光と共にエァンダの眼前から消える。エァンダの木刀も一緒に。
 そしてひと際大きな揺れと、轟音。高熱と赤々とした光が溶岩と共に吹き上がった。
「ぁ……」
 つんのめるエァンダ。そんな倒れそうになっていたエァンダをルファが支えた。師の腕の中、噴火の中でも僅かに聞こえたフェースのナパードの音を頼りに、彼が跳んだ先へ視線を向ける。
「あっ!」と手を兄弟子に向かって伸ばすエァンダ。
「! おい、フェース跳べ!」
「ぇ……?」
 噴水がごとく天に向かった溶岩が、見上げたフェースの顔に落ちた。その僅かに触れた瞬間に群青の花が散り、フェースは移動した先で、顔の上部を押さえながら灼熱の大地にのた打ち回った。
「ああぁあああ゛ァああああっ……!」
「フェースっ!」
 ルファはエァンダを強く引っ張りながらフェースに駆け寄り、マラカイトを光らせ消えた。




 ミャクナス湖畔に三人で現れると、ルファはフェースを湖に浸けた。そしてすぐにフェースは薬師のもとに運ばれて治療を受けた。
「大事な子になんてことをしてくれたのっ!」
「悪かった……言い訳はしない」
「金輪際、息子には近付かないで!」
「約束する」
 フェースの母親に叱責される師を、エァンダは見たくなかった。だからベッドで眠る顔を包帯に巻かれたフェースの傍らで目を閉じていた。それなのに、耳にはその声が届く。いてもたってもいられなくなって、彼はその場で群青になって消えた。
 ミャクナス湖に独り戻り、エァンダはなにをするでもなく鏡のような湖面を見つめた。
 そうして黒い揺らめきを見るまでぼーっとして、夜だと気付くととぼとぼと家に帰った。




 翌日。早朝。
 ルファが寝ていると、激しい音がして二人の足音が勝手に家に上がってきた。寝間着のままベッドの傍らに置いてある剣をとる。
 近付いてくる足音に、寝室で待ち構える。
 扉が開け放たれると、フェースの両親が血の気を引かせた険しい顔で入り込んできた。
「うちの子は、フェースはどこよ!」
「息子を出せ!」
「なんだよ?」ルファはまだ完全に目覚めきっていない頭で訝しる。「……もう、フェースには近付かないって、約束しただろ」
「しらばっくれるなっ、息子は消えたぞ!」
「あんたが連れてったんでしょ!」
「なにを……は? 意味わからねぇ……どういうことだ?」
「埒が明かない! フェースは! どこよっ!」
 母親が隠し持っていた包丁を出して、ルファに襲い掛かってきた。
「っおい! なんっだよ! いきなりよぉ!」
 鞘に入ったままの剣で包丁を受け止め、ルファは母親の蹴り飛ばした。
 急激に頭に血が上る。
「包丁とはいえ、戦士に刃を向けるってことがどういうことかわかってんだろーな、おばさんっ!」
 白刃を露わにし、フェースの母に迫るルファ。恐怖と怒りの入り混じった女の顔に、戦士の影が落ちる。
 〇~〇~〇~〇

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品